ごーいんぐ・まい・うぇい! ~自由奔放な浄化師は銃を撃つ~

ゆるり

0.モノローグ

 生きる中で何かにせられる瞬間を経験したことがあるだろうか。



 俺は日本の片田舎で生まれた。隣の家が一キロ先なくらい辺鄙な山ん中だ。家の周りにあるものといえば、田んぼと畑と木と獣の声。


 山ん中の獣、嘗めんじゃねぇ。猪に遭ったら目を逸らすな。かといって相手の目を見るのも駄目だ。野生の生き物の生きる意思の強さは目に表れる。うっかり魅せられると厄介だ。


 違う、こんなことを言いたかったんじゃない。とりあえず、猪に遭ったときは、背中を見せずに後退しろ。足下にも注意を払え。山には木の枝も石もゴロゴロ落ちている。転んだら大惨事だ。経験者が言うんだから間違いない。


 ……話が逸れた。どれくらい逸れたかって言うと、むしろ全く本題に触れていないと言わざるを得ないくらいだ。

 俺の独白なんて聞いている人間は、余程暇なのか心が広いのか。できれば後者であってくれと願っている。


 さっさと本題に入れ? 待ってくれ、何を言いたかったか思い出すから。

 若年性アルツハイマーを疑った方がいいって?

 やめてくれ。俺は毎日決まった時間に起床し、バランスよく食事をし、睡眠をよく取り、タバコも飲酒もしない。超健康的に生活している。時々野生を味わい恐怖と緊張で脳を活性化させてもいる。

 だが、できれば恐怖は味わわない生活をしたかった。


 また話が逸れた。そう。冒頭に戻ろう。


 何かに魅せられる経験。俺はそれを五歳の時に味わった。

 俺はその日、家の中を探索していた。最初に言った通り、田舎の山の中なので、家と田んぼと畑くらいしか子どもに許されている遊び場所はなかった。


 俺も、一度はキャラクターたちがハッピーに躍り狂う遊園地に行って、嬉々として長蛇の列に並び、好んで悲鳴を上げる経験をしてみたかった。俺の抱くイメージには多大な誤解があると思うが、気にしないでくれ。


 とにかく、俺はその日、家の中で遊んでいたのだ。普段立ち入らないところまで恐れなく進んだ俺は、ついにそれを目にすることになった。

 厳重に仕舞われていた、黒く細長いもの。鈍い光を反射するそれは、俺の心を一瞬で捉え離さなかった。それ故、何とかそれを自分の手中におさめようと奮闘していた俺は、背後の気配に気づかなかったのだ。

 頭に鈍い衝撃が走り、雷のような音がして、俺はいつの間にか意識を失っていた。


 目を覚ましたとき、枕元には氷嚢ひょうのうを手にしたお袋がいた。いや、その時は母上と呼んでいたか。……嘘だ。時代劇にはまっていたのは七歳の時。五歳の時はまだかぁかと呼んでいた。


 かぁかは穏やかだが厳格な口調で言った。

「あなたは触れてはならないものに触れようとしてしまいました。それゆえに天罰がくだったのです。もうあの部屋に近づいてはなりませんよ」


 幼心に恐怖した。だが、この家には何か忌まわしきモノが封印されていたのかと、秘された真実への知的好奇心で、不謹慎にも浮き立つ心が抑えられなくなったのも事実だった。

 その日の夜、親父はなぜか頬に紅葉のような跡をつけていた。きっと庭にある楓のお化けに呪われたに違いないと、封印されたモノの正体に迫った気がした。

 その後、あの部屋は厳重に施錠され、俺が立ち入ることはできなくなった。


 時が経ち、俺は幼い日に目にしたものが何だったのか、親に聞かずとも理解する年齢になっていた。田舎といえど、ネットが使えたのでいくらでも調べる手段はあったのだ。

 俺があの日魅せられたものは――猟銃だった!


