Chapter2-5 過去
黙り込むおれを見たねかのか、恵が「弁当、食べる?」と聞いてきた。おれの腹の虫は素直で、ぐうう、と答えた。少し、恥ずかしい。
おれは頷くと、「新幹線じゃないけど」と弁当箱を差し出された。
東海道新幹線弁当と書かれ、新幹線の車窓から見える富士山のパッケージをしている。
「売店にこれしかなかったの」
早速、封を解くと蓋の裏側に《関東 深川めし・穴子蒲焼》《東海 黒はんぺん・海老フライ・みそかつ》《関西 芋・蛸・南瓜の炊き合わせ》と書いてあり、東京から大阪までの地図と新幹線のラインが引かれている。
なるど、それぞれの名物を一つにまとめたんだな。恵の方に目をやると同じ弁当をつついていた。
おれも同封の割り箸を割って、弁当に伸ばした。まずはご飯から。半分は深川めしが俵おにぎりになって三つ並んでいる。まずはこいつからだ。一口噛むと、出汁とアサリの風味が広がる。冷えてはいるが、濃いめの味付けがそれを忘れさせてくれる。
東京に住んではいるが、深川めしなんて日常的に食べることはないので、結構新鮮だ。お隣には穴子蒲焼が乗った、白米の俵おにぎりが二つ並んでいる、このサイズもありがたい。一口で食べれるし、他のおかずも一緒に食べられる。あとは昆布と卵焼きが一切れ、たくあんが少しだ。
穴子蒲焼は甘めのタレに漬け込まれつつも、鰻とは違う穴子の食べやすい味がしっかりとしている。何より驚いたのは、冷えているのにふっくらしていることだ。食感がよく、噛むごとに甘みが楽しめる。
黒はんぺんは不思議な感じがする。おれは青魚が苦手だが、これは意外といける。青魚の味を感じる、拒否反応はない。
みそかつは一口サイズで、パッと見ではソースがかかったコロッケに見える。だが、しっかりとトンカツの味がして、何よりみそが彩りを加える。食卓に並ぶ中濃ソースとは違う味わいで、甘みがあるが、ご飯もしっかりあう。
間に昆布やたくあんをつつくとご飯が進む。
しまった、ペース配分を間違えた。もうご飯を食べ尽くしてしまった。あとは炊き合わせだけだ。しっかり炊いてあり、一口噛めば出汁がじゅわあ、と溢れ出す。他が濃いめだったが、これは控えめで素朴な味わいだ。最後にこれは嬉しい。
あっという間に完食してしまった。
「ごちそうさまでした」
おれは手を合わせて、「これに入れといて」とポリ袋を差し出され、そのまま入れて口を縛った。
ペットボトルの水を飲み、一息ついた。少し落ち着く。
車内アナウンスが横浜を出ることを告げて少し、多分藤沢とか平塚を出たあたりだ。
「出雲に着いたらどうするんだよ」
「わからない」
「えぇ……」
「出雲のどこなのか、室長は言っていなかったわ」
「おれも全然知らないからな。……とりあえず出雲大社に行くってのはどうだ」
「わかったわ」
おれは出雲に関して調べようと、スマホを手に取った。しかし電源ボタンを押しても反応はない。ああ、そうだった、充電は切れていた。
「なあ、充電器ってないか?」
「残念ながら持ち合わせは無いわ。それに、携帯電話は使わない方がいい」
「どうして?」
「通信をすると、どの基地局から使ったかが回線会社ではすぐわかるから、足が付くわ」
「VPNを使ってもか?」
「簡単に」
「……わかったよ」
おれは渋々スマホをしまった。
「ところで道とかわかるのか?」
「日本の地図は全部覚えているわ。だから見なくてもわかる」
「すごいな。それも訓練とやらで覚えるのか?」
「……室長が私に、取り柄があった方が良いって言うから、施設の本とか資料とかを全部読んで、それで覚えたの」
「親父のアドバイスか……いいな、おれには何もしてくれなかった」
おれはベッドの上で三角座りをして、恵の方を見た。
「親父は、昔は優しかった。休日は遊んでくれた。でも、十三の頃だ、母さんは死んだ。心臓の病気だった」
ガタン、ゴトン、線路のジョイント音が増えていく。
「それからおれは親父と二人暮らしだった。でも会話はどんどん減っていった。おれが高校受験に受かって少しの頃だった。一人で暮らせと。訳も聞かせてくれずに」
「その時って、二年前?」
「ああ、二月に聞かされて、四月には親父が用意したって言う今のマンションに」
「……その頃、確か室長は対中露関係でモスクワに」
「親父がモスクワに? 何を」
言われてみれば、おれが一人暮らしを初めて間もない頃、しばらく親父に連絡がつかない事があった。丁度、その時に日本を離れていたのかな。
「大使館で詳しくは私も……ただ、あそこの大使館に出入りすると、職員の家族は監視される、と聞いたことがあるわ」
恵は、そのまま続けた。
「……外務省からだけど、海外の大使館勤務で家族と距離をとることがある、と聞いたことがあるわ」
ずっと、あの日の意味を考えていた。何も言わずおれを遠ざけたのは、母さんがいなくなって、おれが目障りになったのか、愛想を尽かしたのか、ずっと答えを探していた。
直接会った時に聞いた時は、「今はこうするしか無い」としか言ってくれなかった。
「……じゃあ、親父はおれをロシアから守るために遠ざけたのかよ」
「そうかもしれないわ」
あの日冷たく豹変した親父は、おれのためを考えて取った取り繕った姿だったのか。
国を超えたものからおれに干渉しさせないため、父を辞めて国のために戦う一人の男になったと言うことか。
「だったらそうと、言って欲しかった……」
「言いたくてもできなかったのよ……家族であっても」
「じゃあ、なんで恵はおれには色々教えてくれるんだ? 全部言って構わないものなのか?」
「いいえ。私は間違いなく処分されるわ。いくら室長の息子と言えど、治安維持部隊の存在を漏らしてしまったからには。それに晴翔も私もすでに狙われているわ」
たいして驚きはなかった、楯山がおれの前に現れた時点で薄々わかっていたのかもしれない。
「じゃあおれたちは根無し草だな。もしこの件が終わったらどうなるんだ?」
「……私は退官するつもりでいるわ。室長を殺した連中の下では、もう私はあそこにはいられない。まあ、もっとも生きているとは限らないけど」
「まさかおれも殺されるのか?」
「晴翔は、必ず私が護るわ」
恵の眼は信念を貫くように、まっすぐおれに向かって言った。
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