その21.台風

 季節は本格的に夏を迎え、夜は空気がムシムシモンモン。汗で髪と服が張り付く。

 いわゆる、熱帯夜。まだ夜の9時過ぎだけどな。



「熱帯夜は絶対イヤーン。真也、これどうよ」

「つまらないから死んだ方がいいな」

「そんなに!?」



 ただでさえ暑いのにさらに暑くなるほど鬱陶しい樹久。

 まあとりあえずコイツは後で消すとして……なぜ瓦礫が窓の外を飛び交う台風の中コイツを呼んだのか。


 理由は単純明白だ。



「優のブランコが壊れた。修理しろ」

「それは夜にこの台風の中、呼び出すほどの事ですか!?」

「ああ」



 庭にある優専用のラブキュアブランコ。

 それが今朝上陸した台風のせいで倒れ、少し壊れてしまったため、修理させるために下僕を呼んだわけだ。


 優の私物に触れるんだぞ?光栄に思え。感謝しろ。

 這いつくばって靴を舐めろ。



「つーか、え? 本気でこの天気の中で修理させるつもりなの?」

「ああ」

「なに? 真也は俺を殺す気なの?」

「ああ」



 表情を変えないまま、間をあけずに短く返事をした。


 すると樹久は、



「さっきから肯定ばっかりしやがって! 皇帝ペンギンかお前は!」



 と喚きだす。



「黙れアゴヒモペンギン」

「あ、アゴヒ……?」

「なんだ、アデリーペンギンがいいのか? ジェンツーペンギンなら満足か? それともフンボルトペンギンか?」

「待って何でそんなにペンギンの名前に詳しいの?」



 何で、だと?こんなの当たり前だろ。

 ペンギンの……いや、生物の名前に詳しくないと優の話についていけないだろうが。


 棚から厚さ10センチほどの生物図鑑を取り出し、



「この図鑑に載ってる生き物の名前は全部覚えてる」

「すげぇな真也。尊敬するわ」

「ちなみに3日で覚えた」

「早くね? どんなチートスキル使ったわけ?」



 まあ、そんなことはどうでもいい。


 そう前置きして、先ほどから俺の足に抱きついて涙を流す優を指差した。



「お前、優がこんなに悲しんでるんだぞ? 可哀想だと思わねーのか」

「思います!」

「よし、じゃあ行け」

「ウッス!」



 敬礼をしたあと、樹久は玄関から靴を持ってきてリビングの窓を開け庭に出る。


 せめてもの優しさにと、修理道具を庭に置いてやってから窓の鍵を閉めた。



「ひぎぃ! ふぇえ……風と雨ヤバいよぅ……! イテッ! ちょ、なんか飛んできた! イタタッ! ヤバいヤバいヤバい! なんか看板が……! ウギャアァァァ!!」



 飛んできた道路標識が樹久に当たる寸前で、カーテンもシャッと締める。


 優の教育に悪いものは遮断しておかないとな。




***




 30分後。

 修理を終えたらしい樹久が窓を叩いたため、仕方なく鍵を開けてやる。


 びしょ濡れの体にバスタオルを投げつければ、



「疲れた……なんだかとっても眠い気がする……」

「ご苦労。ゆっくり50年くらい寝とけ」



 まあ一応は感謝しているぞ、俺は。



「ふぇえ……真也が氷魔法を使ってきたよぅ……冷たいよぅ……」

「きっちゃん。ブランコなおしてくれて、ありがとう」



 と、優がエンジェルスマイルを浮かべた瞬間――……視界が暗闇に包まれた。



「ぱぱー! まっくらー! こわいー!」



 ……足に抱きつく優の可愛さがパパも怖いよ。



「これは……! 敵襲か!?」



 んなわけねーだろ。誰がお前みたいなチンカス狙うんだよ。

 厨二病こじらせて爆発しとけ。


 樹久は真っ暗闇の中をつたい歩き、窓を開けそこから首を出す。

 つられて外を見ると、辺り一帯にある家も全て電気が消えていた。


 空は黒い雲に覆われ、ゴロゴロと雷が鳴り響く。



「あー、雷魔法だったかー」



 ぽつりと呟いた樹久。


 つーか何でさっきから異能力名ばっかり出すんだ。いつからファンタジー小説に変わったんだよ。



