9.これは冤罪だ!

 聖教会の裏庭。

 朝の日差しが心地よかったので日向ぼっこをしていたら、小さなお客さまがやって来た。

 今日も良い煮干し、くすねてきておりますよ。たんとお食べなさい。

「今日もおはようだにゃ。美味しいかにゃ?」


「……お前、なにしてんの」

 まさかランディが来るとは思っていなかった。慌てて振り返り立ち上がる。


「な、何もしてないよ!?」

「明らかに猫にエサやってたよな?」

「まっさかぁ、そんな、野良猫拾ってきた子どもみたいなこと、するわけないじゃない!」

 ネコ様、今のうちにどっかにお行き!


「……今、猫が走り去ったけど」

「ヘエー、ネコガイタンダネ!」

「……まあ、別にそれはいいんだけどさ」

 呆れたようにため息をつくランディ。

 別にいいと言うくらいなら、指摘するんじゃないよ! というか、何しにこんなところに来たんだ?


「これ、お前が作った物だよな?」

 怖い顔でランディが何かを差し出してきた。見覚えのあるフォルムだ。ま、まさか、これは……!


「藁人形! なんでランディが持っているんだ!?」

 藁人形がランディの枕元に化けて出たのだろうか。俺は、恐ろしいことをしてしまったのかもしれない。


「今朝、剣の訓練をあの辺でしたんだ」

 ランディが指したのは、立派な大木がある辺り。俺が藁人形を釘で打ち付けた場所でもある。そりゃ、気づくよな。


「こんなことをするヤツはお前しかいないと思ったんだけどさ」

「ほ、他にもいるかもしれないだろ!?」

「藁人形をてるてる坊主にして釘で打つなんてことするヤツ、お前だけだよ!」

 ランディ、声が大きいよ!

 心の中で抗議しつつ、ランディの手のひらで転がっているそいつをじっと見る。

 藁でできた人形に白い布を被せ、顔や髪が描いてある。なかなか愉快で可愛いと思う。ランディに似てるかな。


「メズラシイモノヒロッタネ」

「片言やめろ! なんなのお前。なんで呪いの藁人形をてるてる坊主にしようと思った? 日夜、子どもの願いを聞いて、天気を晴れにしようと頑張っているてるてる坊主に、よくもこんな仕打ちができたな!?」

「怒るポイントそこか!?」

 俺が言うのもなんだが、怒るところがズレていると思うんだが!? なんでそんなにてるてる坊主に感情移入してるんだ! というか、普通のてるてる坊主は首くくられて吊るされるし、釘で打たれるのと、仕打ち的には同じくらいの酷さでは?


「てるてる坊主に謝罪しろ!」

「……す、すまなかった?」

 てるてる坊主の笑顔と向き合う。なんだ、この時間。今の俺を俯瞰ふかんしてみると、凄く間抜けだ。


「貴女方、何をしているんですか?」

 怪訝けげんな表情のマトリックス登場。今日もクールですね。


「おはようさん。今日のルイは浄化師休業中です」

「おはようございます。早速ですが、お仕事です」

「休業中って言ってるんだが!?」

 イイ笑顔で絶望的なことを言われたので抗議した。だが、マトリックスの鉄壁の笑顔は崩れない。くっそ、手強いな!



***



 ところ変わって、連行されて辿り着いた聖教会の告解こっかい室。

「俺は……、俺は何もしていない! 無実なんだ! 信じてくれ!」

「貴女が告解室に抱いているイメージがなんとなく分かりました」

 俺の渾身の演技を涼しい顔で受け流すマトリックス。告解室って、自分の罪を打ち明けて神の許しをい願う場じゃないの? 無実を訴えるのはちょっと違うか。失敗、失敗。


「何故俺は告解室に連行されたんだ? 弁護士を呼べ! 話はそれからだ!」

「急に態度が大きくなりましたね。ここは警邏隊の尋問室ではありませんよ。ただ、他の応接室が埋まっていて、ここしか空いていなかっただけです」

「そんな理由で俺はここに連れ込まれたの? それなら食堂でも良くない?」

「内密なお話なので」

 内密な話、だと? ルイちゃん、厄介事の気配を察知。


「お、俺には、妻と夫と奥さんと家内と子どもがいるんだ! 不貞を犯せなんて、そんなこと……!」

「それは一体どういう設定なんですか? 妻が三人に夫が一人いる時点で、十分不貞どころか法を犯してますよね」

 全力で場を混乱させて、マトリックスの仕事意欲の低下を狙ったのだが、淡々と紙を差し出された。なんやねん。俺は保証人のサインなんてしないぞ。保証人と金貸しは縁の切れ目って親父が言ってた。


「ルイ、無駄に話が長引くから、暫く黙ってような」

「ムグッ……」

 ランディよ。今まで気配を消していたかと思えば、急に口を塞いでくるとは不意打ち過ぎるぞ。というか、は、鼻まで、塞がって……!


