第5話
翌日の昼休みのこと。あたしたちはまず生徒会室を訪れていた。美月の兄、
美月がノックをすると、生徒会の人間らしき人が出てきた。美月とひとことふたこと会話を交わす。
そして部屋に戻ったかと思うと、次に出てきたのが倉橋陽一郎――美月の兄貴だった。
あたしたちは生徒会室に通された。美月に続いてあたしたちが入っていくと、元生徒会長殿はあまりいい顔をしなかったが、特にとがめるつもりはないようだ。「侮蔑」にも似た感情の動きが、気になりはしたが、まぁ仕方ないよね。所詮あたしらとは住む世界が違う人間だ。
「なるほど……たしかにそれは本校の生徒が関わっている可能性が高い。大きな不祥事に発展しかねない問題だな。よく教えてくれた」
美月の話を聞き終えた後、陽一郎の口からそんな言葉が漏れた。ちなみに、あたしたちが出会った幽霊騒動については当然伏せてある。
話したのは、谷口=Hiroという名を使って、誰かがしぃちゃんに悪戯をしているという話までだ。ネットストーカー事件、とでも言うべきだろうか、少なくとも元生徒会長殿はそういう印象を受けたらしい。
「他ならぬ美月の頼みだ。谷口比呂人の交友関係から当たってみる……と、言いたいところだが、実は谷口についてはこちらでも調べていてね。なにぶん、ああいった事件があった後のことだから、『いじめ』という可能性も否定できなかった。だが、調査をしてみてわかったのだが、谷口比呂人という人物の交友関係はほぼ皆無に等しかった。彼には友人と呼べる人間がいない。Hiroというハンドルネームにしても初耳だ。こちらのほうが情報提供をお願いしたいくらいだ」
「では、お兄様でも何もわからないということですか?」
落胆気味に美月が言うと、陽一郎は少し考えた後、こう答えた。
「そうだな。一応、彼はコンピューター研究会に所属していたのがわかっている。部活にも少しだけ参加していたようだ。多分、彼についてはそちらの会員のほうがよく知っているだろう。当たってみるといい」
結局、陽一郎から得られた情報はそれが全てだった。昼休みはそれで終わり。あたしたちの調査は放課後に持ち越された。
さて、話は変わるが、あたしたちの高校はもうそろそろ文化祭準備期間となる。開催まであと2週間ほどとなるだろうか。そろそろ準備で忙しくなってくる時期である。
1A――つまり、うちのクラスの出し物は喫茶店に決まった。
他にもお化け屋敷だとか、演劇だとか無難な案は色々出ていたのだが、何故か圧倒的多数の支持を受けたのは喫茶店であり、それを強力に推進したのが他ならぬちひろだった。確かに出し物としては楽しそうだし、反対する理由もなかったが、何でこいつ、こんなに張り切っているんだろう。
まぁ、そんなわけでその日の終わりのHRは文化祭の話が主なテーマとなった。
これから文化祭までの期間、クラスメイトは作業を分担してことに当たることになる。てっきり今日はその割り振りなんかを行うものだと思っていたのだが……
「さて、皆の衆。私たちのクラスの出し物は、喫茶店に決まったわけだが、やるからには私たちは勝たなくてはならない!」
教壇に乗り上げそうな勢いで熱弁を振るうちひろ。いつにもましてテンションが高いな。そんなに喫茶店がやりたかったのか。
「だが、安心して欲しい。私たちには、ひー坊がいる!」
ビビっと、あたしを指差す。
「へ?あたし?」
何のこと?あたし何も聞いてないけど……
「そこで、私たちは独自のアンケート調査を行うことにより、ひかりさんには何を着せたらいいのか、いくつか候補を絞り込むことにしました。今日はその発表を行いたいと思います」
一転して静かな声で美月。パチパチパチと拍手が起こった。
……ごめん。強烈に嫌な予感がしてきました。そもそも美月さん。その「独自のアンケート調査」というのはあたしには初耳です。一体何のことでしょうか?
で発表。
・ねこみみ
・尻尾
・にくきゅう
・メイド服
・魔女っ子
・ゴスロリ
・スクール水着
・体操服
etc...etc...
「ちょっと待て~!」
ここに至ってようやくあたしは話の成り行きを理解した。
「あたしに、こんなもの着せようってのか!?」
「いえ~す。察しがいいね。ひー坊」
「いやだ。断固拒否する!」
「却下。これはもう決まったことだよ。だって約束だもんね。美月姉さん」
「ええ、ひかりさん。申し訳ありませんけど、これは決定事項です。クラスのためと思って諦めてください」
クラスのためって……
周りを見回す。どうもこのことを知らなかったのはあたしだけらしい。しぃちゃんまでもが、苦笑しながら、「ごめんねぇ、ひかりちゃん」と言わんばかりの顔をしている。くそー、あんたもグルだったんかい!滅茶苦茶納得がいかんぞ。これは。
「そもそも、喫茶店だろ?何で衣装なんか必要なんだ?制服でいいじゃん」
「それも却下。そんなことじゃ、世間の荒波は乗り切れないよ。ひー坊」
結局、ねこみみ&尻尾&にくきゅう&メイド服の組み合わせ、時々魔女っ子という無体な結論に落ち着き、HRは幕を閉じた。と言うか、あたしの衣装決めるだけでHRつぶしますか、あなたたち?しかも、にくきゅうって……にくきゅうって、もの運べるんでしょうか?あたし、自信ないんですけど……
と、ここまでがどうでもいい話。いや、どうでもいいことはないけど、と言うか、まだ納得いかんワケだが……まぁそれはともかく、放課後、文化祭の準備の合間を縫って、あたしたちはコンピューター研究会の部室に行った。
「谷口のことについて聞きたいって?」
あたしたちが今話しているのはコンピューター研究会の部長……もとい会長。コンピューター研究会っていうくらいだから、もっとひょろ長い奴を思い浮かべていたのだが、そうでもなかった。まぁ最近はパソコンや携帯に限らず、色んなコンピューターが家庭に普及して、誰でも持っているようになったから、そんな先入観なんてそもそも意味がないわけだが……
と言ってもあまり知らないんだよなぁと、会長が言う。他の会員も概ね似たようなものだった。
「とりあえず、凄い奴だったのは確かだよ。ほら、そこにあるサーバーはあいつが立てたんだが、学校にある他のどのマシンよりも凄くてね。学校の備品じゃないけど、ずっと、使わせてもらっている。」
実は、よく解らなくて一度も電源が落とせないでいるんだと、会長は言った。
と言うか、サーバーってなんだ?バレーボールでサーブ打つ人のことか?立てるってことは寝かしちゃマズイのか?
