遠藤良二

自死

 自死の別な言い方として「自殺」「自害」などがあると思う。昔の人が言うには、自死をすると地獄に落ちるという。迷信だろ、と僕は思う。

 

 僕の名前は霧島学きりしままなぶ、二十六歳。職業は小説家。家族は妻・純菜じゅんな、二十八歳と娘の瑠衣るい、三歳の核家族。純菜は専業主婦。瑠衣は保育所に行っている。妻も働きたいと言っているが、僕が家を守って欲しいと言っているので、無職。


 先月、僕の親友の、高田岳たかたがく、二十六歳が自死した。自死する前は明るく元気そうだった。いったい、なにが原因でそういう行動に出たのか。彼の奥さんの京子きょうこさん、に訊いたところ、借金苦だったらしい。彼は酒屋を営んでいた。なにも自死しなくても、破産すればよかったのに、と僕は思う。でも、死神に憑りつかれたら死ぬことしか考えられないらしい。


 そんな恐ろしいことがこの世に本当にあるのだろうか。ましてや死神なんていう、漫画に出てきそうな存在が。


 通夜の晩、岳の奥さんはずっと僕の傍にいて、目をうさぎのように真っ赤にしながら泣いていた。僕達しか親しい人がいないという理由で傍にいたのだ。葬儀は家族葬で、京子さんは想像を絶するような寂しい思いをしたのだろう。岳は大切な奥さんを残してこの世を去った。まさに、自分のことしか考えていないとはこのことだと思う。


 岳と奥さんとは家族ぐるみで交流があった。夏はみんなで海に行ったり、バーベキューをしたり。冬はスノボやスキーに行ったりと楽しく過ごしていたというのに。他に自死する理由があったのではないのかと疑ってしまう。

 

 京子さんに訊いても、他に理由は思いつかないと言う。京子さんは三十歳。


 どこで自死したかというと、山奥。山菜を取りに来ていたおじさん二人が見つけたらしい。からだの穴という穴から体液が出ていて、とてもじゃないが京子さんには見せられなかったと思う。首も伸びてしまっていたらしい。そんな岳を僕は見たくないと思った。でもそれは誰だってそう思うだろう。ましてや仲のいいやつのそんな姿を。


 京子さんの様子を見に、僕は告別式の日に午前八時頃、家に行ってみた。家のチャイムを鳴らしたが一向に出てくる気配がない。ドアを引いてみると開いた。鍵も閉めずにいたのか。それも、女性独りの家なのに。僕は呼んでみた。

