第5話 呼び出し

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 結論から言おう。


 僕はおかしい。

 いや、前世だか異世界だかの記憶がある時点でおかしいんだけどさ。


 あの後、生きたままのゴブリン解体ショーという、絶対に公共の電波には乗せられないモノをルーキー四人で見学していたんだけど……


 堂上君が言っていたように、ゴブリンが泣き叫んだり、その叫びが徐々に弱くなっていく過程だったり、グロテスクな内臓や紫色の血だったり……そんなの対して、あまり忌避感は無かった。これは四人全員に共通していた。


 ダンジョンへの親和率というのは、高ければ高い程、魔物へのグロ耐性が付くそうだ。事実、流石にこれはやり過ぎじゃね? というゴブリン解体ショーに対しても、平静な心持ちで眺めていることが出来た。いや、あんな残虐なことをスルー出来るという、その事実にみんなビックリしていたね。


 ちなみに、ダンジョン内の魔物は、絶命してしばらくすると光の粒になって消えるため、その場に死体は残らない。例え返り血を浴びていても、当該の魔物が絶命すると、血や体液なども一緒に光の粒として消える仕様で、衣類のシミや頑固汚れになったりはしない。その後、運次第でドロップアイテムなどが残されるらしい。本当にゲーム的だ。


 で、残虐スルーとは別に、僕はやはり何処かおかしかった。親和率だけでは説明できないような冷静さがあったんだ。状況を俯瞰的に見ているというか……いや、ハッキリ言おう。


 ゲームのプレイ動画を観ているようだった。


 そう。堂上君、佐久間さん、ゴブリン。それらの動きをゲームのように感じていたんだ。そして、自分自身のことすら、まるで“プレイヤーが操るアバター”のような感覚だった。一度自分をそう認識すると、どうしてもその考えが離れない。


 厄介なのは、アバターである自分を操るのも僕自身だということ。この感覚、一歩間違えるとダンジョン内であっけない死を招きそうだ。


 あ、もう既に“ダンジョンで活動することが前提”になってる。

 なんだこの感じ?

 僕は探索者になることを望んでいなかったハズなのにさ。自分の事がよく解らないや。



 ……

 …………

 ………………



「これでE組は全員、ゴブリンの残虐解体ショーを目に焼き付けたみたいだな」


 ゲートを潜った直後にあった六つの分岐。その分岐が合流する、第一階層の中間地点となる広場。

 そこに集まった、編入組の二十名と内部進級組の十名。それぞれを野里先生が確認している。編入組のルーキーは総じて表情が暗い。当たり前か。


「先に種明かしをしよう。このダンジョン学園では、探索者の育成というのはA・B組のことを指す。つまり、C〜H組は、厳密には探索者の養成カリキュラムではない。ここに居るE組の諸君は、そもそも初めから探索者の養成から切り離されている」


「「………………」」


 驚きだね。いや、探索者を目指す上で脱落者も多いだろうとは考えていたけど、まさか最初から切り離されていたとはね。一体どういう仕組みなんだ?


「あまり公にはなっていない情報だが……ダンジョンテクノロジーを用いた機器やダンジョンからの発掘品は、ある程度の親和率がないと十全に使いこなすことが出来ない。つまり、一般社会に技術を広めようにも、絶対的多数である親和率五〇%未満の一般人には、ダンジョンテクノロジーを使いこなすことが難しいという状況が生まれている」


 野里先生がゆっくりと噛んで含めるように僕らを見渡しながら説明している。

 探索者にならない者は、ダンジョンの謎テクノロジーの担い手ってことか。


「勘の良い者は気付いたかも知れんが、C〜H組は、一般人が使用できないダンジョンテクノロジーを十全に活用できる者として、この学園の運営やダンジョン管理、研究などを行う人材として期待されている」


 ダンジョン関連の仕事を担う予備軍ってことね。


「念のために伝えておくが、何もランダムで選んでいる訳ではないからな。

 親和率の測定後、諸君は指定の医療機関での各種の検査、健康診断を受けたはずだ。学園の選定はその時点から始まっていた。

 検査データや検体、聞き取りなどで各々の情報を調べ、性格的に探索者に向かない者、魔物との戦闘において能力的に不安がある者、探索者を希望していない者、ダンジョンでの成長レベルアップの限界値が低い者、他の領域で能力が突出している者……等々。このような者はA・B組に選ばれないようにコントロールされている。どうだ? それぞれに心当たりはあるんじゃないか?」