「停電らしいな」



 言いながら、窓を閉めて樹久の首を挟んでやった。



「真也ヤメテ! 首とれる! デュラハンになる!」

「その方が男前になるだろうよ」

「首のない男前とは!?」



 震える優の頭を優しく撫でて、懐中電灯はどこに置いていただろうかと記憶をたどる。


 とりあえず明かりがほしい。怖がる優が可哀想だ。



「樹久、携帯貸せ。懐中電灯探す」

「はいはーい、ん」

「サンキュ」



 スマホのパスワードを入力しようとした瞬間、ロック画面で文字通り待ち受けていたのは……いつの間に撮ったのか知らねーが、優のモデル並に眩しく可愛い写真で。



「…………」



 優の誕生日を入力してロック解除。

 そのまま親指でスッと操作し、データフォルダに蘇っていやがった優の写真を全消去。


 代わりのホラー画像を保存し、待ち受けに設定。

 そして持ち主に投げて返した。



「えっ……もしかして真也お前、俺の優ちゃん秘蔵写真コレクション全部消した?!」

「当たり前だろタコスケ」

「ウワァーッ!! なんてことするんだお前ーッ!!」



 泣き崩れた樹久が携帯を開くと、血まみれの女(ホラー画像)がこんにちは。


 ……いや、こんばんはか。



「ギャアァァァァ!!」



 暗闇に響き渡る悲鳴。


 樹久はふと窓の外を見て、



「イヤアァァァァ!!」



 もう一度叫んだ。


 なぜなのか。その理由は、お隣に住んでいる吉田おばあちゃんが、窓ガラスに張り付いていたためだ。

 さすがの俺も若干びびったが、ポーカーフェイスで窓を開け落ち着いて声をかける。



「どうしましたか? 吉田さん」

「よしだおばあちゃん!」



 優は怖さが和らいだのか、弾む声で名前を呼び吉田さんに抱きついた。


 吉田さんはホッホと笑い、その頭を撫でてやる。



「いやねぇ、停電したものだから……優ちゃんが泣いとるんじゃないかと心配でねぇ」



 その優しさに涙が出そうです、吉田おばあちゃん。



「真ちゃんも大丈夫そうでよかったわい」

「はい、元気ですよ」



 足元に転がる樹久以外はな。


 二段仕掛けのあまりの怖さに腰を抜かしたらしい。情けない奴だ。



「真也……踏んでる、踏んでる……俺、そういう趣味はないから……踏まれるなら優ちゃんに踏まれたいです」

「ははっ。やだなぁ、樹久くんったら。肋骨全部折られたいのか?」



 吉田さんの手前、睨み付けるわけにはいかない。

 営業スマイルを顔に張り付けて、足元の樹久にそれを向けた。


 すると吉田さんは、再度「ホッホ」と愉快そうに笑う。



「真ちゃんと樹久ちゃんは本当に仲がいいねぇ」

「ぱぱときっちゃんはね! えっと、びーえる? なの!」

「そーかいそーかい、びーえるかね」



 優も吉田さんも、意味はわかっていないだろう。


 誰がBLだ冗談じゃねぇ。

 そして、どこのどいつだ?うちの清廉純潔純粋天使に腐の知識を教えたのは。



「ははっ……あー、はい。まあ、仲良しですよ。な? 樹久くん」

「……『親友関係から一変、恋心の芽生えてしまった2人。いけないとはわかっていても、高まる気持ちはお互いに誤魔化せない。しかし、恥ずかしがりの真也は素直になれず、ついつい樹久を罵倒してしまう……』って感じか」

「長い上に何言ってんだお前ふざけんなよぶち犯すぞ」



 その後。

 台風は日本列島から去ったものの、俺に新しく到来してしまった。



「あのっ、みゆの姉の、斉藤由美と言います! 突然ですが、あのっ、パパさんとお友達さんがデキてるって本当ですか!?」



 ……とりあえず。彼女には、もう優に余計な知識を植えないように。

 優には、俺と樹久がBLと言いふらすのはやめるように言っておこうと思う。

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