八二番 001



 バキィッ‼



 お昼ご飯を食べ終え、午後の緩やかな眠気に襲われ始めていた私たちは、突然の轟音によって意識を覚醒させられた。



「ニトイ! レイさんを連れて裏口から外へ!」



「おっけー!」



「わっわっ⁉」



 私が全く事態を把握できずにいると、マナカさんの指示に従ったニトイくんが私を担ぎ上げ、家の裏口へと走っていく。


 姿は元の美少年に戻っている彼が、こんなに軽々私を持ち上げるなんて……って、そこを気にしている場合じゃない。



「な、何があったの?」



「マナカの張ってた結界魔法が破られたんだ! やばいのが来てるよ!」



 ニトイくんは若干嬉しそうに口角をあげていた。この状況を楽しむ余裕があるのはさすが殺し屋と言ったところだろうか……私は全然楽しくない。


 裏口から外へ出て、彼に先導されながら森を走る。新調した丈の短いワンピースは大変動きやすいが、しかし私の体力が早々に限界を迎える。



「ちょ、ちょっと待って……」



「えー、バテるの速過ぎ……まあここまで離れれば大丈夫か」



「大丈夫って……何が?」



「マナカの魔法に巻き込まれないってこと」



 ニトイくんが言い終わると、後方から凄まじい爆発音が鳴り響く。



「あ、あれがマナカさんの魔法なの?」



「そ。まあ大分手加減して……って、まじ⁉」



 爆発の衝撃がここまで届くのと同時に――煙と共に、



「ニトイ! 八二番目ヤジが来ました!」



 吹き飛ばされた身体をすぐに立て直した彼は、ニトイくんに向けてそう叫んだ。


 瞬間、目の色が変わる。



「下がってて、レイ!」



 初めて聞くニトイくんの真剣な声色に少しドキッとした。そこまで目の色が変わるような危ない相手が来たっていうの?



「よーう、相変わらず魔法ばっか使ってんな、マナカ」



 聞いたことのない野蛮な声。


 黒い煙の向こうから姿を現したのは、赤い髪の男性――赤の頭髪を短くさっぱり纏め、胸元のはだけたワイルドな服を着て、狩人が獲物を見つけた時のような鋭い眼光をしている、筋骨隆々な謎の男。


 彼はニヤリと笑い、マナカさんとニトイくんを交互に見やる。



「ニトイも、久しぶりじゃねえか……お前らとは随分やり合ってねえな?」



「……じゃあさっさとやり合って、いい加減死になよ、ヤジ」



「はっ、お前も相変わらずクソ生意気だな。ま、安心しろよ。お前たちは、俺がきっちり処理してやるからよ」



 聞きなれない単語がいくつか登場したけれど……きっと、ヤジというのはあの男の人の名前なのだろう。二人の口振りからして、以前からの知り合い? もしかして、ナンバーズ計画に関係している人なんじゃ……。



「……なーに見てんだ、女」



 私の視線に気づいた彼は、赤い瞳で睨みを利かせてきた。



「っ……」



 ……あれ、もしかして私、震えてる?


 不死身な私が、殺されるかもしれないという恐怖を感じている?



「……あ? お前、その顔……なるほどな、九〇番目クオンの野郎にまんまと嵌められたってことか。いけ好かねえ奴だ」



 ヤジと呼ばれている男は、私の顔をまじまじと覗いてからそう口走った。



「クオンも関わっているんですか」



「そう怖い顔をすんなよ、マナカ。この隠れ家の情報を寄越したのはあいつだが、どうやらお前たちをぶっ殺すのは後回しにしろってことみたいだわ。まず片付ける仕事がある」



「……どういう意味ですか? 君が他に何をすると?」



「そこの女」



 彼は再び、私を睨みつけた。

 そして、見る者を怯えさせる暴力的な笑みを浮かべる。



。そういう依頼を請けてるんでね」



 刹那。


 ヤジさんの足元に、紅蓮の炎が広がった。



「ニトイ、レイさんを連れて逃げて!」



 あれは、マナカさんの魔法……敵の狙いがわかった瞬間、私を逃がそうと策を講じてくれたらしい。



「逃がさねえよ!」



 だが、炎に包まれたヤジさんは余裕の表情で。


 拳を――地面に叩きつけた。



「【罅割れクラック】‼」



 激しい振動の後――地面が音を立てて砕け散っていく。


 その破壊的な様を見て、私は直感した。どことなくイチさんたちに似た雰囲気を持つ彼は、ナンバーズ計画で実験体にされた子どもの一人であり。


 あの力こそ――魔法を越えた、スキルなのだと。



「危ない!」



 目の前の光景に圧倒されて動けずにいた私を、ニトイくんが突き飛ばす……直後、さっきまで棒立ちしていた地面が崩壊していった。



「ぼーっとしないでよ、レイ!」



「あ、ごめん……でも私、死なないから大丈夫だよ。自分の身は自分で……」



「そういう問題じゃない!」



 彼は叫び、全身を青白く光らせる。



「【カメレオン】!」



 光から出てきたのはマナカさんだった。その横顔に、イチさんやモモくんに変化していた時のような違和感はない。


 完全な同質同形……これが、ニトイくんのスキル。



「いくよ、マナカ!」



「ついてきてくださいね、ニトイ!」



 全く同じ姿をした二人は、右手と左手を重ね合わせる。



「【マジック】‼」



 視界が、爆散した。


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