「フガッ!」

「うわっ、汚っ」

「俺、死んじゃうよ? 殺人事件発生するとこだったよ? こちら、事件現場です! 告解室にて殺人事件が発生した模様です! あ、今、ブルーシートの奥から――」

「ハイテンションレポーターやめろ! だ、ま、れ!」

 今度はピンポイントで口を押さえられました。笑顔なのに目が全く笑っていないランディは、たぶん本気で怒ってます。ルイ、黙ります。


「……よろしいですか?」

「どうぞ」

 コクコク。頷くだけしかできない俺。降り注がれる呆れの眼差しに言い返したいのだが、なんせ今俺は口を塞がれているもので。俺の面白ショーを披露できなくて、悲しい限り。


「まず、ご報告です。浄化銃の実証実験のための護衛は現在募集中です。一週間以内に決定する予定です」

「フガフガ」

「……浄化の旅路に同行する商隊も、各商会に向けて告知し募集中です。何せ、ルイ様は、道中にある全ての辺境の村や街に立ち寄りをご希望なので、そのルートに賛同いただける商会探しが難航しておりまして」

「フーガ」

 やっぱり、商隊探し難航してるのかぁ。ここに到着してすぐにマトリックスと今後の旅路のルートについて話し合ったのだが、俺の希望を伝えたところ、非常に難しいと言われたのだ。


 本来、浄化の旅路には商隊が同行する。これは、双方に利益があってのことだ。浄化師は護衛が増えて魔物の脅威が遠ざけられるし、商隊は浄化師により穢れの脅威が遠ざけられる。さらに、聖教会は商会から寄付金をもらえるという利点もある。こういう寄付金が浄化師の給料にもなっている。

 だが、商隊的に利益が出ないルートを選ぶと、途端にこの関係が崩れてしまう。商隊が雇っている護衛もタダではないのだ。商隊も無駄に長引く旅路は嫌だろう。

 浄化の旅路とは、街道や辺境の村などの、浄化師が駐在しないところを巡って浄化していくのが本義だろうに、金が絡むとそれが霞んでしまうのがめんどくさいところだ。


「ルートを考え直す気はありませんね?」

「フガ!」

 堂々と胸を張る。俺は、ただ楽して旅するつもりはない。いざとなったら、自分で冒険者を雇って旅してもいいしな。なんで旅路用経費で落とせないんだ。これこそ大切な経費だろ? 聖教会セコすぎない?


「……何故仕事嫌いなのに、浄化師としての志が高いルートを選ぶのか分からなかったのですが、意思が固いようなら私は誠心誠意サポートしますよ」

「フーガ!」

 だって、たくさんの街や村を巡った方が、観光的に楽しそうじゃない? 体力続く限り旅を続けるつもりだし、一つでも多くの場所やそこで暮らす人々を見てみたい。


 というか、そろそろ手を離すつもりはないのかな。チラリと見ると、上を見て暫く考えたランディが静かに手を離した。


「たーびー、たびたび、たびたびた~のしぃみ~」

「なんで急に歌いだした? 真面目にやろう?」

「……そのまま塞いでくれていたら良かったのに」

 二人とも酷くない? 俺は自由だー! シャバの空気ウマー。解放感って素晴らしいね!


「では、本日の本題です」

「シャバ出てすぐの仕事は厳しい」

「何を言っているのか分かりかねます。こちらをご覧ください」

 なんやねん。仕方なくテーブルの上の紙を見ると、細かい文字が書き連ねてあった。ルイちゃん、ロウガンだからヨメナイナー?


「調査依頼をお願いします。場所は街長の邸宅。依頼者は街長のご子息、コマンティ様。内容は、……藁が集まってできた化け物が家に潜んでいるから退治してくれ、とのことでした」

 なんて……?


「コマンティ様は、藁に穢れが憑いて化け物になったのだとおっしゃっていて……。いや、私も、そんなことはあり得ないと再三お伝えしたんですよ?」

 俺とランディの驚愕の表情を見て、正気を疑われていると感じたのか、マトリックスが慌てたように言う。だが、俺たちはそれどころじゃないのだ。


「藁の化け物……」

 ランディが俺を見る。俺は必死に目を逸らす。


「……お前、まさか、街長の家に忍び込んだのか!?」

「俺は……、俺は何もしていない! 無実なんだ! 信じてくれ!」

 これが本当の冤罪! 肩を掴まれガクガク揺さぶられながら、必死に身の潔白を訴える。

 誰だ、俺の真似したヤツ! 余計な仕事増やすんじゃねぇよ!

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