天神様と政治を語る ~田原総一朗は無双論客(チートキャラ)を薙ぎ倒す~

みなもと十華@書籍化決定

第1話 田原総一郎は無双論客と討論する

 僕の名は田原総一朗。

 タブーと戦うジャーナリストにして評論家だ。

 そして、菅原道真すがわらのみちざねの霊に憑りつかれし者。


 今日も政治番組に出演し、無双論客チートキャラ達と討論バトルする。最近では『そろそろ高齢だから引退したらどうか』などと失礼な事を言う輩が多いが、まだまだ僕は引退するつもりはない。やり残した事があるのだ。


『おぬしも難儀な性格じゃのう』

 背後から和服を着た老人が浮かび上がる。


「またアンタか。僕は諦めない。まだまだ若造には任せておけないからな」


『実に興味深い。ワシが人の形を捨ててから、もう千百二十年にもなるというのに、いつの世も人の愚かしさは変わらぬのう。初春の令月れいげつにして、気淑よく風和ぎ、梅は鏡前きょうぜんの粉を披き、蘭は珮後はいごの香を薫すと言うのに』


 千年以上経った元号にかけて万葉集ネタを披露する道真。

 最近のネタにも精通していた。



 菅原道真すがわらのみちざね

 平安時代の政治家・太政大臣である。


 宇多天皇や醍醐天皇に仕え出世したが、政争に敗れて大宰府に左遷させんされ、京から遥遠い場所で無念の死を遂げる。


 死後、怨霊となりて京の都に雷の雨を降らし、恐れおののいた朝廷は道真を北野の地に神として手厚く祀り、冠位であり神階の最高位でもある正一位しょういちいと太政大臣の位を贈る。現代では学問の神『天神』として有名で、知らぬ者もおらぬくらい人気ポピュラーな神様だ。



「さて、そろそろ出番だ」


『お手並み拝見といこうかの』

 道真の霊は後ろを付いて行く。


 ――――――――




 ジャンジャジャンタッタラー!

 

「プリミラTV! 昨今の時事問題と政治問題を斬るスペシャル!」

 ノリの良い音楽と、上品なハーフアップにしたヘアスタイルの女子アナの声で番組が始まる。



「各方面から御叱りとクレームの嵐も何のその! 戦うジャーナリスト田原総一朗が、並み居る最強論客をバッタバッタと薙ぎ倒す。失言連発で問題起こしても当局は一切関知致しません。御自身で謝罪会見お願いします。それでは、今日も最強の論客を集めております」


 居並ぶ論客がアップになる。


「先ずは、自由国民党幹事長、山海太郎さんかいたろうさん」


「よろしくお願いします」

 如何にも気難しく老練な風体の政治家が挨拶する。



「世界花畑党代表、薔薇屋敷薄木子ばらやしきすすきこさん」


「よろしくおねがいしまーす」

 笑顔の中年女性が挨拶する。



「漫画家でミリタリー愛好家、毒島辰之進ぶすじまたつのしんさん」


「うむ、皆の者、くるしゅうない」

 ちょっと風変わりな男が、時代劇風に挨拶する。



「ネットクリエイトファンタジスタにして実業家、若者に絶大な人気、網谷あみやユウキ焼肉レモンさん」


「ちーっす!」

 お気楽そうな若者が変な掛け声を出す。



「元セクシー女優でボディルダー。今日も上腕二頭筋がキレてるねっ! 小日向崎こひなたざきクリスティーナ薫子かおるこさん」


「どうもぉ~よろしくね」

 長身でスタイル抜群の女性がカメラ目線でウインクする。



「自称一発屋芸人にしてコラムニスト。不倫問題で干された、ダイナマイト一発ゴーゴーさん」


「いくぜっ、一発、ゴーゴー!」

 勢いよく持ちネタを披露するが、誰も反応してくれず静かに座る元芸人でウィーチューバの男。



「そして、司会は戦うジャーナリスト、田原総一朗だぁぁぁぁーっ!」


 ドドドドォォォォーン!