「「……………………」」


 そう言われてみれば確かにそうだ。少なくとも僕と風見くんは完全に当て嵌まる。だって、そもそも探索者になることを望んでいなかったし。

 周りを見渡すと、先生の話にうんうんと頷いている編入組の子も多い。内部進級組はちょっと違うみたいだけど。


「もう一つ種明かしをすれば、私は本来のE組担任ではなく、中等部までの一部のA・B組で、戦闘系科目の指導教官をしている。そして、今日付き合ってもらった内部進級組はB組の生徒たちだ。

 E組の諸君には、今日の出来事、自分の性質を改めて考えて欲しい。結果として、それでもやはり探索者を目指したいというなら、本格的に探索者養成を行うA・B組に移るのも考慮する。

 ……とりあえず、こちらから伝えることは以上だ。明日は一日休みとする。明後日、改めて各人の意向を聞くことになるから、そのつもりでいて欲しい」


 なるほどね。今回のゴブリン解体ショーは、僕達に改めてダンジョンや探索者の一面を強く見せることで、進路を考えさせる……というか誘導する為だったんだな。

 個人的には裏方も悪くない。……はずだ。

 大人たちが言っていた『将来の役に立つ』っていうのは、こういう事情を知っていたのかな?

 この学園やダンジョン管理関係で手に職を付けて就職できるなら、確かに将来は安泰だろうさ。


「ひとまずダンジョンから帰還する。帰還石というアイテムを使うから、私の周囲に出来るだけ近づいてくれ」



 ……

 …………

 ………………



 その後、僕達はダンジョンの不思議アイテムで、ゲート前まで戻り、そのまま解散となった。

 まだ出会って三日だけど、クラスメイトとして、ゴブリンの解体ショーを一緒に体験した仲として、あちこちで相談する声が聞こえる。やはり初めから選別されていた為か、他の子たちから、今回の学園の仕打ちに対して、あまり否定的な声は出ていないみたいだ。


「……なぁイノ。お前はどうするんだ?」

「う〜ん……ちょっと悩むなぁ。今回のダンジョン体験で、割と探索者も良いかも? とか思ったりもしたんだよね〜。……そういう風見くんは?」

「お前マジかよ……。俺は素直に裏方に回ろうかと思ってるぜ。探索者に成りたいとは思わんけど、ダンジョンテクノロジーとかアイテムとかには興味あるしよ。そういう方面の進路があれば希望しようかと思ってる」


 小太りでガキ大将的な見た目の風見くんが技術屋志望とは。いや、見た目に関しては僕の偏見だから別に良いんだけど。

 それにしても僕は変だ。どういう訳かダンジョンでの活動に惹かれている。もしかして、これがゲーム的な強制力とかなのかな?


「口止めとかされてないし、寮に戻った後で家族に連絡しようかな?」

「だな。俺もそうするぜ。まぁ母ちゃんは諸手を上げて賛成しそうだけどよ」

「そりゃ親としたら、危険の伴う探索者を目指すよりは良いだろうね。それに、僕らが探索者になりたくないのは分かっていたと思うし……」


 路面電車の停留所まで歩きながら、風見くんとそんな話をしていると、僕の学生証からリズミカルな機械音が鳴った。学園からの連絡事項?


「なんかメールみたいなの着信したんだけど……」

「俺には着てないぞ?」


 とりあえず、点滅している所をポチッとすると、例のホログラム的な感じで文字が浮かび上がってきた。……いや、このメール機能、目立つ上に他の人にも見えるから情報ダダ漏れじゃん。


「う〜ん? 何か呼び出しみたい。E組の校舎の方へ来いってさ。ほら、これ」

「へぇーイノだけか? ……というか見せられても文字化けして読めんぞ? なんだコレ?」


 僕の学生証のメール情報は風見くんには読めないらしい。持ち主以外は情報が読み取れない仕様? 地味に凄いな、ダンジョンテクノロジー。疑って悪かったよ。


「呼び出しみたいだし、行ってくるよ」

「おう。先に寮の方へ戻ってる。澤成が戻ってたらちょっと話をしとくわ」


 風見くんと一旦別れ、来た道を少し引き返す。さっきのダンジョンゲートの方じゃなくて、校舎へ向かう分岐を進むんだけど、同じ方向へ行く生徒が見当たらない。もしかして呼び出しは僕だけなのか? 一体何の用だろう? 前世の記憶とかがバレた? まさかね……。



