イケメン四人に守られてます……が! こういうのって普通女の子が守られるもんじゃないんですか! 僕、男なんですけど!
犬鳴つかさ
第1話 【不死身】のドレッド
「なぁ、コイツ本当に男なのか?」
目の前にいる赤髪の男に口を塞がれ、流れるようにこのさびれた工場まで連れ込まれた。
「えぇ。その少女のような服装は世を忍ぶ仮の姿。彼は間違いなく、
赤髪の男の少し後ろでたたずんでいる執事服の老人が答える。すっくと伸びた背と、後ろでまとめたロマンスグレーの髪からは、なんとなく一流の匂いがする。ただし、うちの使用人じゃない。『坊っちゃま』なんて、馴れ馴れしく呼ばれているけどこんな顔に見覚えはなかった。
「そう言われてもなぁ。違うヤツだったらエラいことだし……ちょいと確認……」
布の猿ぐつわを噛まされ、なんだかよくわからない工場のパイプに通された手錠で両手を拘束されている……そんな僕が履いたスカートの中に赤髪の男は、あろうことか頭を突っ込んだ。
「おー、ご丁寧にパンツまで女物だが……ちゃんと『あるな』。ハハッ、でも見た感じ
「
僕が怒りに任せて両手を動かすと……錆びていたせいだろう、手錠の鎖ではなくパイプの方が壊れた。そして勢いに任せて、スカートの中で盛り上がっている男の頭をぶっ叩く。
「んぎっ……!」
「ふざけんな、ボケ! ばか! あほ! 変態!……あ、あれ?」
猿ぐつわを解いて、ひとしきり罵ったあとで気づく。赤髪の男の体から力が抜けていることに。思い返してみると、拳ではなく手錠の部分で思いっきり殴った気がする。
「お、おーい……」
「ああ、これは死んでますねぇ」
一部始終を見守っていた老人が妙に平坦な口調で言った。
「し……死!」
たしかに死ねとは言ったけども、本気で死ねとまで……思いながら殴ったけども!
「う……そ……ですよね?」
これは嘘だ。スカートの盛り上がった部分から薄暗い赤色の何かがにじんでいるけど。太もものあたりが生温かい液体に浸されているような気がするけど!
「ぼ、ぼく、ひ、ひとごろ……」
「……なんつって!」
男の死体が、僕のスカートの中で再び動き出す。
「も、もう化けて出たー⁉︎」
「だとしたら早すぎだろ、んなわけねぇわ」
男はやっとスカートから頭を出すと、血まみれの顔で僕に向かってニッコリと笑った。
「オレはドレッド。お前のお守りを依頼されたチームの一人だ! よろしくな!」
これが、僕の護衛を任された裏世界の人間とのサイテーな出会いだった。
「お守り……?」
わけのわからないまま、僕はおうむ返しした。
「そう、お守り! まぁ、つまるところ『護衛』だな。裏社会の仕事に暗殺とかあるのは知ってるか?」
「はぁ、坊っちゃま相手に何を……」
その包み隠さない物言いに、老人はため息を吐く。赤髪の男……ドレッドよりかは良識ある人物なのかもしれない。だけど、その一言はなんだか子ども扱いされているような気がした。
「ええ、知ってますとも。そう言った妄想の
正確には、漫画『以外』も読まないわけではない──なのだけれど、ちょっとだけ見栄を張る。自分を大きく見せることをやめてしまうと何だか負ける気がした。
「そうか。知ってるなら話が早え。オレたちはつまり暗殺の逆。お前を守るってわけ」
「……」
ドレッドは何事も無かったかのように話を続ける。馬鹿にされたことに気づいていないんだろうか。
「失礼。ドレッドに皮肉の
老人が申しわけなさそうに僕のほうを見る。そんなことよりも、急に僕をこんなところに連れ込んで来たことについて悪いと思って欲しい。
「ドレッド、さっき坊っちゃまがおっしゃったのは嫌味です。私たちは、どうも信用されていない」
「あー、そうなのか。ってことは、オレたちのこと知らねぇんだな。業界じゃ、結構有名なほうだと思うんだけどなー」
「この手の稼業で名が知られてるのはダメなんですがね。本当は」
ドレッドは頭を軽くかき、老人はため息を吐く。仮にこの人たちが僕を守ってくれるのだとしても、それはそれで大丈夫なんだろうか。
「信用、信用ねぇ。難しい言葉だよな。どうすりゃ得られるかな? ホワイト」
「そうですね、例えば……」
老人……ホワイトは
「こうやって、仕事ぶりを見せるとか」
何もないはずの空間に弾丸が飲み込まれ、代わりに血を吐き出す。何が起きたのかわからない。僕はジンジンと
