二一番目 001



 私はイチさんやモモくんの新しい隠れ家に案内してもらうため、彼らの仲間のニトイという人と合流すべく、ロエリアの中心地まで足を運んでいた。


 自分一人でここまで来るのは初めてのことである……数カ月に一回許可されていた外出のタイミングには、必ず付き人がいたのだ。



「これにしようかな……」



 私はイチさんにもらった変装用の帽子を目深にかぶってお店に入り、モモくんに頂いたお金で新しい服を買う……楽しいショッピングという経験もしてみたいが、今は迅速に着替えを済ませないと。この真っ赤なドレスはあまりに人目を引きすぎてしまう。



「……うん、バッチリじゃない?」



 動きやすいコーディネートにしようとかなり丈の短いワンピースにしてしまったが、まあ見苦しくはないかな?


 ベースは赤色だが、胸元や袖口にあしらってある黒いフリルが何ともキュートだ。あっちにあったアクセサリーも合わせれば中々……っていけない、グズグズしてたらモモくんに怒られる。


 私は会計を済ませ、足早にお店を後にする。



「……」



 周囲に睨みを利かせながら、私は広場にある噴水近くのベンチに腰掛けた。


 モモくん曰く、私を狙う人間は今後増えていくそうなので、警戒してし足りないということはないのだろうけど……しかし疑心暗鬼になり過ぎると、街を行く人影が全て怪しく見えてしまう。



「……」



 落ち着く時間ができたので、今の状況について考えてみることにした。


 お父さんは裏社会の危ない人たちを雇って、私を探している……詳しい理由はわからないけれど、きっとお金が目当てだということは想像に難くない。今朝は考えないようにしていたけど、もしかしてどこかの研究機関に不死身の私を売り飛ばすとか?


 ……駄目だ、ネガティブになると運気まで下がってしまう。ここ数日の私は過去最高についていないのだから、せめて気持ちだけは前向きに……。



「……って、あれ?」



 気づけば。


 ベンチに座る際隣に置いていた、モモくんからもらったお金が入っている鞄が――なくなっていた。



「……」



 え、これ、もしかしなくても盗まれた? いつの間に?


 この広場は人通りが多く、傍に人が来たって違和感はない……いや、周りを警戒してたなら気づけよ、自分!



「……あっ」



 慌てて鞄の行く末を探すと、通りの向こうの人波に紛れながら、確かに先程まで私が抱えていた茶色の鞄を持った男が見えた。



「ま、待ってー!」



 私は馬鹿なのだろうか……泥棒を引き止めるために思わず大声で呼びかけてしまい、それに気づいた男は全速力で走り出してしまったのだ。



「待ってって言ってるのに……」



 待てと言われて待つ泥棒がいるわけない……私はやっぱり馬鹿なのかもしれない。


 必死に後を追いかけるも、十七年間の運動不足がたたってかどんどん引き離されていく。あの中にはまだ現金が残っているのだ、このまま盗まれてはモモくんに顔向けできない――




ビュンッ




 のろのろと走る私の横を、一陣の風が通り抜けていった。いや、それはあまりにも素早く移動している人間で、は一瞬のうちに泥棒の背に追いつき、その後頭部を掴んで地面に叩きつけた。


 私は恐る恐る、その現場に近づいていく。



「イ、イチさん……?」



 横を通り過ぎていった時は確信が持てずにいたが、その背中には確かに見覚えがあった。全身を真っ白な服に包んだ、手足が蛇のように長い線の細い銀髪の男性……紛れもなくイチさんである。



「人の物を盗むなら、もっとうまくやらないとね……はい、これ」



 彼は地面に落ちた鞄を拾い上げ、こちらに振り向いた。


 ……ん?


 違和感。



「あなた、本当にイチさんですか?」



「え、やだなぁ。俺はイチだよ」



 そう言って微笑む彼の顔は、どことなく今朝までと違っている。


 身も蓋もないことを言ってしまえば、あんまりイケメンじゃなくなっていた(おい)。


 いや、今でも充分素敵な顔立ちなのだけれど、もっとこう、言葉では言い表せない魅力がイチさんのご尊顔にはあるというか……。



「……なーんだ。そんなに疑われてちゃ騙せないや。すごいね、君」



 言って、イチさんに限りなく似ている誰かは、子どもみたいにニヤッと笑う。



「えっと……あなたは、一体……」



「僕はニトイ。ニトイだよ……。よろしくね、レイ・スカーレット」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る