復讐するとスッキリするよね 002



「……レ、レイ?」



 デニスさんは突然の来訪者の一人が私だと気づき、驚きのあまり目を見開いている。



「お前がどうしてここに……いや、それよりも……」



 そこまで口にして、ハッと手で口を押えた。


 それよりも――とでも言いたげな顔である。


 当然だ、彼にしてみれば私は既に死んだようなもの……しかし生憎、こっちは不死身なのだ。殺し屋に狙わせたくらいじゃ到底死ねない。


 そしてその殺し屋は、私の隣にいる。



「あなたがデニス・ワグナー?」



「なっ、なんだお前は! 自分たちが何をしているのかわかっているのか! 領主の家に勝手に侵入したんだぞ!」



「質問に答えてくれない人は嫌いだよ」



 イチさんは口元に怪しい笑みを浮かべ、見る者の背筋を凍らせるような冷たい瞳で、デニスさんを舐る。



「っ……レ、レイ! 早くこの不気味な男を連れて外へ出るんだ! お前たちには後日、しかるべき処罰を下してやる!」



「出ていかないよ。まだやることが終わってないんだ」



「やることだと? そんなものは知らん! いいからさっさと俺の部屋から出ていけ!」



 デニスさんは慌てつつも、毅然とした態度で私たちを追い払おうとする。そこは一応、領主のご子息たる器量が――




「だ、大丈夫? デニス?」




 暗い部屋の奥、私が五人は寝られるんじゃないかという程大きなベッドから、か細い女性の声がした。


 顔はよく見えないが、何とも可愛らしいお声で、怯えて震える様はまさに女の子といった感じである。


 もしかしなくとも――彼女が。


 デニスさんの、新しい婚約者なのだろう。



「ヘレナ! 大丈夫だ、俺が守ってやる!」



 なんだ、さっきから男らしい態度を崩さなかったのは、愛すべき方が部屋にいらっしゃったからなのね。


 私のことは、一度もこの館に招いてすらくれなかったのに。



「さあお前たち、早く出ていくんだ! レイ、いくら元婚約者といえど、容赦はしないからな!」



 さっきからあの男の人は、何を言っているんだろう。


 どうして私たちが、大人しく部屋から出ていくと思っているんだろう。


 きっと彼は、昔から自分の思い通りにならなかったことがないんだ……だから私との婚約も簡単に破棄できるし、世間体のために元婚約者に殺し屋を差し向けられるんだ。



「あちゃー、他にも人がいたんだ。どうしようレイちゃん。あっちの女の人も殺す?」



 イチさんは、まるで買う予定はなかったが気になる洋服を見つけたような気軽さで、そう言った。



「こ、殺すだと? 貴様、何ふざけたことを言っているんだ! もういい、軍の者を呼ぶ! さっさと出ていけばこうはならずに済んだものを、俺の優しさを無下にしたな!」



「今俺、レイちゃんと話してるんだけど。静かにして」



「なっ、ぐっ……」



 イチさんの放つ圧力に、デニスさんはたじろぐ。



「レイちゃん、どうする?」



 彼は再び、私に問いかけた。

 ベッドで怯えている女性を、殺すかどうか。



「……」



 名前も知らない彼女……いや、ヘレナと呼ばれていたっけ? ヘレナさんは多分、何も悪くない。


 デニスさんのことは許せないけれど、彼女はただ、恋をしているだけだ。


 だったら、その命を奪うことなんて……。



「デニス! その女は殺すから一緒になろうって言ってたのに、どうなってるのよ!」



 異様な空気に耐えかねたのだろうか、ヘレナさんが金切り声をあげた。


 ……あれ?


 「殺すから一緒になろう」って、あなたも私が狙われることを知ってたんだ。


 じゃあ、あなたも。


 



「イチさん」



「ん?」



「二人とも殺して」



 それは、とても私の口から出たとは信じ難い、酷く冷淡な声だった。



「……仰せのままに」



 イチさんの姿が消える。


 直後――デニスさんの頭部が、本来あるべき場所から床の上へと移動する。ゴトッと鈍い音を立てて落下したソレは少しだけ回転して、私と目が合った。



「き、きゃあああああああああ……ああ? ああ? ―――――あ」



 その光景を見て叫び出したはずのヘレナさんの身体は、頭頂部から胸部にかけて、バッサリと切り裂かれていた。


 一瞬の間に。


 この部屋から――二つの命が消え去った。



「よし、帰ろうか」



 いつの間にか私の隣に戻ってきたイチさんは、特にコメントを残すでもなく帰り支度を始める。


 ……そんなのは当たり前だった。考えるまでもない余計なことだった。


 彼は――ただの拳銃で。

 引き金を引いたのは――私なのだから。


 凶器は何も感じない。感じてはいけない。ただ人を傷つけ、殺し、また殺す。それだけが求められていて、それ以外は求められていない。


 だから、何かを感じなければならないのは、私なのだ。


 人を殺すという決断をして引き金を引いた私は、命を奪った彼らに対して言葉をかけるべきなのである。それがきっと、モモくんが伝えたかったことなのだ。



「……」



 私は部屋を出る前に、元婚約者と、彼が本当に愛した女性に向き直り。


 誠心誠意、今感じている気持ちを口にする。



「……ざまあみろ」



 復讐すると、存外スッキリするものだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る