四章 -近づく関係-
第21話 氷室 誠 四章①
翌朝、目が覚めると、寝るのが遅かったのもあって昼時間近だった。
ゴロゴロしながら意識がはっきりしてくるのを待っていると、昨日の記憶が蘇ってくる。
「ったく、親父は仕事帰りなのになんであんな元気なんだよ」
昨日の夜、俺が女の子を呼ぶと聞いたらしい親父が部屋に乗り込んできて叩き起こされた。
話すような引き出しも無いのに根掘り葉掘り質問され、適当に聞き流していると何故か自分の若い頃のモテ談議まで話し出した。
しかも、厄介なことに早希までもがそれに触発されたようで、モテポイントの再講義を行いだした始末だ。赤点講習だ!とか何とか言ってたが、自分が一番アホなのを忘れないで欲しい。
まぁ謎の討論会が行われる中、母さんだけは聞くに値しないと一人本を読みながらコーヒーを飲んでいたが。
「あの二人はほんと、混ぜるな危険だよな。二倍でうるさいし」
欠伸をしてベッドから立ち上がる。そして、リビングに行くと母さんが居間でテレビを見ていた。この時間にここにいるということは、恐らく一通りの家事は終わっているのだろう。
「おはよう」
「おはよう、誠。そろそろ支度しないと間に合わないんじゃない?」
「わかってる」
「眠そうね。そんな顔してたら女の子に嫌われちゃうわよ?」
母さんがニヤリといった雰囲気で無表情のまま揶揄ってくる。
「やめてくれ。もう、胃もたれするほど聞かされたから」
「ごめんごめん。でもとりあえず、早く準備しちゃいなさい」
「へいへい」
そして、リビングを出て顔を洗っていると、眠そうな顔をした早希がゾンビのような動きでゆっくりと歩いてきた。
「んー」
「おはよう」
言葉ですらない挨拶にそう返すと、早希が俺を押しのけ顔を洗い出した。しかし、水の掬い方が雑過ぎるので服と髪がびちょびちょになっている。
いや、兄の前とはいえ、ブラまで透けさせているのは若い女としてどうなんだ。
「おい、またやらかしてるぞ。あーもう、床が濡れるから動くな」
「えー」
たぶん昨日も遅くまで漫画を描いてたんだろう。完全に夏休みモードでいつも以上に手がかかる。
タオルで応急処置をしてやっていると我が家のお姫様の頭は徐々に動いてきたらしい。
「あれ?お兄ちゃん、そろそろ時間なんじゃないの」
「おい、俺の優しさを返せ」
「ボーナス払いでちゃんと返すから」
「学生にボーナスなんてありません。いや、アホなこと言ってる場合じゃないか」
ふざけたことを言い合っているとほんとに時間がやばくなってきたので急いで着替える。
そして、準備を整えると待ち合わせ場所にした近くの公園まで迎えに行った。
雲一つ無い夏の空に浮かんだ太陽の日差しが俺の行く手を阻むかのように激しく降り注ぐ。
「はぁ。出かけずに家でずっと引きこもってたくなるような暑さだな」
とりあえず、目的地は家のすぐそばなので歩いていく。
バイクで迎えに行くと伝えたのだが、透は何故かそれを断り、バスでここまで来てくれるようだ。
どこか寄るところでもあったのだろうか。俺なら絶対迎えに来てもらうが。
取り留めも無いことを考えていると、公園がすぐに見えてきた。
「メッセージだけ送っとくか」
公園に着いたことを送ると、すぐに返事が返ってきた。
「ん?後ろ?」
メッセージに従い後ろを振り返ろうとするとほっぺに指が突き刺さった。犯人らしき相手の楽しそうな笑い声と共に。
「痛い。公務執行妨害で逮捕するぞ」
「ふふっ。警察官じゃないでしょ?」
「夏休み中は自宅警察官なんだ」
警察官ならクビにならないしな。永久就職させて欲しい。
「何それ。でも、それなら捕まらないといけないね」
「ああ。署で話を聞かせてもらおうか。アイスでも食べながら」
というかめっちゃ暑い。このままじゃ俺が溶けちまう。
「あははっ。そこはかつ丼じゃないんだね」
「今時の警察はアイスなんだよ。というより、家行こう。暑い」
「そうだね」
二人で連れ立って歩く。本当のところを言うと、いつもとは違う服装に少しドキッとした。
「涼し気な格好だな。いつも制服だったから、なんか、新鮮に感じる」
水色のブラウスに、白いロングスカートとヒールサンダル。つば広の麦わら帽子を被った彼女はとても夏らしい装いをしていた。
だが、いらないと伝えたお土産も手に持っているようで彼女の律義な性格が窺える。
「…………似合う?」
「ああ。すごい似合ってる」
帽子を少しあげた彼女を先ほどからすれ違う男達が振り返っては、俺の地味顔を見て唖然とするを繰り返しているので間違いないだろう。
「そっか。それなら、よかった」
「月並みな言葉しか言えなくて悪いな」
「ううん、いいの。それこそ、そう思ってくれるだけで。それだけで、いいの」
「そうか?」
「うん」
なんとも欲の無いセリフだ。まぁ、捻り出せと言われても出せないのでそちらのが気楽で助かるが。
「ほら、あそこに見えるのが俺の家。ほんと、普通の家だけどな」
何の変哲もない一軒家。親父はバイク通勤なので、置いたままの車と俺のバイク、早希のデコ自転車が置いてある。
ベランダで干された布団が風に揺られているのが平凡さを加速させているようにも感じる。
「あれが、誠くんの家か。……………やっぱり緊張するね」
そうか?と聞こうとして彼女が家の方をじっと見つめていることに気づいた。
そして、その無意識に舐めた唇が僅かに震えていることにも。
どうやら、ほんとに、友達の家に行くのが初めてなのかもしれないな。そんなに気張らなくていいのに。
「大丈夫だよ。むしろ、うちの家族にブチ切れないかの方が心配なくらいだ」
俺が横からそう声をかけると、彼女はこちらをゆっくりと見た。
「そうかな?」
「ああ。たぶん、うちの家族の方は心配しなくていい」
「どうして、そう思うの?」
「うちの家族はなんだかんだ似た物同士なところあるからさ」
透は、意外にひねくれてるし、卑屈で暗いとこもある。
だけど、陰口とかを言うことは一切無いし、自分より立場の弱い女子をそれとなく守ってるような時もあるように見える。
まぁ最近では、面倒くささも加わったが、それも早希のことで慣れてるし、別に気にならない。
だから、俺は透と話しているのは結構好きだ。
そして、俺がそう思うなら、うちの家族もそうなんじゃないかと何となく思った。
「………………誠君がそう思うなら安心だね」
「俺の言葉にどれだけ信ぴょう性があるかわからないけどな」
「ううん。私の中では、それが何よりも確かなものだから」
「そうか?物好きだな。まぁせっかく来たんだ。せめてアイスくらいは食べてけよ」
「ありがとう」
何のアイスがあったっけ。俺は、冷蔵庫の中身を思い出しながら玄関の扉を開けた。
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