Chapter3-4 交流

「頭うってないか?」

「……ああ」

「じゃあ大丈夫だな」

 殺気をまるで感じない。男勝りな口調だが、右目は燃える炎のように真紅の瞳をして、左目には黒い眼帯をしている。顔立ちは童顔で、可愛い感じだ。だが日本人ではない雰囲気を醸し出している。ヨーロッパやアメリカっぽい。


 そして、この眼帯には見覚えがあるような気がする。鷲か? 鳥が足で錨を掴んだマークだ。思い出せない……気のせいか。

 服装は恵と同じような、魔法少女、と言うべき見た目をしている。

 刹那、大鎌を持った恵が距離を詰めた。彼女の首を狙っているのか。迸る殺意が、鳥肌を立たせる。


「待て! 恵!」

 彼女の首元を大鎌が刈り取ろうとした瞬間だった、寸分の狂いもなく静止した。

 赤い髪が、風圧に揺れる。おれも、両手で顔をかばった。


「晴翔を傷つけていないわね」

「子供をいたぶるのは嫌いでね」

 両手を挙げた。その手には何もない。

「わかったわ」


 恵の握った大鎌は光の粒子となって消えた。そして、スーツ姿に戻った。

「あなた名前は? 私は恵、籠原恵」

「スカーレット。それがオレの名前だ」

 そう名乗ると、彼女を赤い光が包み、魔法術士の姿からジーパンとデニムジャケット、下にはパーカーでナイキのエアマックスを履いたラフな姿になった。


「お前の名前は?」

「陽羽里、晴翔」

「ハルトか。いい名前だ」

 ニっと笑って、手を指し伸ばしてきた。おれは改めてその手を握り返した。さっきと同じで、とても暖かい。まるでホッカイロを握っているような感じだ。


「スカーレット。あなたの目的と所属は?」

「目的はラグナロクの破壊だ」

「ラグナロクってんなんだ?」

 おれも関係者だ。疑問を投げかけた。


「それがオレも詳細は知らないんだ。前任者が引き継ぎの途中で本国に帰っちまってな」

「……じゃあ、あなたはその破壊の命令以外は何も知らないのかしら。それにどうやって私たちの元に?」

「残念ながら、ラグナロクがどう言う存在なのかよくは知らない。だがオレはラグナロクの反応を探知機が動いたからやってきた」

「探知機?」

 おれに続いて恵も訊いた。


「これだ」

 古びた方位磁針のような見た目で、針が方角を指している。しかし北ではなく、車の方を向いている。

「昨日のことだった。この針が強く西に動いているんでな。追いかけてきた」

「追いかけてきたって、どうやって」


 東京から出て行く交通網は軒並み大幅なペースダウンを強いられている。仮にバイクなどを飛ばしてきても、一晩でここまで間に合うのか。

 スカーレットの回答は、おれの考えを打ち砕くものだった。

「走ってきた」

「は?」

「東京から、こいつの向く方向に沿って走ってきた。魔法術を使えばこれくらい簡単だぜ。まあ正確には炎を使ってな。中央アルプスは速攻で踏破したぜ」

 おれと恵は唖然としてしまった。


「恵、でいいか? お前さんも多分軍人だろ。それくらいしないか?」

 恵は静かに首を横に振った。

「スカーレット、あなたはアメリカの命令でここにいると言うことね」

「ラグナロクの破壊は、合衆国がオレに与えた使命だ……だが、そっちの事情もラグナロクの真相も知らない。それが兵器なのかなんなのかも。ただ、GHQが日本に来てから、オレの役割はあったと聞いている」

「そんなに昔からあるのか」

「ああ、ずっとオレみたい火炎の魔法術士が担当しているんだよ。なんでだろうな」


「ところで、あなたはどこから来たの? 横田も横須賀も動きはなかったけど」

「赤坂だ」

「……赤坂ってなんだ?」

「知らないのか晴翔? アメリカ大使館だ。オレはそこの職員で、ラグナロク破壊も兼任しているってことだ」

「……さっきあなた、元ネイビーシールズって」

「ご覧の通り目をやってしまって退官したんだが、上官が赤坂でラグナロクのウォッチャーに斡旋してくれたんだ」


「そんなこと喋っても大丈夫なのかよ」

「あんたたちはどう見ても関係者だから、別にいいだろ。それに侍は互いに名乗るだろ」

「それは知らないけど」


「ところで、オレのことは話したんだ。あんたたちのことも聞かせてくれよ」

「……あなたが敵対しないと約束するならいいわ」

「待て、こいつは恵を攻撃したんだぞ!」

 おれはスカーレットと恵の間に入って静止した。


「あれは私も力で対応したから仕方のないことよ。晴翔、今は少しでも協力者が多い方がいい。私たち以外は全て敵と考えるべきよ」

「……わかった。恵がそう言うなら」

 おれは、それ以上反抗しなかった。きっと感情的に動けば、ダメなんだ。使えるものは使う。そう言うことなんだな。


「……いいだろう。約束する。オレも七十二年間なぜこのポストがあったのか、ラグナロクの真実を知りたい。協力するよ」

 そうして、おれたちはここに至った経緯を説明した。官僚の親父が死んだこと、それが陰謀の可能性があり、本を持ち出したおれが襲われていることを。

「オレの探知機はその本を指しているみたいだな」

 スカーレットの手のひらで、針はおれが持っている本と恵が持ち出した本の方を交互に向いている。


「じゃあ、これがラグナロクっていうのか」

「……だとしてもアルバムと、漢字だらけの本を合衆国が警戒するとも思えねえ。国家の安全保障に関わるシロモノでもねえしな」

「でも、その探知機はこれに反応しているわ」

「……まだまだわかんねえけど、オレたちの利害は一致していることはわかった。真実を知りたい、って点だな」


 スカーレットはおれと恵の顔を見て続けた。

「おいおい、仲良くしようぜ。お得意の日米同盟じゃないか。ほら、ロン・ヤスとか、おたくの小泉さんとジョージ・ブッシュみたいなもんだろ」

 恵は、フッと鼻で笑った。

「ロン、ヤス?」

「ロナルド・レーガンと中曽根康弘だよ! 知らないか?」

「誰なんだ?」

「元大統領と元総理大臣だよ」

「は、はあ……おれ、社会は苦手なんだ」

「おいおい、しっかり覚えておきな」


 スカーレットがハハハっと笑っていると、恵が口を開いた。

「それはそうとして、あなたがボンネットに乗っかってくれたおかげで凹んでいるわ。レンタカーなのよ、これ」

「……すまん、悪いことをした。弁償するから許してくれ」

「まあ、保険に加入しているからいいけど」

 ふと、恵の表情が柔らかくなっているような気がした。ずっと、緊張感を持って、張り詰めた弦が、緩んだ感じだった。


「じゃあ、先を急ぐわ」

「どこに?」

「出雲大社よ」

「観光かよ」

「まあそんなところね」

 後部座席にスカーレットを乗せて車は進み出した。先ほど激しく魔法術が使われたが、のどかな景色は変わらなかった。

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