第72話 幕間:昔の話
鏡の前には、ダボっとしたサロペットにキャップを被った自分。
あからさま過ぎる手抜きの服装に自分でも少し笑えてきてしまう。
「ふふっ。なんだかんだ、スカートに慣れちゃったかも」
初めての二人の旅行、掛け替えのないその記憶は、少し目を瞑れば未だ鮮明に思い出せた。
体温も、息づかいも、台詞も、その全てが。
「…………本当に、楽しかったな」
正直なところ、記憶力が良すぎる事に苦しまされたこともある。
だけど、今はそのことに深く感謝していた。
「ほんと、現金な女だよね」
いつも聞き役になることが多かった。でも、今日はたくさん話したいことがある。
久しぶりに会う友人との時間に想いを馳せながら、私は扉を開け、歩き出した。
◆◆◆◆◆
「おーい、ハスみん!こっちこっち」
あまり、同年代の子達が立ち寄らない昔ながらの喫茶店。
カランコロンと音を立てながらドアを開けると、奥の席から名前が呼ばれそちらに向かう。
「久しぶり、茜ちゃん。それと、伊織ちゃんも」
明るい茶色のショートカットが良く似合う茜ちゃん。
紫がかった黒髪と切れ長の瞳がどこか大人びた雰囲気を感じさせる伊織ちゃん。
その対照的な二人に声をかけながら私も席に着くと、いつも通り茜ちゃんが会話をリードし始めた。
「ハスみん、またそんな服着てー。ほんと、あーあって感じだよね」
予想通りというべきか、あからさまな不満気な顔でそう指摘されてしまい苦笑する。
「ごめんね?やっぱり、あんまり見られるの好きじゃなくて」
「そりゃ、まぁ、わかるけどさ。ほんと、男どもめ。片っ端から引っ叩いて泣かせてやろうか」
「あはは。茜ちゃん、運動神経いいもんね」
「まぁねぇ~。でも、ハスみんが私と組んでくれれば世界が取れたのになー。ほら、今からでも遅くないからバスケやろっ!ね?ね?」
肩を掴まれ揺さぶられる感覚に、昔を思い出して懐かしくなる。
本当に、この子はまるで変わらない。
自分が大好きで、いつも自信満々で、私の作った殻なんか一切見えないみたいに自分のペースに引き込もうとしてくる。
「やめなさい、茜。蓮見さんが困っているでしょ?」
それに、茜ちゃんと幼馴染の彼女もやっぱり変わっていないようだ。
落ち着いていて、大人っぽくて、暴走する茜ちゃんと流されっぱなしの私の間に立って、いつも上手くコントロールしてくれる。
「えー。でもさ、伊織。ハスみんって、何するにも基本受け身だし、本気で生きたほうが楽しめると思わない?」
「人には、人の生き方があるのよ。蓮見さんは、天秤。調和を重視してるんだから」
調和を重視しているというのは聞こえはいいが、たぶん私は自分という存在に自信が持てなかっただけだ。
それこそ、今思えば奥底に隠した不気味な力を覗かれないよう必死だっただけなのかもしれない。
「なにそれ。意見なんて、ぶつかってなんぼでしょ?」
「はぁ。だから、貴方はいつも上の人と喧嘩になるのよ。それに、最初の頃もそれで蓮見さんとぶつかったじゃない。忘れたの?」
当時は、地元から離れた中学校に来たばかりということもあって、自分の立ち位置をまだ測りかねていた。
そして、ある日の体育の時間。周りのレベルに合わせるよう手を抜いていた時、それを気に入らなかったらしい茜ちゃんと何故かバスケ対決をすることになってしまったのだ。
「忘れてない。けど、あれがあったからこうして仲良くなったんじゃんか」
「それは……確かに一理あるわね」
「でしょ?」
正直なところ、最初は変に突っかかられて、目立って、迷惑にしか思っていなかった。
でも、最後は…………楽しかった。
息が上がって、取り繕えないくらい余裕をなくして、頭が空っぽになって。
そして、二人で大の字になって倒れていた時、初めて、自分の居場所を見つけられた気がした。
「ハスみんは、ほんとに手がかかるよね」
「…………茜も似たようなものじゃない」
「えー。絶対、ハスみんのが面倒くさいって。だよね、ハスみん?」
「それ、本人にする質問じゃないと思うのだけれど。ねぇ、蓮見さん?」
漫才のような懐かしい掛け合い。二人には、本当に感謝の気持ちしかない。
私が、歩み続けられたのは、世界にとどまり続けられたのは、彼女たちのおかげでもあるから。
「あははっ。二人とも、変わらないね」
「そう?胸はデカくなったけど。特に、伊織が」
「……さすがに怒るわよ?」
「あはははっ。ほんとに、変わらないなぁ」
最初は、おばあちゃん達以外で心から信じられる人なんていないと思ってた。
だけど、次第に仲の良い同世代の友達もできて、そして、今は好きな人もいる。
私の世界は、ちゃんと広がっている。
全ての人が、良い人だとは言えないし、好きになれない人のが多いけれど。
それでも、少しずつ、着実に。
◆◆◆◆◆
「え!?本気で言ってる?」
しばらく昔話に花を咲かせた後、近況報告の意味も込めて好きな人が出来たことを伝えると、二人は驚愕の表情でこちらを見てきた。
「うん…………好きな人ができたんだ」
「嘘!?ぜんぜん、信じられないんだけど」
「ふふっ。でも、正真正銘ほんとだよ」
確かに、その反応もわからないではない。
中学の時は、一切そういったことに興味なんてないと言っていた張本人なのだし。
「茜じゃないけど、私も驚きが隠せないわ。蓮見さんは、男嫌いなのかと思ってたから」
「そうかな?いや、うん、そうかも。今でも、男の人はあんまり得意じゃないし」
