10 Moe
いつも行き場なくゆったりと
久しぶりの歌舞伎町。慣れ親しんだ映画館脇の路地まであと数歩という場所。タクヤと並んで立つわたしの目の前には、
「マサヤ・・・ここじゃ、エルメスだっけか。ヤツを呼んでくれ」
厳ついガタイの男。見覚えがある。
確か、リョウとか言う、マーキュリーの幹部。
普段、物腰は柔らかい感じだけど、この辺りで起こるこの手の揉め事にはいつも、見かけてた記憶がある。つまり、暴れることに相当自信があるんだろう。
いつもならわたしは、そもそもこんな騒ぎを起こすようなことはしなかったし、例え巻き込まれても、足が竦むだけだった。今日は違う。
ホントの本音の部分では、この二人に頼ってしまっているこの状況に、抵抗感がないわけじゃない。歳が近そうとはいえ、忌み嫌っていたオトナの力に縋ってしまっているんだ。でも、タクヤが言うように、こっちだって形振りかまってられない。
拉致られたシンイチロウ。
目の前にいるミユもそうだけど、マーキュリーの連中の怪しいさに気づけず、飼い慣らされていく仲間たち。
壊されていく、映画館脇に築き上げたわたしたちだけの世界。
抗わなきゃ、帰る場所が消える。もう、猶予はない。
『いいね、そういう無謀なヤツ、嫌いじゃないわ』
池袋に乗り込んだ昨日、わたしは衝動に駆られるままに、
無謀なヤツ。
今になって思えば
相手は、北池袋の中国人。その界隈の中国人がまともじゃないことを知らなかった訳じゃない。あんなふうに楯突けば、どんな代償を払わされたとしても、何も文句は言えない。そういう人種なんだから。
ましてやわたしは、非力で貧弱で、何の後ろ楯もない未成年のガキだ。わたしの存在を“無かったこと”にするのなんて、彼らからしてみれば鬱陶しく飛び回る蚊を掌で潰すくらい造作もなく、些細で気にかける価値すらないことだったろうし、仮にわたしが居なくなったとしても、兄の死で壊れてしまった両親が、わたしの不在を気にかけることなんて、これっぽっちもなかっただろう。
冷静になって思い返せば返すほど、自分がやらかしたことの無謀さに、鳥肌が立つ。でもわたしはわたしを止められなかった。何がわたしをそうさせたのか、今でも判らない。無事にすんだのは、多分、奇跡だ。
そう。
運が良かったんだ。
その後、
『で、ゴールは何なんだ?』
『マサヤを歌舞伎町から追い出す』
タクヤは
『どうやって?』
それに構わず、
『カタチはなんだっていい』
『殺してでも?』
―――殺してでも?
さすがにわたしは、その言葉にリアリティを感じらず、すんなりと飲み込めなかった。
殺す? ホンキで言ってる?
でも、あり得るかもしれない。この中国人たちなら。
そんな、わたしにとってはリアリティのない
『その意味、わかってんのか?』
『わかってる』
短く、きっぱり、タクヤは言いきった。
『わかった。手伝ってやる』
『マサヤのバックに着いてる連中が誰か、判ってるのか?』
その場を立つ
『一翁会』
『まあ、そうなるよな』溜め息混じりに言って、
顔を天井に向けたまま、
それを見届けた
『皮肉だな。あの時お前が今みたいに、あの場所にちゃんと愛着を持ってくれてたら、色々違ってたのかもな』
あの場所、がどんな場所かなんて、わたしは知らない。
けど、あの場所、という言葉に、ふっと暖かな熱が籠った、そんな気がして、それが何故か、胸につっかえた。
―――まずは俺たちがタクヤに着いたことを知らしめる。まあ、宣戦布告ってヤツだ。
その
「呼ぶ必要ないな。用があるなら俺が聞いとく。揉めるつもりなら容赦しない」
不敵に笑みながらも冷静に淡々と、傲るような素振りもなく、次の瞬間に何が起きても対処できるように少し身構えて、リョウは
「随分と好戦的じゃねえか。いいね、そういうの。判りやすくて」
「俺らの要求はあんたなんかにどうこうできる話じゃない。いいから呼んでこいよ」
「嫌だと言ったら?」
「勝手に探す。どうせその先の広場にいるんだろう?」
「ここを通さない、と言ったら?」
折れないリョウに、
「残念だけど、あんたが思ってるほど俺とあんたは対等じゃないんだ、いろんな意味で」
その距離のままで、
対等じゃない。いろんな意味で。
その言葉がこの状況の全てを、物語っているように思えた。
「何やってんだ、リョウ」
不意にリョウの背後から飛んだ声に、リョウは呪縛から解き放たれたようにびくんと後ろへ飛び退き、そのままの勢いで慌てるように振り向いた。
声のした方向から、いつのまにかわたしたちを取り囲むようにしてできていた人垣を割って、一人の男が歩み寄ってきた。
その男の風貌の異質さに、わたしは思わず口の中にねっとりと溜まった唾を無意識に飲み込んだ。
まず目についたのは、頭の後ろできっちりと束ねられた、
「こーゆー往来であんま派手に揉めんなっつたろ」
言って男はリュウの頭を小突く。ただ小突かれただけなのに、リュウは大袈裟に恐縮して見せた。大袈裟だったが、その気持ちも判る。判るくらい如実に、あからさまに、男の背負った雰囲気は“暴”の匂いを立ち昇らせていた。思わず、鳥肌が立つくらいに。
男はそのまま
「兄ちゃん、今日のところは引いてくんないかな。こんな場所でここまで派手に立ち回られるとさ、ポリ来ちゃうのよ。ほら、俺、ヤクザだからさ、今のご時世、あんま目立てないじゃん? 頼むわ」
その男の言葉の語尾に被せるように、少し遠くから、ピーっという甲高い音が鳴り響いた。警官の持つホイッスルの音だ。それを聞いて、男はほらね、と身ぶりだけで伝えると、行くぞ、とリョウの肩を強引に抱いて、人混みを掻き分けながら消えていった。
あの男とは、関わっちゃいけない。
わたしの本能が、わたしの耳のずっと奥の方で、わたしにそう訴えかけた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます