その26.ふて寝
どうも。こんにちは、こんばんは、おはようございます。きっちゃんだよ!
「……」
「……」
「……なあ、」
ここは、真也の自宅リビング。
ソファーに2人で並んで座っているのだが……真也はなぜか、某司令官みたいなポーズをとっている。
そして、少し遠くに見える和室では優ちゃんがこちらに背を向けて寝転んでいた。
……なにこれ?なにこの状況。『パパのバカ! もう知らない!』とかやってたの?
「……優は今、寝てる」
やっと口を開いた真也は、唸るようにそう呟く。
……どちらにしても不思議だ。優ちゃんがあんなに無防備に寝てるというのに、抱き枕代わりにして頬にキスしまくっ……いや失敬。
紳士ともあろう者が不適切な発言でしたな!フォッフォッ!
「珍しいな。優ちゃんにタオルケットも布団も被せないなんて」
「……あそこ、」
綺麗な長い指が、和室の敷居を指す。
「あそこから先には入って来るなと言われた……」
「えっ? 優ちゃんに?」
「他に誰がいるんだよ……もしお前の命令だったら敷居なんざスキップで飛び越えてお前を取っ捕まえたあと体を絞ってお前の血で壁に絵でも描くわ……」
「えらく気合いの入ったダイイングメッセージだなと思われるからやめてくれる?」
しかし……なるほど。優ちゃんと喧嘩でもしたわけか。で、ふて寝していると。
しかも「入って来るな」とまで言われるとか真也お前、
「何したんだよ……やっと優ちゃんに嫌われたか……おめでとう。あとのことは俺に任せろ」
「何が“おめでとう”だボンクラ。お前に『まかせたい』のは血と内臓だけだカス」
直後、後頭部を掴まれ俺はそのままテーブルとこんにちは。
真也は何事もなかったかのように、こうなった経緯を話し出した。
***
なんともまあ、笑うべきなのか泣くべきなのかわからない話である。
なんでも、
1、今日は優ちゃんの遠足だー!パパ頑張っちゃうぞー!
2、優ちゃんが遠足先で5段のお弁当箱とご対面。
3、「優ちゃんなにそのお弁当ー!」「2段以上のお弁当箱が許されるのは運動会だけだよねー!」
4、優ちゃん激おこ。帰宅してからムカ着火ファイアー。
5、ふて寝。
と……まあ、こんな流れだったらしい。
***
「何で優はあんなに怒ってたんだ……」
「まずは何で優ちゃんがそんなに食べられると思ったのか聞いていい?」
「ヤバいと思ったが、うきうきが抑えられなかった」
どこの歌い手だお前は。
大体、28歳の野郎が『うきうき』とか言うな。無駄に似合ってるのが腹立つチクショウ!
「お前が嫌われるのはいいんだよ……半径5000キロメートル以内に近寄るな喋るな息をするな動くなって優に言われる分にはいいんだよ……」
「何もよくないね? 死活問題だね?」
半径5000キロメートルっておまっ、つまり直径10000キロメートルじゃん。
地球一周分と同じくらいじゃん。
優ちゃんと同じ国にいることすらできなくなるね?俺。
「優はどうしたら許してくれるんだ……」
「え? ダジャレ? 『優はどうしたらゆうるしてくれるんだ』ってか?」
「大気圏ぶち抜いて燃え尽きてろタコ」
「やだよ。こんがり焼けちゃうじゃん」
てっきり、いつもの調子を取り戻して蹴られるか殴られるか埋められるかされると思ったのだけれど。
しかし、真也はゆっくりとした動きでこちらを向き、
「……樹久、」
右手で俺の胸ぐらを掴んで、左手で肩を押した。
なすがままに体はソファーに倒れ、なぜか……なぜか。真也は馬乗りになってくる。
「真也……? あのー、」
「オイ、」
「ハイッ!」
こわばる肩を両方押さえつけられ、起き上がることができない。
真也の整った顔に影がかかり、
「樹久……」
ぽつりと名を呼ばれ、唇が近づいた。
それはそのまま耳元へ移動し、
「いい加減にしねーと、マジで食うぞ……?」
低く、低く。吐息とともに囁かれる。
(いやいやいやいや、待て待て、きっちゃん混乱してるんだけど!!)
これはコメディー小説だ!そうだ!コメディーだ!
初期設定の計算式を思い出せ!『親バカ×幼女×ロリコン』だ!!
よし!見たな!確認したな!
隊長!『ホモ』の二文字は見つかりません!ノーホモです!
「お、落ち着け真也……! これは、」
「なに言ってんだ? 樹久。お前が煽ったんだろ? ……だったら、」
掴まれ、頭上に縫い付けられる両手。
完全に、襲 わ れ る !
「お前が、責任取れよ」
「……っ!」
ヤバいヤバいヤバい。コイツ、顔と声と地位と……、いや、言い直そう。
コイツ、性格以外は全部良いものだから男なのにドキドキしちゃう……!悔しい……!
(ああ……もう、ゴールしてもいいよね……?)
仕方ない。まあ、いいか。
1回くらい……真也みたいなイケメンに抱かれるなら、私……遊びでもいい!
なーんて言うわけないでしょう!?誰だ!今、期待した腐った女の子は!
(さすがに! さすがにヤられるのはコワイ! きっちゃん初めてだもの!)
さらり。俺の前髪を、真也の右手が撫でる。
「しん、」
「次、ナメた口聞きやがったら……体バラしてビーフシチューにでもして食うからな」
「あ、カニバリズムの方でしたか」
メキメキ、頭を鷲掴みにされ頭蓋骨が軋む。とその時、
「ぱぱ……きっちゃんになにしてるの……?」
起きたらしいマイエンジェルが、まだわずかに眠そうな目で真也を睨んだ。
俺を押し倒して馬乗りになっている真也を。
「いや、優、これは、」
「きっちゃん! だいじょうぶ?!」
……うん、真也。この状況は……何も言い訳できないわ。
真也が体を離すと、エンジェルがぐいぐいと俺の手を引っ張る。
なすがままに立ち上がり優ちゃんに歩み寄ると、マイスウィートエンジェルは俺の腰に抱きついた。
そして真也に向かって、
「きっちゃんをいじめないで! ぱぱのばか! きらい! もうしらない!」
会心の一撃。
「ききき、嫌い……!?」
瞬間。涙を流し、崩れ落ちる真也。
プンスカと頬を膨らませる優ちゃん。
その後3日間、真也は優ちゃんに口を聞いてもらえなかったそうな。
「オイ、ミドリムシ。普通の弁当ってどんなのだ? 教えろハゲタカ」
「最近、罵倒しつつの呼び方がバリエーション豊富になってきたよな……真也」
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