悪夢の最果てで、私はあなたを待つ。

初瀬みちる

第?話 とある日、どこにでもある日。

 1 DAY ?

「ハンブルク隊各位に告げる。俺が道を開く。遅れずについて来いよ!」

 俺は75㎜自動超電磁砲

レールガン

の引き金を、敵塹壕に向けて引き続ける。使っている弾薬は対歩兵用榴弾。塹壕までの距離はおよそ150m。目と鼻の先といえば、そうだが、歩兵が進むには少し遠い。75㎜で撃つにはちょうど良い距離だし、なにより、敵装甲兵団がいないとわかっている以上、榴弾で事足りる。とはいえ、もしもの時に備えて予備弾薬にマガジン一つずつ、成形炸薬弾と高速徹甲弾は持ってきてはいるが、数があるわけではない。

 まだ、あたりは暗い。朝方にかけて、奇襲攻撃を仕掛けているため、太陽が昇り切っていない。奇襲といいう作戦の性質上、動いている数は少ないが、それでも、絶大な効果を上げている。連日の攻撃で薄くなっている箇所への一点攻勢は敵側は想像していなかったらしく、兵力が分散している。

 勢いよく撃ちだされる榴弾は、塹壕に到達すると同時に大量の火薬と炸薬が爆発することで、大きな被害範囲を形作る。中で隠れている敵兵たちは、なすすべもなく、吹き飛ばされていく。もちろん、反撃が来ないわけではない。むしろ、反撃の手は強くなっていく。

「A分隊。左100m先に見える、対戦車砲がみえるか? あれの排除を頼む。いくら、重装甲型〈アリゲイル〉でも、防ぎきれない」

「了解した。分隊ついてこい!」

 ハンブルク隊A分隊は俺の指示のもと、敵塹壕の中に飛び込んで、制圧した個所から対戦車砲陣地への攻撃に乗り出す。俺は、あらかじめ、その個所に向けて、75㎜で制圧射撃を行う。

「分隊各位、それぞれに、所定通りに敵塹壕を制圧せよ」

 俺の後ろに隠れていた隊員たちが一斉に飛び出して我先にと、制圧し始める。俺は、その前で待ち続ける。二足装甲兵器〈アリゲイル〉の体が大きいため、人間用に作られた塹壕では身動きをとることができない。正直乗り越えるのも苦手だが、仕方がない。制圧した個所から、何とかところどころ残っている平地への足を踏み出して、広い塹壕を飛び超えていく。途中逃げ出した兵士を見つけたため、75㎜ではなく、肩に備え付けられている対歩兵用重機関銃を使って、掃討を行う。口径は30㎜。かすればそのまま跡形もなく消え去る。残されるのは、辛うじて、それが人間だったであろう肉片と、大量の血液だけである。

「こちらハンブルク隊より、HQ。オマハ地点の確保に成功。繰り返す、オマハ地点の確保に成功。追加の歩兵を送ってくれ……。いや、ちょっと待て、走行音が聞こえる。本作戦にて敵機甲兵力は想定されているか?」

 備え付けの無線機でHQと連絡を取る。ガガガとノイズが走ると、すぐに、向こうから返答が返ってくる。

『こちら、HQ、想定されていない。その情報は確実か』

 俺は、耳を澄まして、風の音に身を任せる。遠くから、風に乗って、キャタピラの回る音が聞こえる。荒れ地を走破するために開発された車輪は、その独特な形状と音で、何が来るかがすぐにわかる。

「ブリッツより各員へ。敵戦車が来る。対戦車戦闘用意。HQへ。これより、対戦車戦闘へと移行する。〈アリゲイル〉の応援を求む。繰り返す。対戦車戦闘を行う。至急〈アリゲイル〉の増援を要請する」

『こちら、HQ、了解した。バックアップの部隊を投入する。五分持ちこたえられるか』

 五分……。俺は、75㎜自動超電磁砲に成形炸薬弾を装填する。弾数は15発。敵戦車のT106は装甲、砲ともに、〈アリゲイル〉を大きく超える。支援砲型に武器を変えれば、その装甲を正面からでも撃ち抜くことはできるが、75㎜ではそれはかなわない。撃ち抜くなら、側面履帯裏か後方からのエンジンを撃ち抜くしかない。そして、この〈アリゲイル〉の最大の利点は敵戦車よりも足回りに関して分がある。重装甲の戦車と、二足歩行兵器。同一方向に走るのでは勝ち目はないが、それでも、相手の旋回力を大きく超えることができる。

 現代戦車は走破性を高める設計がなされているため、装甲が薄くなっていった。これは、同時に、対戦車装備が歩兵にも携帯できるようになると装甲はますます意味をなさなくなった。開戦当時、装甲不要論が一般的であったが、敵戦車は、重装甲でありながら、機動力は現代戦車に劣らず、対戦車火器に対して、いくつもの対抗策を用意していた。

