第79話 Day1④強すぎる雨
食材を準備し終え持っていくと、炭までついた火がじんわりと温かい色を放っていた。
「おそーい。もうお腹空いて死にそう」
「おい、千佳。お前の邪魔なネイルを引き剥がしてやろうか」
「あははっ。ごめんごめん」
千佳ちゃんと葵ちゃんは料理をするには少し、指の飾り付けがされ過ぎていたのでこちらの方にずっといてもらった。
様子を見るに、火おこしは男の子達がやっていたようだし、暇だったのだろう。
「まぁ、いいや。それより、お腹もすいたし食べようか」
「よっしゃっ!」「やったっ!」
その言葉を皮切りに男の子達が網の上にどんどんお肉を置いていく。
若干、重なってしまったままの部分は少し気になるけれど、触れ合いそうなほどの距離に近づくことには強い抵抗があるので、そのまま様子を眺め続ける。
「うわっ、めっちゃ美味い。こんなんいくらでも食べれるわ」
「ほんとそれな。絶対肉足りないやつ」
「あははっ、雄哉くん達すごいがっついてる」
「「俺達肉食系男子だから」」
「「あはははっ、めっちゃハモってる」 」
楽し気に笑うみんなの輪に混ざりながらちらりと視線を向けると、焦げそうなもの、並べ方が悪いものにさり気なく、お兄さんが手を入れているのが見えた。
そして、私の視線に気づいたのか振り向いた彼と目が合うと、少しだけ驚いた顔をした後、彼は優し気にこちらに笑みを向けてきた。
「遠慮せず、どんどん食べてね」(本当に、大人びたというか。気の利く子だな)
「あっはい。どうも」
穏やかな雰囲気が、なんとなく大人というものを感じさせる。
歳を経たからといって、全ての人がこうなるわけではないと知っているから、余計に。
それこそ、学校の先生でもそうなれていない人すらいるのに。
「あーそうだ。串も用意してあるから、刺したいなら使ってね」
「あっ、いいじゃん。可愛いやつ作ろうよ」
「いいねっ!映えるやつ作りたいよね。透ちゃんもやるでしょ?」
「あ、うん…………でも」
向けられた声に無意識に返事をするも、本当にこのままこの人に任せっぱなしでいいのかと気になる。
私達ばかりに食べさせて、自分は焦げかけたものや、皿に乗せ肉の管理をしているうちに冷めてしまったもの、そんなものしか食べられていないようにも思えたから。
「はは、いい写真撮れたらちょうだいね。女子受け狙ってアプリのトップ画にするし」(気を使い過ぎる子なのかな。悪いことじゃないとは思うけど、そんなんじゃ楽しめないしな)
その内面や、行動に反して出される子供っぽい言動に、こちらが接しやすいようにしてくれているのが何となくわかる。
「お兄ちゃん、ホントないわー。そういうこと女子高生に言っちゃうとことかキモすぎ」
「うるせぇ。俺は、彼女欲しいんだよ」
「あははっ。お兄さん、彼女いないんですか?モテそうなのに」
「世間では、モテそう詐欺で通ってます」
「「あはははっ」」
本当に、良い人だと思う。
それに、視野の広さや気配り。穏やかながらも自信あり気で頼りがいを感じる。
「まぁ、みんな楽しんでね。俺のことはあんま気にせずにいいし」
「わかった。虫くらいに考えとく」
「おい。お前はもっと兄を敬え」
「あはっ、考えとく。ほら、お兄ちゃんなんかほっといてみんな行こ」
「あっ、待ってよ千佳」
相変わらずの気分屋というべきか、適当に話を切り上げ早いペースで歩き始める千佳ちゃんに葵ちゃんが続く。
「……色々とありがとうございます。じゃあ」
一瞬の思考。
そして私は、お兄さんの方を振り向いてサッとお辞儀をすると彼女達を追いかけた。
◆◆◆◆◆
バーベキューの終盤、みんなお腹いっぱいになったことで飽きてきたのか、食べることよりも話すことに集中し始める。
「で、打ち上げ花火直撃したこいつの髪はチリチリパーマになったってこと。まじウケる」
「はぁ?お前がこっち向けてぶっ放したからだろ?次は覚えてろよ」
「あははっ。それで、しばらく山崎くん帽子被ってたんだ」
「彼女にも笑われて、ほんと最悪だったんだぜ?大仏さんみたいとか言われたし」
「あははははっ。それ、面白すぎ」
「しかも、飯の前に手合わせるだけで笑われるんだぜ?」
「「あははははっ。お腹痛い」
どうやら、男の子達は鉄板ネタとでもいうようなものをいくつも持っているようで、綺麗なオチのついた話をしては、千佳ちゃん達を笑わせていた。
それに、女の子達が喜びやすい話題もいろいろと知っているようで、普段からこういった場になれていることが、その心の内だけではなく雰囲気だけでも窺える。
「そういや、蓮見さんは彼氏いないの?」(まぁ、いてもあんま関係は無いんだけど)
「……今は、いないですね」
この話題に自然となるように話が誘導されていたのはわかっていた。
でも、千佳ちゃん達が楽しそうに話す中、強引に流れを変えて場をしらけさせたくはなかったのであえて何かすることはしなかった。
「いないの?意外」(へー、このレベルの子でいないとかあるのか。まぁ、そっちのがやりやすいしいいか)
「あれ?好きな人がいるって言ってたけど、付き合っては無かったんだ」
「…………うん。まだ、ね」
そう、いまはまだ。
だから、邪魔しないで欲しい。声には出せないけれど、強くそう思う。
「ふーん。どんな人なの?」(とりあえず、好みだけ聞いとくか)
「…………優しい人ですよ。すごく」
「もしかして、年上とか?」(それが、一番あり得そうだな)
「…………そうです。そこまで、離れてはいませんけど」
春に生まれた誠君と、冬に生まれた私。同い年ではあるけれど、嘘ではない。
あえて誤解を招くような発言をしつつ、特定される可能性を少しでも遠ざけていく。
「やっぱり、だと思ったんだよね」(まぁ、そうなるか。めちゃくちゃ理想高そうだし)
「…………この話は、この辺でやめときます」
「え?透ちゃん、どうしたの?」
これ以上、この人に聞かせたいことはない。
少しだけ強い意志をのせ話を切り上げる様子を見せると、千佳ちゃんが気遣うようにこちらにそう問いかけてきた。
「私ね、二人との恋バナがすごく楽しみなんだ。だから、今はね?」
「あーそういうことっ!ほんと、透ちゃんはしたがりだな~」
「あははっ、ほんとにね。でも、気持ちはわかるかも」
二人のことを前は好きでも嫌いでもなかった。
いや、それよりもどんな人なのかを見定める余裕すらなかった。
でも、今日ちゃんと話してみて、なんとなく良い人であることがわかってきた気がする。
だから、彼女達には話してみたい。私も、近づいてみたいと思うから。
「…………じゃあ、違う話でもするか」(なんだよ、それ。イラつくなー)
「あっ、じゃあ次は雄哉くんのタイプ教えてよ!すごい聞きたい」
「あー、とりあえず桐谷より頭の良い子」(こいつの良いとこ、顔くらいだしな)
「えー、それってひどくない?」
彼女の恋心を尊重したい気持ちはある。
でも、やっぱり私にはこの人の魅力は微塵もわからない。
話をする時間すらも、勿体ない、そう思ってしまうほどに。
白く灰になってしまったものと、未だ赤く光を放つもの、そんな火元に視線を向けながら、そんなことを思った。
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