第20話

そんな噂を信じて放課後の屋上まで行ってしまうなんてどうかしているとしか思えない。



「でもダメだった」



「仮面はなかったの?」



「そうじゃなくて、そもそも屋上へ出る鍵は閉められているから、出られなかったんだよね」



心底落ち込んでいる様子で肩を落とす。



リナはそんなクラスメートを見て呆れたため息が出そうになってしまった。



屋上への鍵がかけられているなんてわかりきったことだ。



「そっか、残念だったね」



「ね、本当だよぉ」



自分はそこまでしてどんな犯罪者になりたかったの?



リナはその質問をグッと喉の奥に押し込めたのだった。


☆☆☆


「リナちゃん! 今日一緒にカラオケ行かない?」



放課後になり友人数人から誘いを受けたリナは今日が金曜日だと思い出した。



金曜日の放課後はみんな遊びたいようでよくリナに誘いをかけてくる。



リナも土曜日がイベントなどでなければ誘いに乗ることが多かった。



カラオケなら歌の練習にもなる。



そう思って誘いを受けようとしたとき、不意に今朝聞いた仮面の噂について思い出していた。



1人で放課後の屋上に向かうと、必要な人の前に仮面が落ちている。



その仮面をつけると犯罪のプロになれるという。



もしも自分が犯罪者になるとすると、なにになるだろう?



考えて、すぐに思い当たったのは妹の万引きの姿だった。



自分が万引きのプロになることができれば、もう妹にあんなことをさせなくても済む。



お金だって必要なくなる。



そう思うと途端に万引きという犯罪がとても魅力的なものに感じられてきた。



もちろん、悪いことだという認識もあるが、それ以上に家族の支えになるのではないかと思ってしまった。



「ごめん。今日はちょっと用事があるの。また今度誘ってくれる?」



リナは顔の前で両手をパンッと合わせて謝罪した。



「そっかぁ、それなら仕方ないね。また今度遊ぼうね!」



友人たちはリナに手を振り、教室を出て行く。



リナも友人たちに手を振り替えし、教室に誰もいなくなるのを待った。



そしてカバンを片手に持ち階段を上がり始める。



もうほとんどの生徒が帰宅したり部活動へ向かったようで、廊下や階段に生徒の姿は見られなかった。



自分の足音だけが聞こえてくる階段を登りきると屋上へと続く灰色のドアが見える。



どうせ鍵がかかっているはずだ。



そうわかっていながたも、どこかで期待しながらドアノブに手をかけた。



そしてそれをまわして見ると、ドアは予想に反してすんなりと開いてしまった。



リナは目を見開き、ドアノブを握り締めたままその場に立ち尽くしてしまった。



「開いちゃった……」



まさかドアが開くとは思っていなかったので混乱し、つい後方を確認したりする。



しかしそこには誰の姿もない。



リナはゴクリと唾を飲み込んで視線を戻し、屋上へと一歩踏み出した。



空は晴れ渡っていて、心地よい風が吹いている。



灰色のコンクリートとはげてきた白いフェンスに囲まれた屋上に人影はなかった。



先生や事務員さんがいるのかと思ったが、どうやらそれも違ったみたいだ。



不安を感じながら屋上を見回したとき、太陽光を跳ね返しているものがあることに気がついた。



それは眩しく輝いていて、リナを目を細めながら近づいていく。



「これ……仮面?」



近づくとそれが真っ白な仮面であることがわかった。



なんの絵も描かれていない、ただ真っ暗な穴が3つ空いているだけのものだ。



まさかこれが噂の仮面?



リナは眉間にシワを寄せ、仮面を手にとってまじまじと見つめた。



なんの変哲のない仮面だ。



これをつけて犯罪者になれるなんてきっと誰も信じないくらいにシンプルだ。



噂の仮面というのだからもっとおどろおどろしいものを想像していたリナは拍子抜けしてしまいそうだった。



とはいっても、これが本当に噂の仮面なのかどうかはわからない。



まずは使ってみないと。



そう考えたリナはなんの躊躇もなくその仮面を自分の顔に押し当てた。



仮面の表面はツルリとしていて心地よく、肌触りがいい。



肌に直接吸い付いてくるような感覚があり、リナは両手をそっと仮面から離した。



仮面は下に落下することなく、リナの顔に張り付いている。



一瞬恐怖心を感じたが、リナが仮面を外すより先に足が動いていた。



「え、なに!?」



突然動き出した自分の足に混乱する声が漏れる。



しかし、その声はリナの心の中だけで発せられたもので、実際には少しも声を出してはいなかった。

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