 しかし、二足装甲兵器〈アリゲイル〉の登場は正面戦闘での勝利の一切を勝ち取れなくなった。確かに、120㎜を超える砲を正面から食らえば〈アリゲイル〉といえども撃ち抜かれてしまうが、コンピューターによって、それを避けることも簡単に出来る。もっといえば、現代戦車の砲を運よく貫通しなかったとしても、それを受け止めるわけではない。間違いなく吹き飛ばされる。

 さらに、〈アリゲイル〉は一人でそのすべてのスペックが出せるのに対して、現代戦車は複数人で使用する必要がある。つまり、数がそろえやすい。熟練度などは度外視でも単一兵士における火力が一戦車と変わらない以上、これ以上、最高の兵器はないと思われる。

 これらの事実によって、軽装甲化の一途をたどっていた戦車は再び重装甲化していった。正面装甲は800㎜を優に超え、場所によっては、100㎝にもなる。空間装甲と爆発反応装甲を合わせることで生み出された絶大な防御力は二足歩行兵器の天敵にもなった。

 採用されている砲も強力すぎる。砲に関して向こうより優れているといえば、レールガンを実用化した、という点だが、向こうは、50口径を超える、122㎜砲を採用している。しかも、自動装填装置も完備している。連射はきかないがそれでも、大口径、超砲身から繰り出される一撃は容易にこちらを貫通する。

 俺は、癖でつい舌を噛んで、HQに答える。

「こちらハンブルク隊、了解した。できる限り急がしてくれ」

 そして、そのまま、隊員各位へと無線をつないだ。

「これより、対戦車戦闘を開始する。俺が、前線に出てかき乱してくる。A分隊、制圧した戦車砲陣地を使えるなら、向きを変えろ。援護射撃を行うだけでいい。狙うなよ。残りの分隊は塹壕にて対歩兵並びに対戦車戦闘を行え。教本通りでいい。……さあ、お前たち、死のうか」

 俺は、ゆっくりと足を前に出していき、それがどんどんと早くなっていく。走るという行為は、それの積み重ねでしかない。一気に数百メートルを駆け巡ると、塹壕が一切掘られていない平地が広がっていた。戦車において、最大の能力が発揮される平地。奇襲攻撃を行うこともできない。敵戦車が確実に迫ってきているのがわかる。数はおそらく5。まだ向こうは気が付いていない。ただ、無線で攻撃があったことは知っている。おそらく、戦闘態勢はすでに整っている。

 地平線の向こう、徐々に敵の輪郭が見えてくる。思った通り戦車は五台。横一列に並んで進軍してくる。

 だから、俺は、敵が先に照準を定めて、こちらを砲撃してくる前に、中央にいる戦車の履帯を75㎜で撃ち抜く。いくら重装甲の戦車であったとしても、履帯を切ることは簡単だ。こちらの存在に気が付いた戦車部隊は履帯を破壊された戦車を無視して、そのまま進撃してくる。こちらの姿を見つけたのだろうが、照準を合わせるまでに、俺は、足止めをした戦車の砲身を撃ち抜く。足止めをすることに成功しても、攻撃能力が残っている以上、脅威に他ならない。だから、砲身を正確に撃ち抜くことで攻撃能力を完全に奪い去る。

 俺は、射撃の体制から起動戦に移行することにした。足のリミッターを外してさっきよりも速く走り出す。敵との距離はおよそ1㎞。その距離を十数秒で詰めていく。敵はその速度についていけていないが、それでも、向かってくるため予測して撃ってくる。狙われているが、俺は、それを理解したうえで詰めていく。すると、一斉に敵戦車から砲撃が飛んでくる。毎秒1000mを超える砲弾を交わすことは本来不可能だ。しかし、コンピューターの予測からくる最適解はそれらをよけるのに適している。あとは、オペレーターの問題である。与えらえた情報の処理がこの〈アリゲイル〉の難しいところで、それ以外はほとんど自分の考え通りに動かせる。

 とはいえ、よけられるのはまぐれだ。その可能性を与えられても、つかめるかはやはり運が絡む。しかし、一発でもよけてしまえば、再装填までの時間で間を詰められる。敵は、その時間を稼ぐために後退していく。俺は、それを逃がさない。一番右端の戦車に目標を定めてその背後をとる。一気に飛び越えられた敵戦車は、それに対応することなく、上をとられる。側面、後方。そして、天井。どんな兵器でも、自身の高さを超える高さからの攻撃に耐えれるものではない。

「まずは一つ」

 75㎜自動超電磁砲の貫徹力なら、十分に抜ける。成形炸薬弾を装填した75㎜は敵の装甲を貫通し、内部で爆発を起こす。爆発によって散乱していく破片によって、搭乗員はずたずたに切り裂かれ、周りに配置されている砲弾と共に爆発を起こす。

