第48話 海の家
車を停めた後、遥さんについていくと昔ながらのとでもいうのか、薄い木板等で出来た簡素な作りの店舗に到着した。
特に大きな荷物も運びださなかったところをみるに材料等は既に運び込まれているらしい。既に夏休みが始まって数日が経つし、さすがに今日が営業初日ではないのだろう。
「とりあえず、厨房は透。誠は注文とお金の受け取りな。私は飲み物やりながら様子見てどっちも入るし」
「うん」
「わかりました」
「じゃあ、誠は初めてだし一通り流れだけ説明しとくか」
「はい。ありがとうございます」
そのまま、遥さんが伝票の書き方、取った伝票の渡し方、小銭の置き場所など簡単に流れを説明してくれる。
メニューは価格と共に店内に大きく張り出されているし、それほど大量の種類があるわけでもない。
やってみなきゃまだ分からないが、作業自体はそこまで難しくは無さそうだった。
「だいたいわかったか?」
「はい」
「まっ、やりながら覚えていけばいいし、最初はゆっくりでもいい。最悪、失敗したら謝っとけばそれでオッケーだ」
「ありがとうございます。それ聞いて少し気が楽になりました」
「あははっ。実は私もけっこー間違えるしな」
「ははっ、そうなんですか?」
変に大人ぶらず、自分のミスすらもさらけ出すその姿はとても好感が持てる。
それに、最悪失敗してもいいんだと思えるとだいぶ気が楽になった。
「そうなんだよ。だけど、うちの料理長はすげーぞ。めちゃくちゃ早いうえに、一切ミスしない」
「はぁ、別に料理長じゃないからね」
その冗談交じりに言われた言葉に、食材や道具の位置を確認していたらしい透が反応する。
だが、何も指示が出されていないにも関わらず、既に厨房を動き回って準備していた姿を見るにあながち間違いでもないのかもしれない。
「いやいや。お前が手伝ってくれなくなった途端、売上めっちゃ落ちたからな。というか、あれ?お前、いつものやつは?」
遥さんは、話している途中で何かに気づいたように透を見た後、とても不思議そうな顔をした。
そちらを見ても特に変なところは見当たらないが、何か、いつもと違うのだろうか。
「………………もっと可愛いのがいい」
「はあ?お前があれでいいって言ったからあれにしたんだぞ?これくらいのがナンパ避けに丁度いいとか言って」
「でも、今年はあれじゃイヤなの」
「なら、私のバンダナ貸してやるよ」
「えー、やだ。ハル姉のやつって何とか商店とか書いてある変なやつじゃん」
「それが嫌なら今日は我慢しろって。お前が持ってこないのが悪いんだから」
「…………でもさー」
何か気に入らないところがあるようで、二人は言い争っている。喧嘩という感じではないものの、透がぶつくさと文句をずっと言っているようだ。
あまりこういったことで不満を言わないのに珍しいなとなんとなく思う。もしかしたら、姉のような存在に甘えているだけなのかもしれないが。
「何かあったんですか?」
「あー、大したことじゃないんだ。透は、ここで働くときはいつも帽子とマスクしてるんだけど、今日は前使ってたやつじゃイヤらしくてな」
「どうしてですか?」
「あははっ。そりゃ、そこの乙女に聞いてくれよ」
「…………だって、給食のおばちゃんみたいなんだもん」
拗ねたような顔をする透の手を見ると、そこには一切飾り気がなく、お洒落さとは程遠いフード型の帽子が握られていた。
確かに、給食のおばちゃんといった風で少し笑えてきてしまう。
「ははっ。それっぽいな」
「ほら、誠君も笑ってるじゃん。だからイヤだったのに!」
どうやら、俺が笑ったことで虎の尾を踏んでしまったらしい。
透がへそを曲げたようにこちらを睨んでくる。
「悪かったって」
「もう、知らない!」
完全にそっぽを向かれてしまい苦笑する。
遥さんに視線を送り助けを求めるが、彼女はお前が何とかしろとでもいうように顎をしゃくってくる。
「いや、ごめんって。でも、もし俺のキャップでいいなら貸すぞ?ほんと普通のキャップでいいならだけど」
「え?ほんとに?」
「ああ。まだ昨日今日と被ってないから汚れてないと思うし」
「それはぜんぜんいいんだけど。いや、むしろ…………」
透は俯きがちに下を向いた後、何か小声でブツブツと言い出す。
なんだろう、何か問題があるのだろうか。
「何か問題があったか?」
「全くないよ!ほんと、全く、微塵も、無いから!!」
「あ、ああ。それならいいんだが」
「うん!ほんとに、ありがとう」
あまりの勢いに少々面を食らいながら答えると、透は満面の笑顔でこちらに礼を言った後、鼻歌を歌いながら再び厨房に戻っていった。
どうやら、何とか機嫌は戻ったらしい。遥さんには申し訳ないが、一度車に戻らせてもらおう。
「荷物を車に置いてきてしまったので取りに行ってもいいですか?」
「ああ、いいぞ。というか、すごいな。まるで猛獣使いだ」
「ははっ、猛獣使いって。そんな大したもんでもないですから」
「いやいや、ほんとすげーよ。というか、そもそも透と仲良い男という時点ですごい」
砂浜を歩き、二人でそんなことを話しながら車へ向かう。
歩くたびにサンダルが大地に沈み込む。それに、足の隙間から入ってくる砂は太陽に熱せられたせいで熱いくらいだった。
「そうなんですか?」
「ああ、小さい頃から知ってるけどお前くらいなもんだ。さすがに学校での様子は知らないけど、どうせ女子ばっかとつるんでるんだろ?」
「確かに。言われてみるとそうですね」
「ほらな。しかもアイツ、そこらへんの男なんて目じゃないくらいめちゃくちゃ強いのよ」
この流れの強いというのは、精神的なものじゃなくて肉体的なものなのだろうが、透にあまりそういったイメージは無かったので少し驚く。喧嘩をしたところなんて一度も見たことが無いし。
「どういうことですか?」
「ほら、あいつの家ちょっと特殊だろ?ばあさんが武術とか得意でさ、透もそれ習ってたみたいなんだよ」
「ああ、そういうことですか。けど、おばあさんが強いと言われると何となくわかる気がします」
ピンと伸びた背筋に、頭の全くブレない足運び。確かに、そういったことができてもおかしく無さそうにも思える。
「あの人怒るとめっちゃ怖いの。それに、透もあんな可愛い顔してしつこいナンパ野郎をぶっ飛ばしてたことあったからな。あの時はさすがの私もビビったね。まるでターミネーターみたいだったもん」
その時のことを思い出したように震えだす遥さんに少し笑えてきてしまう。
「あははっ。そんなにですか?」
「ああ。私の目は誤魔化せない。ありゃ達人の粋だわ」
「へー。そんなに強いとは、ぜんぜん知りませんでした」
「あ、やば。これ私が言ったっての内緒な。なんか、めちゃくちゃ怒られそうな気がしてきた」
「ははっ。わかりました」
おばあさんとはまた違う時をこの人は重ねてきたのだろう。
その後も、遥さんは透の昔話をいろいろと教えてくれた。面白おかしく、それでいて、ずっと見守ってきたことがわかるように。
姉のようで、妹のようで、ほんとに仲の良い二人だと思う。
まぁ案の定、それがバレた後は、透に追いかけられて逃げ回っていたけれど。
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