第30話 ……もう嫌だ
「北野後輩は可愛げはなく生意気だが大人でしっかりしているし優しい。それに気遣いが上手だ。だからあたしたちに気を使って嘘を吐くのだろう。でも本当に悩んでいるならあたしたちを頼ってほしい。あたしたちは北野後輩よりも先輩だし、みんな北野後輩のことが大好きだ。北野後輩がそんな辛そうな顔をしてたらほっとくことなんてできないさ。少しは人に甘えても良いんじゃないのか」
「……あれ、自覚なしで言ってるんだよね?」
「……きっと深い意味はないと思います」
紗那は優しく真希に語りかける。
本当に意味が分からない。
なんでここまで紗那は……いや紗那たちは真希に優しくしてくれるのだろう。
真希と紗那が出会ったのは高校に入学してからである。
つまり、まだ二週間ぐらいしか経っていない。
こんな生意気で可愛げのない後輩を相手しても紗那たちにはなんのメリットもないのに。
後ろで清美と麗奈がなにかを話していたが声が小さくて聞き取ることができなかった。
「……意味が分かりません。なんで先輩たちは私に優しくするんですか。こんな生意気で可愛げのない後輩と仲良くなってもなんのメリットもないですよ」
もし真希が紗那だったら、こんな生意気で可愛げのない後輩とは友達どころか関わりたくもない。
紗那はなぜか一瞬呆れたような表情を浮かべた後、駄々をこねる子供に言い聞かせるように言った。
「北野後輩に優しくする理由は北野後輩が好きで大切な後輩だからだよ。それ以外に理由はないさ」
いつもはウザい先輩なのに、今の紗那の言葉は物凄く真希の胸に響いた。
友達なんていらないと思っていた。
友達と言っても所詮は仲の良い赤の他人だし、うわべだけの関係で友達と言っても相手を傷つけないようにずっと気を使い続ける。
そんなに気を使い続けなければならないなら友達なんていらないし、友達がいなくても生きていくことはできる。
今まで友達がいなくて苦労したこともなかったし、一人が好きな真希は一人でも全然平気だった。
だから真希は友達は別にいらなかったし、作ろうともしなかった。
そもそもこんなひねくれた性格で、可愛げもなく、生意気な真希に誰も寄ってくることはなかった。
でも紗那はウザいぐらい真希に話しかけてきた。
最初はウザくてストレスだった。
でも最近は話しかけてくるだけだったらストレスに感じることはなくなっていた。
紗那は真希のうわべだけではなく、中身も見てくれていたのだ。
それが嬉しかった。
「……あれ」
急に目頭熱くなり液体があふれ出てきた。
意味が分からない。
だって、別に、悲しくないのに。
真希はこんなみっともない顔を見られたくなかったので紗那から顔を背け、眼鏡をはずして涙を拭いた。
真希は流れ出てくる涙を止めようとするが、堰を切ったように涙があふれる。
真希の泣いている姿を見た紗那はなにも言わず真希に近づく。
そして、真希の泣き顔を見ないようにあえて前からではなく後ろから抱き着いた。
なにも言わずに。
真希の背中に紗那を感じる。
紗那の体温の温かさや体の柔らかさはもちろん、包み込むような優しさや聖母のような温かさを感じ、さらに号泣する。
真希は初めて人の温もりと優しさを知った。
泣きじゃくる真希を紗那はなにも言わずに抱きしめ続けた。
他の二人はなにもせず、ただ真希と紗那を見守っていた。
紗那の優しさに触れた真希の心は氷のように溶け、振り向き紗那の胸にうずくまるように顔を押し付け自分の思いを吐露する。
「……私だってなにを言われても平気じゃないんです。……私だって嫌なことを言われたりされたりしたら傷つきます。……凄いストレスでした、あいつに絡まれて。……だから一人が良いのに……もう嫌だ」
「……そうか……」
今まで、人になにを言われても平気だと思っていた。
でも違った。
人の温もりを知った瞬間、他人の言葉のナイフの鋭さも知った。
泣きじゃくる真希に紗那は一言だけ肯定の言葉を吐いた。
その後、真希が泣き止むまで紗那は無言で抱きしめ続けた。
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