「透明化の異能力者……にしては
そのままホワイトは見えない何かのほうに歩み寄って行き、僕とドレッドだけが残される。
「まー、つまりこうしてお前のことを狙ってるやつがいるわけ。オレらは、その脅威に対して今みたいに対処する。オーケー?」
オーケーなわけがないけど、僕は震えながら頷く。急に銃とか出されても恐怖しかない。
「んじゃ、ホワイトがお客の相手してる間に俺らは俺らでトークしようぜ。状況はどこまでわかってる? その格好を見るに、何も知らないわけじゃないだろ? 女装が趣味だってんなら話は別だが」
その言葉に僕はうつむく。
じいちゃんが殺されたのは二日前のことだった。大企業の社長で、それなりに上手くやっていたと思う。僕は、じいちゃんの良いところしか知らないけど、その立場からして敵が多いことも一応理解はしていた。
『ワシが殺されたら、すぐに身を隠せ。身内は誰も信じるな。一番良いボディガードをつけてやるから、そいつらだけを頼れよ』
じいちゃんは時に冗談っぽく、時に真剣な顔つきでそんなことを言っていた。
「じゃあ、あなたたち二人が祖父が言っていた……」
「まぁ、そゆこと。あと別にもう二人いるんだけどな。お、ウワサをすれば、だ」
ドレッドは視線を昼間の明かりが差し込む工場の入り口に向ける。外から車がこちらに走ってきているのが見えた。車はそのまま工場の中に侵入し、そして──ドレッドを跳ねた。
「ぐわァァァァァァッッッ!」
「ぎにゃー!」
目の前にいたドレッドに覆い被さられて……いや、目の前で人が跳ねられて僕は変な叫び声を上げた。
「……はねちゃった、よ?」
「構わん。およそ体のタフさぐらいしか取り柄のない男だ。哀れむ必要はない」
運転席から眼鏡をかけた青髮の利発そうな青年が、助手席からフワフワした服を着て、クマのぬいぐるみを抱えた長い金髪の美少女が降りてくる。
健全な男の子である僕は、もちろん美少女のほうに目を奪われた。だいぶ童顔だが、背丈をみるに中学生である僕と同じかそれより一つ、二つ下ぐらいだろう。ぶっちゃけ、タイプだった。
「キミが、護衛、対象?」
美少女が小首を傾げる。仕草まで可愛いとなると好きになっちゃうぞ、この野郎。
「おい小僧」
眼鏡をかけた青髮の男がやけに高圧的に話しかけてくる。
「な、なんですか……」
「やけにドギマギした視線をイエローに送っているようだが……」
そう言って青髮は美少女を指差す。
「こいつ、男だぞ」
「……え?」
いや、心の中で『この野郎』とは言ったけど本当に野郎だって? 嘘だ。そんなことあるはずない。
「信じられないらしいな。なら服を脱がして……」
「せくはら、だめ。おこる……よ?」
美少女……否、美少年であるイエローが困り顔を青髮に向ける。それを受けてか青髮は「冗談だ」と肩をすくめた。
「ぼく、イエロー。キミのこと、がんばって守る。よろしく」
彼女……いや、彼は軽く頭を下げてからフンスと鼻息を出しつつ得意満面の顔になった。そのドヤ顔も、男だと知ってから見ると何故だか可愛いと言いづらい。
「よ……よろしく」
「? ぼく、かわいく、ない?」
僕の反応を見ると、得意げだった表情がみるみるうちに不安そうなものに
「……可愛い、って言ってやれ」
いつのまにか僕の隣にしゃがんでいたドレッドが耳元で
「イエローは、それだけで機嫌良くなるから」
何だかドレッドに従うのは
「……か、可愛い、よ」
ただその言葉自体は出まかせではなく、僕の率直な感想だった。男だと知り、恋愛対象として見れなくなっただけで、可愛いと思う気持ちまでは嘘にならない。
「……! ありがとう! 護衛対象、すき! ぼく、もっとがんばるね!」
イエローは満面の笑みを見せた。僕はこの一、二分のうちに彼が女の子でないことを三回ぐらい悔やんでいる。これが四回目だった。
「女装仲間同士、気が合うようだな」
青髮の男がフッと見下すように笑った。おそらく、この人は僕の嫌いなタイプの人間だ。
「俺はブルー。それだけだ。他に話すこともない」
「おいおい、素っ気無さすぎね?」
僕の隣に座ったままのドレッドはブルーに呆れたような視線を向けた。
「十分だろう。別に俺はコイツとお友達になりたいわけではないからな。守る、守られるも仕事上の関係に過ぎない」