 音とドライアイスの煙による演出で登場する。


 ツカッ、ツカッ、ツカッ――


 僕はスタジオを闊歩かっぽする。

 今日の論客も強者つわもの揃いだ。

 だが、負けてはいられない!

 この閉塞感漂う停滞した日本の空気に風穴を開けるのだ!


「いいか! 今日は言わせてもらう。バブル崩壊以来、失われた三十年と呼ばれる停滞した日本。近年の国際競争力の低下は目に余るものがある。平成元年に企業時価総額ランキングで日本企業はトップを独占していたんだ。それなのに今は一つも入っていない。これは一体どういう事なんだ!」


ジャジャジャン!

「最初の議論は、これからの日本の経済政策!」

 女子アナがフリップを出す。



「山海さん、あんたに聞きたい! 政府の重鎮としてこれまでやってきた責任があるだろ」


 先ずは山海幹事長だ。

 このハッキリしない男を追求する。


「ええぇ……私が思うところでございますがぁ……んん……そのぉ……経済というものは……ええっ……水物のようなものでありまして……非常に移り変わりやすい面もありましてからに……ええぇ……であるからにして……なきにしもあらず……とあるやもしれず……ええ……んん……遺憾に思う次第であります」


 何を言っているんだ!

 さっぱり分からないぞ!

 くそっ!

 これが老練な戦術か!


「山海さん、あんたの話はよく分からないんだよ! もっと端的に述べてくれ」


「であるからして、プライマリーバランスが……昨今の猛威を振るうウイルスで巨額の財政出動もあり……誠に遺憾ながら財政黒字化も断念させざるを余儀なくされ……」


「ダメだダメだ!」


 こんな体たらくだから失われた三十年なんだ!

 もっと、ドカンと新しい改革が出来る政治家はいないのか!



「そりゃ国民が変えたがらないんだから無理っしょ」

 網谷ユウキ焼肉レモンが口を挟む。


「キミ、ユウキ君だったか。意見を聞かせてくれ」

「焼肉レモンまでが名前っすよ」


 どっちでもいいわ!


「いや、だって、社会システムを変えるには痛みが必要っすよね? 電子化するって言っても、老人は未だに文書に電話でハンコ打ってるんすから。やれパソコンが使えないだのスマホは難しいだの言って無理に決まってるじゃないっすか。ついでにIT担当大臣がパソコン使えない老人なんですから」


「そうだ! それでどうするんだ?」


「だから山海さんみたいな老人を全員クビにしちゃって、政治家を全部若者にしちゃえば良いっすよ」


「何だとキミは失敬な!」

 のらりくらり答弁していた山海が、突然饒舌じょうぜつになって怒り出す。


「ついでに田原さんも一緒に引退しちゃうとか」

 続けざまに網谷ユウキ焼肉レモンが言った。


「何を言ってるんだ!」


 しまった、僕とした事が……

 挑発に乗ってしまうとは。

 しかし、彼の発言には一理ある。

 改革には痛みが伴うのだから。

 こんな体たらくなのは野党がだらしがないからだ!



「薔薇屋敷さん、あんたも野党第一党として責任があるだろ!」


「わたしわぁ、自衛隊を廃止してぇ、防衛費六兆円を無くしちゃえば良いと思いま~す」

 薔薇屋敷薄木子はのんびりとした口調で話す。


「それじゃあ他国から攻め込まれたらどうするんだ! この世界情勢が混迷を深めている時に!」


「攻め込まれちゃえば良いじゃないですかぁ。顔を殴られたら、お尻を差し出せば良いんですよぉ。アッー!」


「ふざけるな! 何を言ってるんだ! 日本の政治は、こんなので大丈夫なのか!」


 ダメだ……

 また挑発に乗ってしまった。

 こいつら曲者揃いだ。

 どいつもこいつも無双論客チートキャラだ!

