第22話 でも先輩と話している北野さんは楽しそうだよ

 昼休み。


 今日は教室に陽子たちがいるみたいなので、話しかけられる前に裏庭に避難した。

 外は少しずつ気温が上がり暖かくなっているが、ここは一日中日陰ということもあり涼しくて過ごしやすい。


 階段のところに腰を下ろし、一人で昼食を食べる。


 今日は紗那たちも襲来することなく、久しぶりに静かに昼食を取ることができた。

 やはり一人で過ごす時間は楽で良い。


 一人でいる最大のメリットは自分のペースを乱されることなく、自分のペースで過ごせるということだ。


 真希は自分のペースを乱されることを極端に嫌うため、誰かといるよりも一人でいる方を好むのだ。


「たまにはこんな時間も良いだろ」


 真希は後ろに手をついて空を見上げる。

 空に浮かぶ真っ白い雲がゆっくり流れていた。


 昼休みが終わるまで一人の時間を謳歌しようとしていたが、それは問屋が卸さなかった。


「あっ、北野さん」

「……牧野……」


 自分の名前が呼ばれたので、声がした方向を向くとそこには同じクラスでお節介な男の娘、牧野陽子がいた。


 陽子は真希を探していたらしく、真希を見つめると嬉しそうな顔をしながら近づいてきた。


「こんにちは北野さん。隣座っても良いかな?」

「嫌だと言ったらどうするんだ」

「うぅ……もっとお願いする」

「……分かった。別に良いよ」


 心優しい陽子に意地悪な質問をすると、物凄く困った表情を浮かべながらもっと頑張ると答えた。


 諦めるという選択肢はないらしい。


 さすがに頑張られるのも面倒だったので、真希は隣に座ることを許可した。


「ありがとう北野さん」


 陽子はなぜか嬉しそうな表情を浮かべ隣に座る。


「いつもここでお昼ご飯を食べてるの?」

「そうだけど」

「そうなんだ。北野さん一人しかいないけど一人で食べてるの?」

「そうだけど」

「そうなんだ。北野さんって一人が好きなんだね」


 なんなんだ、この生産性のない会話は。

 あまりの生産性のない会話に真希は驚きを禁じ得なかった。


 陽子の意図が全く読めない。


「そうだな。一人の方が好きだな。自分のペースでいられるし」

「へぇ~そうなんだね。私は一人は嫌かな。友達と一緒にいる方が楽しい」

「牧野はそんな感じがする」


 友達に囲まれながら談笑している陽子を見ていれば、誰だって陽子は一人よりも友達といる方が好きな人間だと分かる。


 だから陽子の周りにはたくさんの友達が集まってくるのだろう。


「そういえば桐谷はいないんだな」

「桐谷……あっ、愛理ちゃんのことね。愛理ちゃんは教室にいるよ」


 今更だが真希はいつもは腰ぎんちゃくのようにくっついている愛理がいないことに気づく。


 珍しいこともあるものだ。


「珍しいな。牧野と桐谷が一緒じゃないなんて」

「そうかな……?」

「いつも四六時中一緒にいるイメージがあった」

「確かに愛理ちゃんとは仲が良いけど、さすがに四六時中一緒にはいないよ。私と愛理ちゃんは仲の良い幼馴染だけどお互いのプライベートだってあるし」


 言われてみれば確かにいくら仲の良い幼馴染とはいえ、お互いにプライベートがあるのは当たり前だ。


 友達がいない真希はすっかりその部分を失念していた。


「それに北野さんだって、先輩たちと仲が良いけどずっと一緒にいないでしょ。それと同じだよ」

「別に仲良くはない。ただあっちが話しかけてくるだけだ。私は一人の方が好きなのに」

「でも先輩と話している北野さんは楽しそうだよ」

「それはない。牧野の見間違いだ」


 陽子からすると、真希は楽しそうに紗那たちと話しているように見えるらしい。


 それは陽子の見間違いである。


 ただ話しかけられるからそれに答えているだけである。


 それ以上でもそれ以下でもない。


「……そうかな……」


 しかし陽子はその真希の答えに納得していないらしく、一人唸っている。


「むしろ、鈴木先輩はウザいし、沢田先輩は馬鹿だし話していると疲れる」

「あはは……」


 紗那と清美の愚痴を言うと珍しく陽子は苦笑いを浮かべる。

 紗那はウザくて疲れるし、清美は馬鹿だから疲れる。


 麗奈は真面目で大人しいから疲れないかと言われればそうでもなくて、静かな圧があるせいで二人とはまた違う疲れがある。

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