第11話 謙虚かつ激しく

「ひ、飛田さん!?」

「こんにちは」

「え! もしかして飛田香耶さんですか!?」


 俺より先に驚いたのが大路さん。くわっと大きく目を見開き、ぐいっと彼女達の中間にいる俺のテーブルに身を乗り出した。


「あたし、前から飛田さんに会ってみたいと思ってました! いつも見てます、DOK。ステキですよね~。ザ・出来るオンナって感じで。知性溢れる感じで、常に理路整然。あたしもいつかこんな風になりたいなあって思っていましたっ!」

「……」

 絶賛されてる当の本人は、無言のままだ。達観した面持ちで前を向いてジョッキに口をつけた。ごくっと小さく喉が鳴る。

 大路さんは、あれ?人違いかしらと頭に?マークを浮かべて、こちらと飛田さんを交互に見やる。


 大路さん……。彼女は正真正銘、飛田香耶さんです。


 だから――なんです。


 邪魔できないわけなんです。彼女のちょい飲みタイムは。


 しかし、大路さんは諦めない。間違いなく本人だと確信したように両手を頬に当てて、おーいと呼び掛ける。


「……」

「飛田さん、聞いてますか?」

「……」

「おーい、飛田さ~ん」

「……」

「おーいおーいおーい、飛田さ~ん、ちょっと~、無視しないでくださいよ~」

 大路さんの粘りに根負けしたのか、飛田さんはこめかみをがしがしと掻いて、


「ああ、もうっ! 全部聴こえてるわよ。何よ、いったい」

「いやあ、やっぱり飛田さんじゃないですか。なんか凄い無視されたんで、本当に飛田さん? ほんとにほんとに?ってしつこく確認しちゃいました」

 飛田さんは、はあと小さくため息を吐き、じろりと俺を見た。

「あ、あの、彼女は大路祥子さんって言いまして、うちの部署に配属になった新入社員なんです」

「知ってるわよ。私、うちの社員の顔と名前、全部一致させてるから――当然だけどね」

 語尾の「ね」にドスを利かせて、ちょっとだけ怖い。そのままぐいっと俺に顔を近づける。

「そうじゃなくて、なんであなたたちここにいるのよ」

 ふわりと香る甘い香水とは真逆の鋭い剣幕にたじろぐ。今日は大路さんの歓迎会があり、その流れでいつもの場所に落ち着いたことを伝えた。

 飛田さんは「ふーん」と流し目で我々を眺めたあと、一言こういった。





「私、ひとりで飲むから邪魔しないでほしいんですけど」





 以上、終了。

 呆気にとられる大路さん。

 ちなみに、この場の配置図(カウンター席)は左から以下の通り。

 

 飛田さん➡おれ➡大路さん。


 ……まあ、突っ込むのもやぼか。


 その後、各自が好きに飲み食いして、といっても大路さんはひとりで飲みにきているわけではないので、酔いに任せてこちらのプライベートを根掘り葉掘り聞いては、「やだ~」「なにそれ~」とばしばし肩を叩いて、和やかな感じで終了した。


 会計を済ますと、先に会計を終えていた飛田さんが、店の入り口に仁王立ちしていた。

 その威風堂々とした姿に、うっと俺たちはたじろぐ。

「大路さん……」

 ぎろっとした視線に、「は、はいっ」とピンと背筋を正す大路さん。その続きを息を呑んで待つ。

 そして――飛田さんはぷるんと唇を震わせて、


「ごめんね。私、お酒飲む時は一人でやりたいからあんな感じになっちゃったけど。全っ然、なんか困った事があったら相談してね」

「は、はい……」

 あまりのギャップにいささか困惑気味な大路さん。

 わかる、わかるよ、とうんうん頷く、おれ。

 ずずいと飛田さんが大路さんに詰め寄り、

「ひとにくんも、大路さんも、みんな仲間だからね。一緒に会社を盛り上げていこうよ。大路さんもね、社会人一年目だからって遠慮しちゃだめよ。でも、目上の人にはちゃんと礼儀をもって、自分の色を押し出して、つまりね――」





 謙虚かつ激しく。





 これよ、コレ。

 とウィンクした。


 再び、春の風が吹く。


 びゅっと街を軽やかにすり抜けて、道端に散らばる桜を一気に舞い上げた。こちらの焦点は自ずと全て彼女に引き寄せられていく。

 そのにんまりとした笑み。全てを包み込むようで、厳しく諭すようで。いつかの光景がフラッシュバックする。


――あんまり、調子にのりすぎるなよ。


――一二ひとににいえば、何でもやってくれるよな。


――じゃあ、あと頼むわ。


 元から、飛田さんは別世界の住人。雲の上の存在であったが、止められない胸の鼓動とともに、ますます憧れが強くなってしまった。

 この人に近づきたい。

 何かが変わりだす、

 俺も――


 しかし、この桃色の光景をぶち壊すような出来事が起こる。


「いやあ、あの汚ねーラーメン屋、大したことなかったな」

「やっぱり、軒先が汚い店に名店なしって、その通りだよな。実は、知る人ぞ知る、みたいなことはないよな」

「よく潰れないよな。早くチェーン店になった方がいいんじゃね」

 向こうからやってきた男性二人組のすれ違い様の会話を遮るように、飛田さんの鋭い声が突き刺さる。


「ちょっと待ちなさい」


 呼び止められた男性二人組。彼らも一瞬、目をきょとんとさせながら互いに目を合わせた。


「さっきのセリフ、聞き捨てならないわね」


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