11.弱みにつけこめ、言葉で丸め込め!

「おい、さっさと化け物を退治してこい!」

 少年が偉そうな態度で椅子に座っている。それを見ているとこめかみのあたりが引き攣ってきた。

 なんやねん、このクソガキ。ランディに宥められてちょっとだけこの場にとどまることにしたけど、今すぐ立ち去ってやろうか!?


「その藁笑さ、ゲフッ……藁の化け物なんだけど、本当に見たんだね?」

 ランディにすかさず叩かれたのだが、藁笑様って言っても良くない? 叩くほどじゃないと思うんだが。ランディの判定、厳しすぎないか。


「俺を疑うつもりか!?」

 コマンティ君の目から、攻撃性の奥に隠れた強い孤独感が窺えた。その目を見ただけで、彼が抱える問題点が分かった気がする。


「……誰も疑ってるとか言ってないだろ、クソガキ! ただの確認だよ!」

「はあ!? 誰がクソガキだ、この……クソババア!」

 悪口にちょっと時間がかかるあたり、こういう言葉の投げ合いに慣れていない感じがする。


「その態度がクソガキなんだよ。周りを罵ってばっかりの奴に対して親身になれるようなお人好し、そうそういないのよ、坊っちゃん。俺に化け物退治してほしいなら、頼み方ってもんがあるだろ? そのくらい、分からないの? あ、勉強おサボり常習犯だからおバカで分からないのかぁ」


 ランディがギョッとした様子で見てくるけど気にしなーい。俺はわざと煽っているので誤解なきよう。普段はこんなに人を貶めるようなこと言わないよ~。この子にはきっと、真正面からぶつかってくる人間が必要なんだよ。


「誰がバカだって!? お前、俺が誰か分かってんのか!?」

「街長の息子のコマンティ君だろ? だからどうした。俺は聖教会の浄化師のルイだ。俺の座右の銘はごーいんぐ・まい・うぇい! 我が道をくって意味なんだ。素晴らしかろう?」

「っ俺をバカにしたこと、父上に言って、浄化師辞めさせてやるぞ!?」

「残念でしたぁ。浄化師は特段の理由がない限り、永年雇用ですぅ。街長ごときがどうこうできるもんじゃないんですぅ。つうか、親の立場出さなきゃ喧嘩を売れないって情けなくならんの?」

「っ……」


 ありゃ、言いすぎちゃったかにゃ~。コマンティ君涙目だわ。きっと周りに俺くらい言い返してくる奴がいなかったんだな。

 この街の中という狭いコミュニティで生きている限り、街長の息子というのはカースト上位だろう。周りは媚びへつらってくる者ばかり。井の中のかわず大海たいかいを知らず、てなもので、ここから出たらゴロゴロとより上位の人間がいるわけだが。


 実際のところ、街長から抗議が来たら、俺にも減俸処分くらいは下るかもしれん。天賦てんぷの才という圧倒的な出生時格差において優遇されてるだけの、しがない雇われ人なので。だが、処分はスポンサーへの一定の配慮というもので、俺の人生に関わるほどの影響力は、街長程度では持ちえない。


「……なんなんだよっ、みんな俺のこと、街長の息子としか見ねぇくせに、あんたはそんなことどうでもいいって言うのかよ!」

「なに言いたいのか分からんぷ~。俺は俺だし、みんなと一緒にすんなし。コマンティ君もコマンティ君以外ではなかろ?」

 コマンティ君が黙り込んだ。握った拳を震わせて、胸中で渦巻く思いを上手く吐き出せないでいるのだろう。


 彼は孤独だったのかもしれない。家の外では『街長の息子』としてしか見られず、周りはびへつらうか恐れる者ばかり。家ではたくさんの使用人に囲まれていても、それは仕事の関係でしかない。家主の街長がコマンティ君の絶対的な味方というわけではないので、使用人らも困った子どもだと遠巻きにしているだけ。親身に寄り添ってくれる人間は、彼の傍には一人もいなかった。


 彼の他者への攻撃性は、孤独感の裏返し。『寂しい、俺を見て!』という訴えだったのだろう。彼の周りにいる人は、誰もそれに気づいていなかったようだし、疎まれてより孤独を深める結果になっているけど。まだまだ子どもだからしかたない。