「おはよー! 京子さーん! いるんでしょー?」

 すると中から京子さんの声が微かに聞こえた。

「学……くん……」

「大丈夫? 入るよ?」

 入ってみるとリビングにあるソファーに横になっていた。

「大丈夫?」

 ビールの空き缶やチューハイの空き缶が散らかっている。朝からお酒を飲んだのか。岳が亡くなったから京子さんは自暴自棄になっているのかな。

「学くん……。あたし、岳がいなくてさみしいよ……」

 僕は何も言えず黙っていた。

「何で、何で……あたしをおいてっちゃったの……。自分だけ借金苦から逃げるなんてずるい……」

「あたしも……あたしも岳のところに行こうかな」

 僕はそれを聞いてヤバイと感じたので、

「京子さん、おかしな真似はしちゃだめだよ!」

 と言うと、

「おかしくないよ……岳のところへ行きたいよ……ねえ、学君。この寂しさから逃れるために、あたしを抱いてよ」

「そんなことをしたら岳が悲しむよ」

「大丈夫よ、もういないんだから」

「それにしたって抱けない。僕にも家族がいるから。家族を裏切る行為はしたくない」

「あっそ! 用がないなら帰って!」

「用というか、心配で見に来ただけだよ」

「心配ご無用!」

「大丈夫? 自暴自棄になってるような気がするけど」

「そんなことない! 大丈夫!」

「そっかぁ、わかった。何かあったら僕でも純菜でもいいから連絡ちょうだい」

「ありがとう」

 それで話は終わり僕は帰宅した。


 帰宅して、僕は純菜に京子さんとのやり取りを説明した。抱いて欲しい、と言われたことも話して聞かせた。もちろん抱いていないことも。純菜は驚いていた。

「そういう人だったんだ……」

 僕は、「大丈夫。彼女の誘いには乗らないから」と言った。

「うん。信じてる」

「京子さんはただ、寂しいだけなんだ。だから、淫乱とかそういうのではないと思う」

「私もそう思う」

「だろ? もし、そういう女性だったなら今じゃなくもっと前から誘ってきたはずだからさ」

「そうだね。でも、次、様子見に行くときは私も行く」

「そうか、わかった。心配か?」

「ちょっとね」

「正直でよろしい」

 そう言うと二人で笑った。そこに、娘の瑠衣が来た。

「パパ、ママ、何で笑ってるの?」

「いやいや、大人の話だよ」

「ふーん、じゃあいいや」

 瑠衣は相変わらず物分かりがいい。小さい子どもらしくないと思う。それを純菜に言うと、「まあ、確かにそうかも」と言った。

「もう一人欲しいなぁ。今度は男の子がいい」

「そうなのか。まあ、性別は選べないけどな」

「そうね」

 二人で爆笑していると瑠衣が、

「また笑ってる。るいにもおしえてよー」

「瑠衣。弟と妹のどちらがほしい?」

「うーん、わかんない」


 告別式は午前十時から。京子さんは酔った状態で式に出るのか。だらしないなぁ、周りの親族と会うっていうのに、酒臭い姿で行くのか。呆れてしまう、いくら岳が亡くなったとはいえ。酒に逃げちゃだめだ! と、言ってやりたい。でも、憔悴しきった今の京子さんに言うのは酷っていうものかな。まあいい。今のところはそうっとしていこう。見守ることも大切だろう。

 

 だが、心配なことがある。それは京子さんが岳のあとを追わないかどうか、ということ。過度な心配はウザいだろうし、逆にずーっと放っておくのもまずいのかも。でも、京子さんには僕ら以外にも友達はいると思うのだがどうなのだろう。別な友達にも話をきいてもらって、また違ったアドバイスをもらうっていうのもひとつの手だろう。


 出棺の時間は午前十一時から。棺の中の岳を見た京子さんは、

「岳ー! 何で独りで行ってしまったのー!」

 と号泣していた。あまりの乱れ方に見ていられなかった。気の毒に……。何か力になってやりたいが、話を聞いてやることしかできない。僕の妻の純菜がちょっとしたおかずを持って行ってあげることくらいは出来ると思うけれど。


 火葬場で京子さんは、

「骨になってしまった岳なんか、岳じゃない……!」

 と大きな声で叫んだ。京子さんのご両親ももちろんいたから、

「京子! 辛いのはわたしたちも一緒よ! でも、どうすることもできないの。現実

から目を背けちゃ駄目!」

 京子さんのお母さんは一喝した。

「お母さん……。一番辛いのはあたしよ……。今だけは現実から目を背けて思いっきり泣かせて……」

「泣くのはいくらでも泣きなさい。でも、場所を考えないと」

「そんなことはわかってる!」

 とうとう京子さんはキレてしまった。

「あたしの寂しさなんかお母さんのと比べたら大したことないよ!」

「あんた! 何言ってるの! そんなことないよ!」

 結局、京子さんはちゃんと岳の骨を拾い、骨箱に納めた。母親の言うように現実からは逃げずにきちんとやるべきことをやった。甘えたことを言っていると思ったが、行動はきちんとしている。


 葬儀も全て終わり、一段落したので京子さんの家に純菜と瑠衣の三人で行った。もちろん、アポをとってから。今回は純菜に連絡をとってもらった。同性だからか、京子さんは嬉しそうにしていたらしい。とりあえずはよかった。


 途中でスーパーマーケットに寄り、飲み物を買った、京子さんはウーロン茶で、純菜はストレートティー、瑠衣はアップルジュース。僕は缶コーヒーにした。急には無理でも、徐々に元気を取り戻してもらいたいという思いを込めて京子さんの家に行く。


 二時間くらい京子さんの家にいただろうか。やっぱり同性が話しやすいのか、純菜には笑顔で話す京子さん。たまに引きつった笑いのときもあったからまだ、心が癒えてないということが察すれる。瑠衣のことも話してくれた。大きくなってきたね!

と。京子さんがなぜ子どもを作らないのか、出来ない体質なのかは訊いていない。それは純菜も同じで、失礼に当たるかという思いがあるから訊けずにいる。


 でも、とりあえずは京子さんの笑顔も見れたし、瑠衣も一緒だったからそれもよかったのか子ども欲しいなぁ、とも言っていた。笑顔の絶えない時間だった。よかった。

                               


 




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