その6.かいじゅう
あーもー……ホントに可愛いなこの子。連れて帰りたいくらい……ん?待てよ……?今、真也の奴は仕事中で居ないじゃん。連れて帰れるんじゃね?
いや……いやいや、待て。そんなことをしたら殺されるな、確実に。うん、絶対に地の果てまで追いかけられて殺される。
「がおー!」
「……」
ホントにホントになんなんだよ!可愛いな!?何だよこの可愛い生物は!あん!?何って『優ちゃん』という名のエンジェルだよ!!知ってるよ!!
真也あの野郎……羨ましいなクソ……殺されてもいいからホント連れて帰りたい。今すぐ嫁にしたいよォー!!
「かいじゅうめ! この『しんちゃん』まんがたいじしてくれよう!!」
怪獣?俺、怪獣?……ちょ、なになに?なんかさっきから優ちゃんが、赤いマント付けてるクマによく似た不気味な人形でものすごい殴打してくるんだけど……退治ってアレかな?遠回しに帰れって言われてるのかな?なにこれいじめ?イジメ、カッコワルイ!!
いや……まあ、別に痛くはないけどさ?体は痛くないんだけどさ?心は痛いんだなこれが!!
優ちゃん自体は抱きしめたくなるくらい常に可愛いんだけど……あれ?おかしいな、目から塩水が……。
「きっちゃん? ごめんね? いたかった?」
「え? あっ……いや? 大丈夫だよー! ほら、きっちゃん元気!」
泣きそうな表情で俺の顔を覗き込んできた優ちゃんの頭を優しく撫でてやる。
「でも……」
「本当に大丈夫だから、そんな顔しないで? こんなところパパに見られたら、きっちゃん殺されちゃうよ確実に」
相手が誰でも関係無く、優ちゃんを泣かせたとあれば真也の野郎は黙ってねーだろうな……地獄の果てまで追って来て抹殺されそうだ……うん、アイツならやりかねない。だってありえねーくらい親バカだもん。
俺が初めて「優ちゃんを嫁にもらいたい」って言った時なんか、無言で警棒を取り出して笑顔で殴……いや、まずそれどっから出したんだよポケットが異空間にでも繋がってるのか?って話なんだが。
「きっちゃんごめんね? ばんそーこーはる?」
わかるわかる、絆創膏貼ってたらなんでも治りそうだよね。わかるよ。俺のエンジェルが今日も可愛い。
「……あー、んー、そうだなー……絆創膏より、優ちゃんがちゅーしてくれたら痛くなくなるかも」
「ちゅー? わかった!」
え?ウソ?マジで?世の中なんでも言ってみるものだね!?ゆ、優ちゃんが俺にちゅーしてくれんの?ドゥフフ……本当に?……うわ、近い近い近い。
「……っ!?」
ちゅ、と小さな音を立てて優ちゃんのあたたかい唇が頬に触れた。
はぁ……ヤバ……まじヤバい……尊死しそう……今なら死んでもいいや……天にも昇る気持ちってのはこのことか。
「きっちゃん、いたいいたいとんでった?」
「飛んでったよー! ありがとうな。お返しに、お兄さんからも優ちゃんに愛を込めたあつーい接吻を……」
ガシリ。
何者かによって頭を鷲掴みにされ、ギギギ……と軋んだ音が鳴りそうな動きで恐る恐るそちらに目をやると、暗黒のオーラを身にまとい朗らかな笑みを浮かべるスーツ姿の真也がいた。
笑ってるけど目が笑ってねぇよ……!?
「パパおかえりなさーい! あらスーツ似合うわねー色男は羨ましいわー! でもちょっとはだけすぎじゃない? セクシーな鎖骨が見えてるわよ……はい、これでよし! うふっ! じゃあ、俺はこの辺で!」
「まあ、そう言わずにゆっくりして逝けや……」
いけ、の字が違うわよパパン!
掴まれた腕にじわじわと力が増し、真也の爪が食い込む。マジで痛いってコレ!!
「ぱぱ! おかえりなさい!」
「優、ただいま。ほら、お土産だ」
「らぶきゅあだあ!!」
プッ!今、真也がスーパーのお菓子コーナーでちびっこに紛れて“ラブキュア”の玩具を選ぶ様子を想像しちゃったよ……に、似合わねーっ!!ププッ!!
「優、あっちの部屋で遊んでおいで」
「うん! ぱぱ、ありがとう! だいすき!」
「よーし! 俺も優ちゃんと一緒にラブキュアで遊んで来るわ!」
アディオス!と言い残し走り出そうとした瞬間、真也の長い足に引っ掛かり顔面が見事に床とこんにちは。
真也はそんな事など気にする様子もなく、俺の背中を片足で踏み、さらに片腕を掴むなりゆっくり捻り始めた。
「樹久クンは俺と遊ぶんだよ……」
「いだだだだだっ!! 折れる! 腕が折れる! まっ、待て待て! 真也! 話せばわかるから……ちょっとだけ待っ、ギャーッ!!」
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