「で、化け物退治どうすんの? そもそもコマンティ君しか見てないんだし、もうこの家にはいないかもよ?」

「……っ、いるかもしれないだろ! 放っておいて、誰かが襲われたら、どうすんだよ! フィリーや母上が襲われたらっ、俺みたいに逃げることなんて、できないんだぞ!」

 急に出てきたフィリーって誰ぞ? 卵フィリングの略ではないよね? 卵のサンドイッチに襲いかかる藁笑様とか、超おもろ。マジのww笑笑様じゃん! ただの食事風景だけど。


「……フィリー様は、コマンティ様の妹御でございます。まだ生まれて半年で、産後体調を崩された奥様と一緒に、別棟で生活されております。コマンティ様も、よく勉強をサボってご様子を伺いに――」

「アレク! 余計なことを言うな!」

「は、はい……」

 やっと口を開いたかと思ったら、コマンティ君に怒られて萎縮する侍従君。

 君もさぁ、もっとシャキッとしなさいよ。ここまで全然存在感なかったよ? 実はコマンティ君の影なのかな、とか思っちゃったよ?


 しかし、コマンティ君の母ちゃん、体調崩してんのかぁ。妹も生まれたばかりとか、そりゃコマンティ君が諦めずに化け物退治を主張し続けるのも当然だ。

 というか、そういう状況で、藁笑様を家の中に持ち込んだ街長、罪深すぎない? 騒動が精神に与える影響を軽視しすぎでは?


「そもそもさぁ、自分の子どもをいさめるために、部下を使って脅すってやり方、気に食わないんだよなぁ。自分の子どもなら、もっと言葉を使って自分自身が向き合えよ」

 小声で呟く。


「……俺も同意」

 ずっと黙っていたランディも小声で呟く。

 ランディにも問題の本質が見えてきたようだ。つまり、敵は本能寺執務室にあり! ということだな。


「お前たち、何をこそこそ話してるんだ!」

「化け物退治の計画を練ってるんだよ?」

「そ、そうか。それならいいんだ」

 コマンティ君、素直か! 俺も嘘は言ってないけどね。


「コマンティ君さぁ、君、お兄ちゃんなんだろ? もうちょっと人付き合い上手くならないと、将来、お兄様なんてただの嫌われ者ですのよ、とか妹に言われるぞ?」

「え……」

 絶句するコマンティ君。

 おお、クリティカルヒットでコマンティ君は瀕死の重傷だぁ! ってか、既にお前シスコンなのかよ。


「未来の妹に好かれる方法、お姉様が伝授してやろうか?」

「またお姉様押しかよ。どんだけ好きなんだ、それ」

 ランディ、うるちゃい! お姉様はカッコよくて素晴らしい存在なのだといい加減学びたまえ。


「っ……」

 コマンティ君は、グッと唇を引き結んで、何やら葛藤かっとうしている感じ。マジで効果抜群なんだけど。これでええんか? お前の意地はそんなもんなのかあ!? いや、依頼達成のためにも、ここは意地を放棄してもらうのが一番なんだが。つい、流れで喧嘩売りそうになっちゃった。てへっ。


「どうすればいいって言うんだよ!?」

 めちゃくちゃキレながら折れましたがな。意地にも勝るシスコン、素晴らしき哉? だが、なんともスッキリしない勝負であった。この場合の勝者は妹の卵ちゃんかな? あ、素で間違えた。フィリングちゃん……じゃなくて、フィリーちゃんね。やベーな。面会はしないでおこう。間違ってランディに殴られる未来しか見えんわ。


「まず、俺のことはお姉様と呼びたまえ」

「は?」

「りぴーとあふたーみー、お、ね、え、さ、ま!」

「は?」

 察しの悪い子ね!

「ルイ」

 ちょいちょいとつつかれたのでランディを見ると、『頭痛が痛いよぉ』と言いたげにして教えてくれた。英語、伝わらないよって。そうだったわ。西洋風異世界の癖に!


「ごほんっ、さて、お姉様の教えは二つ!」

「……二つ、でいいのか」

「その通り! 第一、丁寧な言葉遣いで落ち着いて話す!」

「お前がそれを言うのかよ」

 ちょいとランディ、今はコマンティ君を言葉巧みにだますの頑張ってるんだから、余計な茶々はのーさんきゅーだよ!


