第23話 氷室 誠 四章②
玄関を開けると何故か早希が三つ指をついて挨拶をしてきた。恐らく、ゴールデンウィークに行った旅館のを見て覚えたのだろう。
また下らない知識をと少し呆れてしまう。
「ようこそいらっしゃいました。妹の早希です」
「いや、俺だけど」
「なんだ、お兄ちゃんか。邪魔だから早くどいて」
「いや、お前が邪魔なんだけど。入れないじゃん」
「いいから!ほら、初めが肝心でしょ?」
言い出したら聞かないやつなので俺はため息をつくと透と位置を代わり、前に行くように促した。というか既に後ろでやり取りを聞かれているはずなので初めは既に躓いていると思うのだが。他ならぬお前のせいで。
「ようこそいらっしゃ……え!?すごい綺麗!!え?え?いくら積んだのお兄ちゃん!!」
急に近づいてきた妹に透が驚いているのが見える。早希は驚愕の表情で俺と透を見比べ、唖然とした顔になった。
「ありがとう?あの、誠君のクラスメイトの蓮見 透です。よろしくね」
「うわ!声も綺麗!!しかも、なんかいい匂いがする」
「え、ちょ、ちょっと」
早希が変態のように抱き着いたのに驚く透を見かねて、強引に引っぺがすと、早希が我に返ったような素振りになる。
「やばい、あまりの綺麗さにトリップしてた」
「変態かお前は。ほら、話が進まないからまず挨拶しろ」
「あ、そうか。お兄ちゃんの妹の早希です。末永くよろしくお願いします」
「……ふふっ。こちらこそ、末永くよろしくね?」
「やった!ついにお姉ちゃんが我が家にきた」
再び抱き着いた早希にされるがまま、優しそうな笑顔で透は笑っていた。本人がいいならそれでいいが。
「お前なぁ。初対面から末永くって。まぁいいや」
早く涼みたいのでリビングに案内する。後ろでは、早希がなぜか漫画を描いていることを自慢しており、それに透が付きあっている声が聞こえてくる。
まるで本物の姉妹だ。もしくは、ムツゴロウさんと猿とかかもしれない。
「ただいま」
「おかえり」
中に入ると、涼しい風が火照った体を冷やしてくれとても気持ちがいい。どうやら、母さんは既に冷たい飲み物を準備し始めてくれているらしい。
そのまま、淡々と手を動いていた母さんだったが、後で入ってきた透を見ると珍しく驚いた顔になった。俺が女の子を呼んだと言った時以上の驚き具合だ。
「すごく綺麗な子ね。はじめまして、誠の母の瑛里華です。よろしくね」
「あっはい!!誠君のクラスメイトの蓮見 透です、末永くよろしくお願いします!」
「ん?末永く?」
「え、あ、いや、その、えっと……ごめんなさい!どうか、忘れてください」
母さんは高い身長、無表情、釣り目がちの目で冷たく感じやすいから緊張しているのだろうか。
いつにないほど勢いよく透がそう挨拶した。しかも、早希につられたのか変なことを言ってしまったようで、とても恥ずかしそうに顔を真っ赤にさせていた。
家族にしか分からない程度だが、母さんの表情が若干にこやかになったのが分かる。
「いいえ。いつも、誠と仲良くしてくれてありがとう。この子、見た目には出づらいけど意外に良い子なのよ」
「そんな、こちらこそ!誠君には本当にお世話になっているので。それに、すごく優しいのはもう十分なほど分かってますから」
「そう?なら、よかったわ」
「はい。そういえば、これつまらないものですが」
透が袋からお土産を取り出すと、それは我が家では定番の食べ物だった。俺は、思わずそちらを凝視してしまう。
「あっ!水まんじゅう!!」
「早希?お客様の前でしょ?」
「ごめんなさい……」
自分の大好物に目を輝かせた早希を母さんが嗜める。危ない、俺もやるところだった。
さすがに高校生にもなってそんなことはしなかったはずだと信じたいが。
「ありがとう。気を遣ってもらったみたいで」
「いえ、お気に召してもらえてよかったです」
「ありがとう。それより、ゆっくりしてってね。後で冷たい物持ってくから」
「あっ!手伝います」
「お客さんなんだからいいのよ。ゆっくりしてて」
「すみません。ありがとうございます」
とりあえず、仕事に行っている親父以外には挨拶ができたので俺の部屋にでも行ってゲームでもするかと考える。
「何かしたいことある?といってもゲームとかしかないけど」
「ううん。大丈夫、何でも楽しめるから」
透がそう答えると、予定がないことに気づいたらしい早希が閃いたとでも言うような顔で彼女の腕を引っ張り出す。
「やることないなら、漫画見てってよ。過去最高傑作だから」
「お前、いつもそう言ってるじゃないか」
「今回のは本当に過去最高傑作なの!」
「はいはい。透はそれでいいか?」
「うん。楽しみだね」
「ほらーお兄ちゃんより透ちゃんのが全然分かってるじゃん!」
透が特別驚いた風でないところを見るとどうやら呼び名はそれで決まったらしい。年上にという気持ちもあるが、俺自身も先輩後輩といったところを気に掛ける方では無いので本人同士がいいなら放っておく。
「ほら、こっちだよ」
「うん」
二人が早希の部屋に向かうのを眺めつつ、一度母さんの方を振り返る。
「飲み物、俺が持ってこうか?」
「あら、助かるわ。お願いしようかしら」
「わかった」
「でも、本当に綺麗な子ね。それに、けっこう初対面は怖がられる方だけどそれもあんまりなかったみたいだし」
確かに、母さんは慣れるまで誤解されることも多い。俺の友達も、最初会った時はその冷たい外見と抑揚の無い声色から不機嫌なように見えていたらしいし。
「確かにな。でも、よかったじゃん」
「はぁ……貴方は本当に大雑把というか大らかというか」
「でも、そっちのがいいだろ?」
「まぁ隼人さんもそうだったし、怖がられないならそれに越したことは無いわ」
「なら、それでいいじゃないか」
「そうね。そうしときましょうか」
「じゃあ、これ持ってくよ」
「ありがとう」
俺がグラスの入ったお盆を持つと氷が揺れる涼し気な音が聞こえてくる。
寒い冬には触りたくない。だけど、その冷たさは熱を帯びた体にはとても気持ちがよく感じられた。
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