第57話 意地っ張りな彼
全ての準備が終わり、それぞれが飲み物を手に持つと、遥さんが待ちきれないという風に音頭を取り始めた。
「よっしゃ!みんな飲み物持ったな?あ、ちなみに今日泊まってくんでよろしく」
その手には既に蓋の開けられたビール缶が握られており、飲む以外の選択肢はないらしい。
一応、チラリとおばあさんの方を見てみるが、どうやら慣れっこのようで諦めたように頷いていた。
「じゃあ…………まっなんでもいいか。勤労に、乾杯!!くーっ、最高!!!」
遥さんは何を言おうかと一瞬考えていたようだが、面倒くさくなってしまったのか、勝手に乾杯してそのまま飲み始めてしまう。
「なんだい、そりゃあ。相変わらず、適当な性格だねぇ」
「いいじゃんか。楽しければ何でもいいんだって。そうだ!ばあさん、例の梅酒出してくれよ」
「はいはい。後で持ってきてやるよ」
「よっしゃ!あれ、暑い日に飲むと最高なんだよな」
嬉しそうな顔に、こちらまで楽しくさせられる。
本当に愉快な人だ。
それに、それでいて所々細かい所にも気づいてくれるので、本当にすごい。
「肉に酒、幸せだー」
「ちょっと、ハル姉!さすがにそれは雑過ぎるよ」
「そうか?じゃあ、透に頼むわ。お前の肉管理はマジ神だしな」
「もう!わかったから貸して」
遥さんは鼻歌を歌いながら肉をどさっと乗せていっていたが、あまりにも塊のままだったので透的には看過できなかったらしい。
ちょっとだけ怒りながらトングをひったくっている。
「はい、誠君」
「ありがとう」
「はい、これも」
「ん?ああ」
「うん。こっちもいけるかな」
しばらくして、良い具合になった肉がどんどん俺の皿の上に乗せられていく。
だが、涎を垂らした遥さんがこちらをひもじそうな目で見ているのでさすがに可哀想になってきてしまう。
「いや、これくらいでいいから。ほら、遥さんにも食べさせてあげてくれ」
「え?あっ!ごめん、ハル姉」
「おいおい、素で忘れられてたのかよ。透はほんと、誠大好きっ子だなぁ」
「ごめんって、ほら、ハル姉の好きなタン塩あげるから」
「なら、許す!」
「あははっ、単純だなー」
目の前では、遥さんが透に肩を組んで楽しそうに笑い、少し離れたところではおばあさんが穏やかな表情を浮かべてそれを眺めている。
こういう雰囲気はとても好きだ。
俺は、自然と温かくなる胸の感覚を味わいながら、積まれてしまった肉の塔を少しずつ掘り進んでいった。
◆◆◆◆◆
何故、人は挑戦するのだろうか。
ある人は言った、そこに山があるからだ、と。
バーべキューも終盤に差し掛かり、だいぶお腹も膨れてきた頃、どうしてか俺の皿の上には高くそびえ立つ肉の山が再び出来上がっていた。
そして、目の前では、全ての元凶が赤らんだ顔でこちらを指さしながら爆笑している。
「あははははっ、誠。もうやめとけって」
確かに、かなり苦しい。だが、せっかく用意してくれたものを残すのは意地でも嫌だった。
「まだ、いけます」
「あはははっ!がんばれよ」
「はぁ。もとはと言えば遥さんのせいでしょう。透にお酒なんて飲ませるから」
「いや、ほんと悪かったって。ジュースだと思ってたらアルコール入りだったんだよ」
おばあさんが先に寝てからは、止める人もおらずそれこそ彼女の独壇場だった。
楽しそうに透を揶揄って遊び、むきになるのを宥めてはまた揶揄う。
最初、それを眺めていただけだった俺は、徐々に様子がおかしいことに気づいたがその時には少し遅かったらしい。
フラフラとした足取りの透が、べったりとこちらに張り付き、もういいと何度言っても甲斐甲斐しく肉を積み始めたのだ。
「透、大丈夫か?」
黙り込んだ透が、腹のあたりにしがみついている。
たまに頭がもぞもぞと動いているところを見るに、寝ているわけでは無いようだが、完全に意識は違うところにいってしまっているらしい。
「さすがに、狭いんだがなぁ」
座っている椅子は、ハンモックのような構造の大きめの椅子ではあるものの、さすがに二人同時に座るようにはなっていないのでかなり狭い。
だが、立ち上がろうとしても阻止されてしまうので、どうしようもなかった。
「絶対明日は、胃もたれしてますね」
「無理なら、最悪残しておけよ?体壊したら元も子もないしな」
遥さんが少し、心配げな顔でこちらを見つめてくる。
かなり飲んでいるように見えたが意識はまだはっきりしているようで、相当お酒が強いことがわかった。
「いえ、ちゃんと食べきります」
「男の意地ってやつか?」
「まぁそれはありますね。やっぱり人が作ってくれたものを残したくないので」
「そっか。ほんと、お前いいやつだよな」
「そうですか?でも、もし、俺がいいやつだとするなら、たぶんそれは親のおかげですよ」
いいやつというのは人によって変わるとても曖昧な言葉だと思う。
だけど、仮に俺がいいやつだとするならば、それは親父と母さんがちゃんとそう育ててくれたからだろう。
早希も嫌いなものを俺に渡してくることはあっても、自分が食べなければいけない時は我慢してちゃんと食べきるし。
「ははっ。高校生が謙遜なんかすんなって」
「謙遜してるつもりは無いんですが。でも、ありがとうございます」
「ああ。どういたしまして」
まるで、テトリスのような感覚で胃の至る所に肉を詰め込んでいく。
正直、呼吸は苦しいし、せり上がってきているのか、体に悪そうなしゃっくりも出始めた。
「ごめんね、誠君。辛いよね」
気づくと、透が潤んだ目でこちらを上目遣いに見ていた。
アルコールがだいぶ抜けてきたのか、顔色も赤さが薄らいでいることに安心する。
「気にしなくていい。悪気があったわけじゃないんだから」
「ほんと、ごめんね。残してくれていいんだよ?」
「ちゃんと食べるよ。むしろ、俺が嫌なんだ」
「……………………そういうところ、好き。大好き」
「ははっ、まだ酔ってるのか?いや、待った。今腹押さえるのは無し」
思った以上に力強い抱擁で胃が圧迫され、苦しさが増していく。
「あ、ごめん。大丈夫?」
「大丈夫、ではないかもしれない。でも、やる」
変な汗が出始めたのが自分でもわかる。もしかしたら、顔色も悪くなっているかもしれない。
だけど、ここまできて諦めるのもどうかと思い必死で耐える。
「本当に、まだ食べるの?」
「ああ。なんだかんだ、あと一口だしな。長かった肉祭もとうとうフィナーレだ」
「肉祭?ふふっ。じゃあ、私が最後のやつ食べさせてあげる」
「そうか?ありがとう。もう一思いにやっちゃってくれ」
「うん。はい、あーん」
早く解放されたいという気持ちが頭を支配する。
そして、俺は口を開くことを拒む脳みそを力づくでねじ伏せると、最後の肉片を口に入れた。
「おいしい?」
「感動の味がする」
「あははっ。そっか」
肉は、冷えて固くなっており、ぜんぜん美味しくない。
それに正直こんなことは、無駄で愚かしいこだわりなのだという自覚もある。
だけど、不思議な達成感のせいか、心はこれ以上無いほどに晴れやかな気持ちだった。
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