「言葉遣い、か……」

「人との関係作りは言葉でのコミュニケーションが重要だ。コマンティ君だって、汚い言葉を言われたり、自分に責のないことで罵倒されたりするのは嫌だろう? 他の人だって同じさ」

 俺の言葉の途中でコマンティ君が素直に頷いた。さっき俺から罵倒されたばかりだから、分かりやすかったのだろう。


「自分がされて嫌なことは、他の人に対してしない。そう決めて話すだけでも、君は一気に思いやりのある人間になれる。そういう人間は自然と人に好かれるものさ!」

「そうなのか……」

「もし、君が衝動的に口を開いてしまいそうになったら、一度深呼吸するんだ。今から言うことは、自分が言われたら嫌なことではないかって、自問自答するんだ」

「……深呼吸して、考える」

 一度大きく深呼吸するコマンティ君は、少し目の曇りがとれたように見えた。


「好きな女の子に対しても一緒だぞ?」

「なっ」

 真っ赤になっちゃって、可愛いのぉ。

「いじめてくる男の子を好きになる女の子なんて、特殊性癖か洗脳済みの子しかいないんだからな!」

「せいへき、せんのう……」

「教育に悪いこと言ってんじゃねえっ」

 ランディの拳が襲ってくる。

「イッテッ!」

 何も殴ることないじゃんかぁ。仕方ないから気を取り直して本題を続けるよ。


「第二! 自分の務めを全うする!」

「おまいう、アゲイン」

 なげやりなツッコミなら、言うのやめろ?


「……それは、勉強をサボるなってことか?」

 なんで不貞腐れてるの、コマンティ君。納得できてなさそうだね。


「それもある。でも、君の務めはそれだけじゃないだろう。お母様や妹のお見舞いをするのも、立派な行いじゃないか。でも、それを口実に勉強しないってのは、褒められることではないって、分かるよな?」

「……そうだな」

 自分でも分かっていたのだろう。コマンティ君は少し考えて納得した。


「カッコいい兄ちゃんなら、難問を前にしても『これくらい朝飯前ですけど?』って顔でさらっとこなしてみせな!」

「……それは、確かにカッコいい」

 コマンティ君の顔が緩んだ。どうやら、未来の妹に『きゃー、カッコいい、お兄様!』って言われているところを想像しているらしい。マジ、シスコンって強い。コマンティ君が意外と単純で助かったわ。


 さーて、これで『コマンティ君を言葉巧みにやる気にさせよう』プロジェクトは成功ということでよろしい? 街長の依頼は達成できたでしょ。追加報酬きちゃうかな。きっと俺にもボーナス出るはず!

 明日は仕事サボってケーキ屋さん行こうっと!


 化け物退治はどうするかって? これからやりますよ?

 さあ、やってやるぜ! 相手の立場とか関係ねえ。ルイちゃんのマジ説教のお時間、始まりだよ! きっとコマンティ君より物分かりが言いはず。いい年した大人だもんね!


「いや、待て待て待て! どこに行こうとしてるんだ!」

「ウグッ、……もち、ろん、街長、の、執務、室、だよ?」


 椅子から立ち上がって突撃に行こうとしたというのに、ランディが腰に抱きついて体重かけてきた。

 やめろ。ルイちゃん細いんだぞ。折れそうな腰っていうのは比喩表現だからこそ、褒め言葉として成り立つんだ。マジで折れたらホラーなんだからね!


 しかし、このまま進み続けたら、いい訓練になるかもしれない。ほら、運動系の部活とか、自衛隊とか、タイヤに紐くくりつけて、引っ張って鍛えるんでしょ? え、これもう古い?


「っ、お前の、その無駄な馬鹿力、ここで発揮してんじゃねぇよ!」

 馬鹿力じゃないやい! 体中の力を振り絞ってるのに、ジリジリとしか進んでないんだぞ!


 ランディに抗議しようと思って振り返る途中、ポカンと口を開けたコマンティ君と侍従君が見えた。なんか、デジャビュ。そう、餌を求める雛鳥再来だ。街で会ったときぶりだね!


「……もう、ランディ、セクハラだよ?」

「急に取り繕って俺に不名誉をぶっかけるのやめろ!」

 エヘヘ。ルイちゃん、ちょっと頭に血が上っていたみたい。

 素早く姿勢を正して、コマンティ君に向き直る。


「そういうわけで、俺、君の父ちゃんとお話してくるね!」

「え、どういうわけ……?」

 コマンティ君。そんなに何度も餌を求められても、ルイちゃん親鳥じゃないから餌はやれねぇよ。俺が自主的に貢ぐのは、ネコ様だけだ! ネコ様可愛いにゃーん。


 この後、俺がやることを察した侍従君を脅、ゲフッ……、説得し、執務室に案内してもらいました。やっぱり聖教会と浄化師って、虎にも勝る威圧感があるよね! 責任は全部聖教会がとってくれるから、侍従君がそんな青い顔をする必要はないんだよ?

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