 俺はその爆発に巻き込まれるが、その程度の爆発では装甲を傷つけられることはない。爆発によって巻き上げられる砲塔をつかんで、再装填が済んだ戦車三台から攻撃を受けるが、砲塔を盾にすることで貫通力が落ちるのと、たとえ貫通されても、すでにそこにはいない。爆発と共に上に飛びあがった俺はそのまま、撃ちおろすが狙いが下手だったのか、正面装甲にはじかれてしまった。しかし、撃たれてから、数秒の余裕があるため、そのまま距離を詰めて、また、上をとる。次は確実に、真下へと撃つ。

「二つ」

 ただ、砲撃するだけでは勝てないと考えた残りの二台は二手に分かれて、機関銃を撃つ。作戦としては悪くない。こちらは一人であるため、複数戦は本来避けるべきだ。さらに、たとえ一台を撃てたとしてももう一台から攻撃を受けてしまう。

「なら!」

 俺は、撃つのではなく、ただ近づくだけに集中する。背後に回り込んだもう一台がこちらを狙っているのはわかっている。さっきから、アラートがうるさい。

「3,2,1、今!」

 後ろから撃たれた瞬間に俺は、横に飛ぶ。しかし、その飛びが甘かったのだろう左腕を持っていかれてしまった。

 左腕に激痛が走る。あまりにも痛いが、それでも、死なないだけその痛みがありがたく思うことで無理やり意識を保つ。

「まだ!」

 向かっている戦車はきれいに側面を向けている。

「三つ!」

 俺は、75㎜を側面に撃ち込むが、さっきの攻撃のせいか照準がずれてしまっていたのだろう。敵の履帯を切るだけで、撃破には至らない。

「くそ」

 勢いよく走行していた戦車はその勢いを殺せずに正面を向けて静止する。何度も言うが、75㎜では正面を抜くことはできない。しかし、このまま勢いが殺せないのはこちらも同じだった。覚悟を決めて、俺は、正面に張り付く。後ろにいる敵は友軍誤射フレンドリーファイアを警戒して発砲してこない。しかし、速度を上げながら、そのままこちらの側面を取りに来る。

「持ってくれよ!」

 俺は、右手に持っている75㎜を車体と砲塔の間にゼロ距離でつけて、連射する。いくら空間装甲と爆発反応装甲の両方をつけていようとも、同じ個所に何発も受けていればいつしか貫通する。

 高初速で撃ちだされた砲弾が五発目でようやく貫通する。

「三つ……。残り五発……」

 事実上の一騎打ち。爆発する戦車を背に正面にこちらを狙い続ける戦車と対峙する。左腕はなくなっている。足回りもリミッター解除の影響でがたつき始めている。もって一発分。敵の攻撃をよけて、再装填が済む前に撃ち抜かなければならない。理屈はこれまでと変わらないし、理屈だけでいえば簡単だ。戦闘が開始されてから五分以上たっているが、一切味方が来る気配はない。後方でも銃撃戦が始まっているあたり、目の前の戦車部隊は〈アリゲイル〉を引き寄せるための部隊。歩兵も随行していたはずだが、どこかで別れて、裏を取られたのだろう。

「ハンブルクより各員へ。状況を報告せよ」

 敵戦車と対峙しながら、どちらも動かない。向こうも状況の確認をしているのだろう。

「こちら、A分隊、対戦車陣地の防衛に成功。側面より、歩兵支援を開始する」

「B、C、D防衛を継続中。すごい数だ! 応援を! 航空支援はまだか!」

「ハンブルクより各員へ。戦闘を継続しろ。こちらも戦車を排除次第援護に向かう」

 さあ、目の前の脅威を排除しなくては……。これまでと同じことをもう一度すればいい。よけて、側面か上をとって、炸薬を撃ち込む。それだけ。たったそれだけ。

 さあ、行こう。さあ、殺そう。

 俺は、腕のリミッターも外す。

 そして、一歩、下がる。3,2,1、行こうか。

 俺は、カウントと共に一気に走り出す。敵戦車はすぐに後退を始める。後退速度が速いわけではない。それでも、距離を詰めるのには時間がかかる。すると、敵戦車の砲身がしっかりとこちらを向き始める。そして、すぐに銃身から火が噴き出る。確認する暇なんてない。直感的に、反射的に、それをよけるために、〈アリゲイル〉を一回転させる。左手がない分、その空間に弾丸を走らせる。勢いのままに体を前に向けて、さらにスピードを上げる。攻撃をよけると後退するだけでは当たらないと考えた敵戦車は全身を開始し、一定程度で、止まる。詰め寄るまでにまだもう一発撃たれる。