 ……

 …………

 ………………



「井ノ崎だな? はじめてのダンジョンダイブで疲れているだろうに悪いな。こっちだ。ついて来てくれ」


 校舎に到着すると野里先生……もとい教官? が待ち構えていた。あ〜何だか嫌な予感。

 断れる筈もなく、素直に先生だか教官だかの後を着いていくと、とある部屋に案内された。

 部屋の中はキレイに片付いた書斎のような雰囲気だったけど、少し埃っぽい。どうやら頻繁に使用されている部屋じゃなさそうだ。聞けば、先生たちに割り振られた個人作業用の部屋らしい。ここはまだ使用者が決まっていない部屋だそうだ。……勝手に使ってる訳じゃないよね?


「あまり使われてないから少し空気は悪いが……。とりあえず掛けてくれ」


 勧められて、高級そうな三人掛けのソファに腰を下ろす。先生はローテーブルを挟んだ正面に座る。手にはタブレット。たぶん、昨日使っていた親和率を測定するヤツだ。


「色々と聞きたいこともあるだろうが、ひとまずは親和率をもう一度測定させて欲しい。手を出してくれないか?」

「は、はぁ……」


 言われるままに差し出されたタブレットの上に手を置く。


 親和率一〇八%


 わーまた上がってるー遂にサワくん超えだーいやーびっくりだなーこんなに簡単に上がるんだーあははは。


 …………ふう。これが呼び出された理由か。


 詳しいことはまだ分からないけど、先生の雰囲気からすると、親和率がこんな風に上昇するのは珍しいみたいだね。


「……コレってやっぱりおかしいんですか?」

「……あぁ、少なくともありふれた現象ではない。ところで、井ノ崎は親和率についてどれだけ知っている?」


「え? ええっと……確かに六〇%を上回らないとダンジョン学園に編入出来ないのと、小学校入学前に一〇〇%超えだと学園に引き抜かれる……とか?」

「そんな認識か……まぁ普通だな。一応伝えておくが、今から話す内容は機密事項なので口外はしないように頼む。

 まず、ダンジョンとの親和率というのは、我々が勝手に言っていることであり、本来は『ダンジョンが望む人材の指標』だそうだ。詳しくは聞くな。私も深い部分は知らされていないからな。とりあえず、六〇%を超えると、ダンジョン内の出来事に耐性が付くというのが現在の見解だ。これは、ゴブリン解体ショーを間近で目撃しても、親和率が高いとPTSDを発症しないとかだな。

 そして、この親和率というのは大幅に増減することはないと言われている」


「え? でも、増えることはあるから、探索者で一〇〇%越えは珍しくないって……」


「確かにな。ダンジョン内での累計活動時間が長くなれば、徐々に親和率は増えていくというのも事実だ。しかし井ノ崎、君は違うだろ?

 それに増えるといっても、年単位で二〜五%程度の幅だ。一回のダンジョンダイブで一〇%以上増えるのは明らかに異常。そもそも入学の際の資料では、君の親和率は七二%だったはずだ。昨日の時点で九一%であり、ダンジョン内で活動していないにも関わらず一九%の上昇がみられたな。それとも君は、違法なダンジョンダイブを繰り返していたのか? 違うだろう?」


 おふぅ。思ったよりも異常なことだったみたいだ。

 前世の記憶とかじゃなくて、普通に測定データで異常が出るとはね。いや、そもそも『ダンジョンが望む人材の指標』ってなんだ? ダンジョンそのものに意思があるのか?


「……それで、僕はどうなるんですか?」

「まぁ待て待て、そう焦るな。……実はなぁ〜一つだけ親和率の大幅な増加に関して、資料にて見解が残されている現象があるんだぁ〜」


 野里澄先生。

 一見、スラっと背が高いモデル系な美人さんだけど、恐らく、脱いだらスゴイ系(筋肉)だね。何というか凄みがあるし、まるで野生の獣のような空気を纏っている。

 で、そんな野里先生の口角が上がるわけだよ。嫌な含みしか感じない笑顔だ。

 あー嫌だ嫌だ。こんな笑顔をする大人にはなりたくないね。まったく。


「……もう帰っても良いですかね?」

「はは! 良い度胸してるじゃないか。まぁ聞け。私も学園で働くようになって三年程だし、実際に会ったことはないんだが……


超越者プレイヤー


 という存在が居るんだよ」



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