第14話 口説き上手

 歓迎会でメンバーの皆さんはアタシのことを褒め倒してくれた。褒めに褒めて、ちぎれるくらいには褒められた。特にユリちゃんにはベロベロに甘やかされてしまうことになり、これからの関係に何か支障をきたしかねないところまでいってしまうほどだった。


 伊達くんはと言うと……しばらくアタシたちの会話を聞きながら、コメント欄を見ていた。マウスでスクロールしていくごとにどんどんコメントが出てくるのだ。全て賞賛のコメントらしかった。


「嬉しいな……」


「えっ、何がー?」


「い、いえ! なんでもないです! 伊達くんがアタシが歌っている動画のコメントを読んでいるみたいで……それで、なんかアタシに対する賞賛のコメントを見て、嬉しくなっちゃって……。えへへ……」


「当たり前だよー。なんせうちのリーダーは君の歌声のタイプに合わせて曲を少し変えたんだからさー」


「そ、そんなことしてくれたんですか!? あ、アタシなんかのためにっ!?」


「うんうん。良ちゃんはね、どうしても君の声のいいところだけを使いたくてね、メンバー全員に『曲をちょっとだけいじるからよろぴー』って伝えてきたの。それも動画をアップロードする二日前に! 意味わかんなくない!? 早く伝えてよ、って思うでしょ!?」


「なかなか迷惑な方なんですね……。断りは入れてほしいですよね……」


「でもね、ちゃんと謝ってくれたから許してあげたよ。それも土下座でね」


 えっ……。そ、そんなしっかりした人なの……。さっきまで嫌なやつって思ってたの許してほしい。


「立派な方なんですね、良ちゃんさんは……」


「ん? いんや、土下座……謝罪したのはコガくんなんだけどね」


 違うんかい!


「リーダーさんは謝らないんですか……? なんという性格の悪さ……」


「良ちゃんは謝らないよ、絶対にね。だってコガくんが良ちゃんの専属の謝罪代理人として働いてくれてるからね」


 メチャクチャな人だなぁ、と率直に思った。すると伊達くんが『おいおい』と横から会話に入ってきた。


「リーダーはちゃんと謝ってくれますよ! この前だって僕の作った曲勝手にアレンジして、ホクホク顔で渡してきて、一言『ワリ、お前の曲勝手に編集したら神曲できちった』ですよ! ちゃんと謝ってくれたんですから!」


「謝ってる瞬間が多分それ一秒もないよ」


 凪さんの辛辣な対応に何も言えなくなった伊達くん。彼は小さく『一生静かにしとこ』と自分の負けをあっさりと認めてしまった。よわっちくて、悲しくなるほどにメンタルが豆腐のようだった。


「そ、それでですねぇ〜……! アタシの———」


 歓迎会はまた一段と盛り上がり、楽しい時間はすぐに過ぎていったのだった。



 ****



「はい! 今日はありがとうございました! こんなアタシを歓迎してくれて、本当に楽しかったです! これからもよろしくお願いします!」


「うんうん! 元気でよろしいね! それじゃあ、これからもアタシとボーカル頑張ってこーね!」


「それじゃーねマリンちゃん? なんか変だなぁ、あたしが呼ぶと。これからはマリンって呼び捨てでするから。それでよろしくー。じゃねー」


「はい! 百合ちゃんも可愛い可愛い女の子に出会えて本当に嬉しかったです! これからももっと百合ちゃんとイチャイチャしてくださいね! あ、それと! もしその隣にいるはずの男の子に愛想がつきましたら、百合ちゃんの隣はいつでも空いているので、寂しくなったら連絡してくださいね! 都合のいい女の子として———」


 途中で強制的に退出させられてしまう百合ちゃん。まだ話していたはずなのに、かわいそう……。


「百合ちゃんはいつもこういう感じの女の子だから気にしないでねー。良ちゃんがいる時もああいうテンションで喋ってるから、少しの間は大体ミュートにしちゃうの。でも一回静かにさせちゃうともう声が聞こえなくなってるんだよね」


 それ、多分ミュートじゃなくて退出させてるんじゃ……。凪さんは気づいていないかもしれないけれど、リーダーさんは多少強引な手を使って百合ちゃんを黙らせてるんだ……。


「でもまー、今日は終わりだし、いいんじゃないかなー? それじゃあねー、マリンちゃんー!」


「はい! ありがとうございました!」


 ぷつり、と通話が終了する。椅子の背もたれに体重を預けて、伸びてみた。気持ちがいい。


「楽しかったなぁ……」


 みんないい人。優しくて、みんな声が可愛い。きっとお顔も可愛いんだろうなぁ。性格もいいし、リアルでも会ってみたいなぁ。


「えへへ……」


「天井見ながら変に笑わないでよ。ちょっと不気味じゃん」


「うわぁっ!? そっか、アンタいたのね……」


「気づかなかった?」


「気配なさ過ぎ。途中忘れてた……」


「これが僕の能力、忍法影薄めの術だよ」


「何よアンタ。急におかしくなって……。どうかしたのかしら……?」


「別にどうもしてないよ。夜になってきたから元気になってるだけ」


「あっそ……」


 パソコンの画面を落として、アタシは天井を見ながら両目に手を当ててみた。疲れてる気がする。というか、今何時なの……?


「どうだった?」


「何がよ?」


「だから、凪さんとか。君憧れてるんでしょ? 尊敬してるんでしょ? 話してみてどうだった?」


「すごく、可愛くて優しくて、いい人だった。というかメンバー全員いい人たちだった!」


「へぇ〜、それってもしかして僕も……」


「アンタはっ———まあ、ここに入れてくれたのは嬉しいし、ありがたかったから、アンタもいい人……」


「そりゃ良かったよ。嫌われたくないからね」


 いや、十分嫌いにはなってるけどね。


 その気持ちと言葉は、すっと胸に仕舞い込んだのだった。

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