「ふぅん。じゃあ、その人がそれだけ魅力的だったのね?」
「……………………うん。真っ直ぐで、優しくて……それに、いつも私を助けてくれるんだ」
「ふふっ、そうなの。完全に、恋する乙女じゃない」
「はは……そう、かな」
自分で言いだしたことなのに、顔が、熱い。
伊織ちゃんが、優し気にこちらを見てくることも、逆に恥ずかしさを加速させていた。
「マジかー。ハスみんは最後の砦だと思ってたのになぁ」
「二人は、そういう人いないの?」
「私はぜんぜんいない。伊織はもう彼氏持ちだけど」
「ふふっ。茜はバスケ命だものね」
「まぁね。でも、これで彼氏がいないのも私だけだと思うとなんか、悔しくなってきたなぁ」
さも悔しそうな顔でいう茜ちゃんの反応は少し見ていたい気もするが、ちょっと違うところがあったので一つだけ訂正をする。
「まだ付き合ってないよ」
「え?そうなの?あー、もしかして一目惚れとか?」
一目惚れではない。
というより、お互い初対面の時はあまり印象が良く無かったようにも思える。
「ううん。違うよ」
「じゃあ、まだあんまり相手はハスみんのこと知らないとか?」
その質問にちょっと考えるが、逆に、教えるつもりも無かったことまで既に誠君には話してしまっている。
うぬぼれで無ければ、それなりに彼も私のことを理解してくれていると思う。
「それも、違うかも。この夏とかはけっこー、一緒にいたし」
「ふーん。みんなでカラオケとか、遊びとか、そんな感じ?」
「ううん。お互いの家行ったりとか」
「「え!?」」
店内に響き渡るような大声が響き、慌てて周りのお客さんに頭を下げる。
だが、茜ちゃんは完全にそんなことは頭に無いようで、こちらに詰め寄ってきた。
「ちょっ、ちょっ、ちょっと待って!ハスみんって一人暮らしだったよね!?」
「少しだけ声の音小さくしよ?ほら、迷惑になっちゃうし」
「…………一人暮らしの家に、男を連れ込んだ。反論はあるかね?」
「え?まぁ、そう、なるのかな?でも、特になんかしたわけじゃなくて。それに、まだ一回だけだよ?基本は、お互いの実家の方で過ごしてたし」
「実家ぁ!?どうしてそんなことになるわけ!?」
「なんとなく、かな?」
「なんとなくぅ!?…………ダメだ……私の知ってる世界と、違い過ぎる」
その言葉を最後に、茜ちゃんはソファに体を深く埋め、天井を見上げたままになってしまった。もしかしたら、もう少し順を追って話すべきだったのかもしれない。
心が読めるということは二人にも言っていないので、説明しづらいとこだけど。
「はぁ。蓮見さんって、意外にやり手なのね」
相方の沈黙を呆れたように見つつ、頭が痛いとでもいうようにこめかみを抑えながら伊織ちゃんがそう問いかけてくる。
「…………この人なら、大丈夫って思ったから」
「そう。それなら、仕方ないのかしら。まぁ、私はまだ彼の実家に行く予定はないけれど」
それは、確かにそうだろう。
私自身、距離を詰めるペースが周りから見て普通では無いことはわかっている。
でも、それでも、譲れないこともあるのだ。
「…………私ね、実はかなり独占欲が強かったみたいなんだ」
「へぇ。その心は?」
「私は、その人を誰にも、渡したくないの。もし、今結婚できるならしてもいいとすら思ってる」
「あははっ。それは、なかなかのものね」
「すぐにでも、私のものにしたい、私のことが欲しいと言わせたい。だけど、彼の意志も尊重したいんだ」
「それが、まだ付き合っていない理由ってこと?」
「そうなるのかな。でも……ふふっ。絶対、幸せな答えをくれると信じているからこそ待てるってのもあるけど」
誠君は、絶対に私を裏切らない。
何より、約束してくれたから。いつも、私を好きでいるって。そばにいてくれるって。
なら、私も待ってあげたい。彼が答えを出す、その時を。
「なるほど。なかなか、その人も大変そうね」
「ふふっ、そうかも。だけど、それでも、許してくれる。いつも私の味方でいてくれる。そんな人なんだ」
「…………なら、よかったわ。少し、心配してたの。高校は、それぞれ離れたところに行くことになってしまったから」
「ありがとう。本当に、二人には感謝してる。きっと、茜ちゃんと伊織ちゃんが歩み寄ってくれなきゃ、こうはならなかったはずだから」
二人は、私をいつも気にかけて、優しく接してくれていた。
正面からぶつかって、思ってることを吐きださせて、辛抱よく付き合ってくれた。
最初は心の中を読んで疑っていた私が、その温かさにほだされてしまうほどに。
「お互い様よ。貴方、自分の内に入れた人にはとっても優しいもの」
「あははっ。そうかな?」
「そうよ。茜にはもうちょっと厳しくてもいいくらいだったわ」
「そっか。それなら、これからは気を付けようかな」
「ええ。そうした方がいいわね」
これから、その言葉に胸が温かくなる。
お互いの道を選び、離れてしまった距離。
でもそれで、関係が無くなってしまうわけではないことを二人は改めて教えてくれた。
人の繋がりは、曖昧なようで、それでいて何よりも強い。
だったら、私も頑張ろう。怖くても、不安でも、できるだけ歩み寄って。
お互いが、想い合って、紡いでいけば、それで繋がる関係は絶対にあるはずだから。
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