 ここまで話を引っ張って拍子抜けさせてしまったなら申し訳ない。だが、それを知った時の衝撃は、俺にとって言葉では表し尽くせないものだったのだから許してくれ。


 今なら分かる。俺が猟銃に魅せられていた時、頭に走った鈍い衝撃は、親父の拳骨だった。雷のような音は、怒鳴り声。

 親父が頬に紅葉をつけていたのは、お袋に叩かれたからだった。楓のお化けなんていなかったのだ。子どもを昏倒させる勢いで殴るのは、確かに怒られるべきことだったから、お袋の説教は当然だ。

 その日の夜、お袋の大好物のケーキが食卓に並んだ理由も分かった。親父がご機嫌取りに、わざわざ麓の街から買ってきた物だった。そこはむしろ、俺の好物を用意するべきじゃなかっただろうか。


 まあ、そんなことは今となってはどうでもいい。


 俺は五歳の時に銃というものに魅せられた。それが、俺の人生において、とても重大な意味を持っていたということを誰かに伝えたかった。


 来る日も来る日も銃について調べ、検索履歴がお袋に見つかって、怖々と様子を窺われた時のことは忘れられない。共有のパソコンを使っていた俺の不始末だ。たぶん、隠し棚に入れていた物の位置が、知らない間にずれていた時と並ぶくらい、ヒヤッとした出来事だった。背筋を氷が滑り落ちるようなあの感覚は生涯忘れることのできないものだ。


「俺は犯罪者になるつもりはない!」

 この言葉をお袋が信じてくれたのか、今となっては知りようもない。それでも、この世から去るその瞬間まで愛情を持って接してくれたのは確かだ。ああ、今なら俺だって恥ずかしげもなく言える。


「お袋、俺も愛していたよ!」


 ……嘘だ。とんでもなく恥ずかしかった。空に虚しく響いたことで、いっそ寒々しく感じるが、火照った頬にはちょうど良かったのかもしれない。


 見上げていた空が鮮やかなグラデーションを披露してくれている。この世界は綺麗だ。

 しかし、それも段々と霞んでくる。もう限界のようだ。俺は潔く目を閉じることした。


 ああ、あの猪はどうしただろうか。思わず目を見てしまったせいで、俺は命の輝きにまで魅せられてしまった。親の周りを心細げに彷徨いていたうり坊たちと棲みかに帰れただろうか。

 俺がしたことはただの自己満足だ。むしろ近隣の人たちに迷惑をかけることだったかもしれない。俺の今の状態がそれに対する罰だったのだと、どうかわらってほしい。


「……一度で、いいから、……銃を、持って……みた、かっ……た……」



***



 享年十八歳。

 一年前に両親を亡くしたばかりの少女が、山奥の崖下で亡くなっているのが見つかった。崖上の痕跡から、少女は猪を罠から解放し、その場から離れる際に足を滑らせ、崖から転落したものとみられる。

 少女は友人たちから変わり者と呼ばれていたが、明るく優しい性格で、多くの人に慕われていた。



***



 俺の死に際の独白を聞いていた人がいたなら、きっと勘違いしていたかもしれない。


 俺は前世日本で女として生まれた。正真正銘身も心も女であった。

 だが、俺は影響されやすい人間だった。

 ある映画で見たガンマン。彼のかっこよさに惚れた。普通はそこで女磨きをするのかもしれない。万が一にもない可能性を夢見て、相応しい女性になれるように。

 俺は違った。俺は彼になりたかったのだ。

 日本語吹き替えとか、英語での一人称は『I』で男女の区別はないとか、俺はその頃知らなかった。


 一人称を俺に変えたところ、お袋は椀をひっくり返し、親父は箸を折った。親父は、その後自分で竹箸を作っていたことを付け加えておく。俺の家では、作れる物は自分で作る、というのが当たり前だったからな。俺も色々作るのは得意だ。

 いや、こんな話はどうでもいい。話を続けよう。


 お袋はこぼした味噌汁を片付けながら、独り言のように呟いた。

「拙者よりマシじゃない。これは成長よ」

 それでいいのか⁉ 一人称を急に変えた俺の方がツッコミたくなった。……ああ、俺が幼少期に拙者と言っていた黒歴史まで暴露してしまった。どうか忘れて欲しい。


 そんなこんなで、俺は自分のことを『俺』と呼ぶようになったのだ。


 ……時間がきたようだ。前世の話はここまでにするとしよう。これから続くのは、日本から転生してしまった少女が異世界で暴れまわる話、になるはずである。


 まだ未来は分からないが、俺は暴れまわりたい。願わくば、銃をぶっぱなして!

 異世界に銃刀法違反に準ずるような法整備がないことを祈る。


「異世界に転生してもいいけどさ! 銃を撃てる環境にして欲しいな! でも、非殺傷推奨! ねえ、聞いてる!?」


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