「そんなんだからお前だけ二つ名が……」
と、何か言おうとしたドレッドが急に口ごもる。
「伏せろ!」
慣れた様子でブルーとイエローが体勢を低くしたのと、僕の視界が暗くなったのは、ほとんど同時だった。続けざまに破裂音が数回鳴る。僕はこの音を知っている。ついさっき聴いたばかりだ。
「銃……声?」
「静かにしてろ」
ドレッドの
今度は僕の真上から音が鳴った。ドレッドもまた銃で応戦しているらしい。しばらくして、双方の音は鳴り止んだ。
「殺し……たんですか?」
僕の声は知らず知らずのうちに震えていた。
「たぶんな。だが、さっきホワイトが相手してたヤツとおんなじで透明だから、よくわかんね。死んだフリしてるだけかもな」
ドレッドが僕にのしかかったままイエローの名を呼んだ。
「悪りぃけど、確認してくれ」
「うん」
ザリ、と工場に溜まった土ほこりを靴で擦った音がしたので、イエローが襲撃者の生死を確かめに行ったのだとわかった。
「な、何であの子を!」
「オレはお前を守ってる。ブルーは下手すると不意打ちで死ぬ。ホワイトは今相手してるヤツから目を離すと不覚を取るかもしれねぇ。だからイエローを行かせた」
どうして一番若い人間を行かせるのか、という疑問を口に出す前にドレッドは答えてくれた。多少考えていることは理解できたので少し冷静になれたが、それでも僕の心臓は激しく脈打った。
同い年ぐらいの彼がこんなにも近くで殺されてしまったら、きっと耐えられない。ただでさえ暗い視界だったが、僕はギュッと目を閉じて彼の無事を祈った。
「──死んでる、と思う」
イエローのその一言を聞いて、ひと安心する。だが、その一瞬後に人の訃報を喜んでしまった自分に気がついて胸が痛んだ。
サンキュ、とドレッドはイエローに向かって軽く礼を言ってから立ち上がる。僕の体から重みと温かみが離れた。
「潰れてないか?」
さすがにそう思うほど苦しくはなかった。全体重がかからないように気を使ってくれていたことは僕が誰より知っている。
「ありがとう……ございます」
感謝の意はキチッと伝えろ、というじいちゃんの教えを思い出しながら僕は頭を下げた。
「おお……なんか新鮮だな。普段は守ってもらってトーゼンって顔してるヤツがほとんど……がふっ」
ドレッドが微笑みを浮かべるのもつかの間、彼は大きな咳とともに血を吐いて倒れた。
「あー……久々にちょっとヤバイな。さっきの銃も、何発か喰らっちまった」
「大丈夫ですか!」
僕は反射的に叫んだが、よくよく考えたら大丈夫なわけが無かった。僕に手錠で殴られ、ブルーの運転する車に跳ねられ、銃弾まで浴びてしまったというなら今生きていること自体、奇跡に近い。
それでもドレッドは「大丈夫だ」と呟いた。
「すぐによくなる」
どう考えても僕に気負わせないための強がりにしか聞こえない。
──僕のせいだ。僕の代わりにこの人が死ぬ。
「お……おいおい、会ってすぐのヤツ相手にそんな泣きそうな顔すんなよ。マジだって、すぐ復活するから」
「そんなわけ……!」
「おい小僧、ドレッドから何も聞いてないのか?」
「え?」
「だから、あわててるんだ……かわいい」
すでに性格が悪いことが露見しているブルーはともかく、イエローまでもがクスクス笑っている。仲間が死ぬかもしれない状況で一体何を……。
「あー……よくなってきた、良くなってきた」
先ほどまで虫の息だったドレッドが、むくりと上体を起こす。
「う、動かないほうが……!」
「気遣い、サンキュ。でも、本当に大丈夫だ」
彼の頭から何かが落ちる。それは重力に負けて床に落ち、小さく一、二度跳ねてから僕の下まで転がってきた。口紅の先っぽみたいに赤く染まった、その金属片を見て僕は気づく。
「これ……は……!」
続けて二つ、三つ出てくる。相変わらずそれらは、勢いよく飛ばすことに失敗したシャンメリーの
「銃……弾?」
「そっか、そうだ、まだ話して無かったっけか」
彼はドラマの撮影が終わった死体役のようにシャンと立ち上がる。ただエキストラにしておくには、その笑顔はあまりにも輝いて見えた。
「オレは【不死身】のドレッド。超回復能力っつーの? そういう異能力を持ってる」
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