 本気で言ってるのか冗談なのか分からないが、どいつもこいつも曲者ぞろいだ!


『ほっほっほっ、実に愉快な連中じゃのぉ』


 後ろの道真が話しかけてきた。

 もちろん、霊に取り憑かれている僕にしか聞こえない。


『平安の世も政治は乱れておったが、令和になっても変わらぬものよ。ほっほっほっ』



「自衛隊廃止とかアホかぁぁぁぁ!」

 突然、毒島辰之進が立ち上がり怒りだす。


「憲法改正、自衛隊を国防軍に、核武装! 全弾命中で撃ちてし止まん、この双肩に全国民の輿望よぼうを受け、太陽燦燦輝きて、若人は謳い集え力の限り!」


「おい! 誰かこいつを止めろ!」


 何だこいつは!

 誰が呼んだんだ。

 核兵器全弾撃ったら地球滅亡だろ!

 けしからん!



「もうっ、みんな極端すぎぃ~落ち着いてっ!」

 実は一番まともそうな小日向崎クリスティーナ薫子が口を開く。


「薄木子ちゃん、自衛隊を無くしちゃったら防衛力が働かなくなって周辺地域の軍事バランスが崩れて逆に危険になるのよ。それに災害救助はどうするの。辰之進ちゃん、その炎上芸はいらないから」


 長身美人セクシー女優に炎上芸と切って捨てられ、毒島辰之進がヘコんで大人しくなる。

「う、うむ、であるな」



 そんなこんなで番組は問題発言連発で進行し、何も結論が出ないまま終了する。

 今日もクレームの嵐だ。

 結局、僕の願う構造改革も政治の刷新の展望も見えず、暗澹あんたんたる思いだけが募る結果だ。



「あの、ボクが発言してないんですが……」

 ダイナマイト一発ゴーゴーが呟く。


「あっ、一発さんはカットで」

 ディレクターの無情な一声が飛んだ。




 番組が終了し、僕は楽屋へと歩く。

 今日の論客も厄介な奴らだった。


 ガチャ!

 楽屋に入り固いパイプ椅子に座ると、道真の霊が正面に回った。


「まったく、与党もダメだが、野党も更にあんな体たらくで日本は大丈夫なのか。何でも反対してれば良いってもんじゃないんだ。経済についても、どんどん対案を出して経済プランや成長戦略を示して行かなければ国民は支持しないぞ」


『議員の質が悪いのは仕方なかろう。それが民主主義というものじゃな』

 道真が返答する。


「そんな事は分かってる。有権者が選挙で政治家を選んでいるのだからな」


『うむ、優秀な者だけを政治家にしたいのなら、選挙などやめて科挙かきょのような試験でもやってエリートだけを集め官僚政治にすれば良い』


「独裁国家じゃあるまい、無理に決まってるだろ。でも、人は見たいモノだけを見て、信じたいモノだけを信じる。どんなに間違った政策でも、多くの国民が望むのならやらざるを得ない。正しい方向だと思っても、国民が反対するのなら出来ない。まさにポピュリズム政治! 大衆迎合、衆愚、扇動の極めつけだ!」


『そう考えると独裁国家の変革のスピードが羨ましかろう』


「それでも民主主義なんだ。僕は戦争を経験しているからな。例え意見が違う人であっても徹底的に討論する。それが大事なんだ」


『人の世なぞ、常に争いの歴史よ。失敗を繰り返し時を重ねる』


「僕はまだアンタみたいに人生を達観できないのでな。あと千年くらいしたらなれるのか?」


『さあ、ワシにも分からぬわ』


「さて、本番後のラーメンでも食いに行くか」


 僕は楽屋を出て、いつものお気に入りの店に向かう。

 世界は未だボロボロで明日への光も見通せず混迷の時代が続くけど、今この時くらいはラーメンでも食べてゆっくりしたいものだ。


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