美月が言うには、なんかパソコンの優秀な奴で、「サービス」を行なうから「サーバー」らしい。よくわからんけど……
「立てる」って言うのは、「動くようにする」と同じような意味とのことだ。だったら最初からそう言えばいいのに……
結局、ここも殆ど空振りに終わった。念の為に、1Bの人間にも聞いてみたが、これも空振り。谷口のことは殆ど誰も知らない。倉橋陽一郎の言うとおり、本当にそんな奴が居たのかと思えてしまうくらい存在の希薄な奴だった。
結局その日は他に何の収穫もなく終了した。
時刻は夜9時頃。場所はあたしの部屋。
兄貴はまだ帰ってきていない。最近随分と忙しいようだ。
そして、目の前には笑う悪魔と、特訓の鬼……
「そうそう。その調子で視線を上げていけ……馬鹿そうじゃない!上を見てどうする!」
ポカリとプラスチックバットで叩かれる。本日何回目だろう。
「目で見るのではなく心で見ろ。イメージするんだ。視線を上げて、自分を見ている自分をイメージしろ。出来るはずだ」
何でこんなことになっているかと言うと、話は今日の朝まで遡る。
「ひかりちゃん。君の家はどこだ?この近くに住んでいるのか?」
朝起きて洗面所で顔を洗っている時のこと。有希子さんがそう話しかけてきた。
「うん。そうだけど何で?」
「無論、特訓の為だ。住所と電話番号を教えてくれ。そうだな。夜8時から9時頃にそちらに向かうのでそのつもりでいろ」
「と、特訓って!?何の!?」
「つべこべ言わずに聞かれたことを答えろ。これは命令だ」
――そして今に至る。
ポカ!
「よそごとを考えるな。もう一度いくぞ」
この人滅茶苦茶横暴なんですけど……
「ひかりは要領悪いからね~」
アハハと笑う悪魔。くそ、後で覚えてろよ。
「いいか、もう一度言う。イメージするのはこの場所。自分を見ている自分の姿だ。難しいことはない。君は普段から無意識にそれを行っている。見えるはずのないものが見えるのはその為だ。それを意識的にコントロールする為には、視点を上げて概念上の視点に自分の視点を合わせろ。つまり無意識に『見て』いるものを意識的に『見る』ようにするんだ。まずはそこからだ」
ええと、自分を見ている自分と……いや、無理でしょ?そんなの。
ポカ!
「頭で考えるんじゃない。心で感じるんだ」
「仕方ない。今日はここまでにしておく」
地獄の特訓が終了したのは夜10時を回った頃のことだった。
「想像以上に難物だな。天野坂の生徒はとても優秀だと聞いていたが君を見ていると考えを改めたくなるよ」
「そ、そんなこと言ったってさ……難しすぎるよ。有希子さんの言ってること」
「私は充分噛み砕いてわかりやすく説明しているつもりだが?」
「いや、何となくわかるんだけどさ、いざやろうとするとサッパリ……」
「ふむ……」
とひとつ息を吐く。何かを考えているようだが、一度この人の頭の中を見てみたい。
――いや、やめよう。とても恐ろしいものが見えてきそうだ。
「よく考えるとそれがかえって悪いのかも知れんな。なるほど、だから眼鏡か。ひかりちゃん。もう一度眼鏡をかけてみてくれないか?」
言われた通り眼鏡をはめてみる。そして、じっとあたしを見下ろす深い色の瞳。
「いいだろう。明日からも眼鏡をはめて生活してもいいが、たまに外して、眼鏡をはめている時と、はめていない時の感覚の違いを意識すること。これだけを心掛けてくれ。明日の夜、その成果を見せてもらう。いいな?」
嫌と言っても来るんだろうなぁこの人。と、口に出したらまた殴られそうなのでやめた。
それよりも、
「こんなことをするってことはやっぱり、まだあいつ生きているんだよね?」
「あいつ……というと?」
「決まってるじゃん。あの黒い奴だよ!」
正直言うとまだ思い出しただけで体が震える。本当に怖かった。
「そうだな。あれは単なる表象に過ぎない。だから君の言う『生きている』が現象の再現性を意味するのならばイエスと答える。まだ終わったわけではない。つまり、わかりやすい表現を使わせてもらえば、『本体』を何とかしなければ終わらない」
「『本体』って?」
「それは私ではなく、君……いや君たちが見つけなくてはならないことだ。だから――」
そっとあたしの頭に手を置く。
「頑張れ」
悪い気はしなかった。いや、とても落ち着いた気持ちになった。横暴で、わけのわからない人だけど、多分あたしはこの人のことがとても好きなのだと思う。
隣では神無がいつもより嬉しそうに宙を漂っていた。
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