 俺は、自分の唇を強く噛んで集中力を高める。

 そして、火が噴き出す。もう一度同じ。でも回転なんてできない。俺は、地面をえぐるようにスライディングを行う。その瞬間、何個か部品が落ちる音がしたが、無視して、距離を詰める。敵戦車は慌てて後退し始めるが、すでに距離は詰め切った。でも、超新地旋回をし始めるとどうしても側面が取れない。だから、俺は、通り過ぎるように、走り抜け、もう一度スライディングしながら、勢いを殺すように右側面から左側面へと体を持っていく。

「四つ」

 75㎜が電磁波と共に高熱を帯びて敵の装甲を貫通していく。そして、いろいろな部品や人に被害を与えながら、大きな爆発を起こし、中にあるすべてを破壊していった。

 目の前で大きな爆発をモニター越しに確認して、敵装甲部隊の全滅を図るために、最初に履帯と砲身を破壊した戦車も丁寧に処理した。あいにく、中には誰もいなかった。おそらく、数台がやられた時点で、撤退したのだろう。鹵獲してもよかったが、失敗して、向こう側に戦闘データが解析されるのは面白くない。確実性がない以上、破壊することにした。

 目の前の戦闘が終わってようやく、アラートが鳴り響いていることに気が付く。リミッターをかけなおして、損傷個所を確認していく。機械による自動診断を行ないながら、残弾を考える。

「成形炸薬が4発。高速徹甲弾15発、榴弾30。損傷個所多数。動いているだけでも奇跡だな……」

 自己診断が終わると、機体を起こして、後方で戦闘している見方と合流しようとするが、歩き始めたところで、足が動かずにその場に倒れてしまう。

「ああ、まじでやばいな……。帰ったら、アギトさんにどやされるな……」

 内部はまだ生きている。だから、すべてを修理する必要はないが、駆動系のほとんどがいかれてしまっている。いっそのことすべてが壊れてくれてたら、なんて思ってしまう。

「こちらハンブルク隊よりHQ。敵戦闘車両の排除に成功。しかし、こちらも駆動系をやられ、これ以上の作戦遂行は困難と判断。至急、回収を要請する」

 無線を使って、本部との交信を試みた。時間がかかるだろうと思われていたが、俺が思った数倍速く返答が返ってくる。

『こちらHQ。了解した。ハンブルク隊各員を回収に成功すぐにそちらに向かわせる。貴官のおかげで作戦は完了した』

「了解」

 俺は、戦場のど真ん中だが、ハッチを開けて、外に体を乗り出す。このまま、いつ撃ち抜かれるかもわからないような棺桶の中にいるよりかは、たとえ敵が来ても隠れられるように外で待つことにした。もちろん、支給されているライフルを忘れるほど馬鹿ではない。機体からライフルと顔を少し出して、周りのクリアリングを行う。

 自分の後ろでは太陽が昇り切っていた。いつの間にか明るくなっていたが、それに一切気が付かなった。それくらいに戦場では煙と血と絶望が蔓延していた。どこを見渡しても、砲弾の跡がある。こんなところで、生きていこうなんて、正気の沙汰とは思えない。後ろでは、回収機のローターンが聞こえ始める。太陽とともに登場とは、どこか腹立たしい。

 俺は、融通の利かない麻痺した左手を右手で抱えながら外に出し、ライフルを地面に放り投げると、転げるように外へと出る。たった5分強。その時間で、戦車五台は大戦果に値する。少なくとも俺はそう信じているし、もし、違うというのなら、ぜひやってもらいたいものだ。

 転げ落ちた後、体をよじりながら機体の陰に身を寄せると、心地の良い風が顔に当たる。戦いの後の、ひっそりとした美しい時間。草一本生えておらず、不毛な大地に全ての源たる太陽が差し込む。生と死。その境目に自分がいる。そんな気分に駆られる。自分の見ているこの景色が現実なのか、それとも夢なのかはわからない。それでも、目の前に広がる幻想的な戦場は現実なのだろう。美しいとまで思う。死を美しいと思ったことはない。そもそも、俺にとって、死がどのように訪れるのか、一切わからない。敵の122㎜を食らえば、死を味わう前に全ての感覚が消えていくだろう。もしかしたら、自分が死んだことにすら気が付かないのかもしれない。あちこちに、死が転がっているのに、誰も死については知る術を持たない。

 ゴミ箱にごみを捨てる、そういった当たり前のことをするように、死んでいくこの戦場で、今は、死を与える側の俺が、死を知らない。死を与える方法だけ。

 回収機は俺のすぐそばに着陸して、何人かの歩哨を下ろして、あたりを警戒させた。味方だとわかった俺は、ライフルの安全装置をかけて、味方の前に出て、回収機に乗る。ほかの歩哨は機体にフックをひっかけて、つるす準備をする。俺は、回収機のハッチに足をかけようとすると、目の前に彼女が立っていることに気が付く。右手に持った、ライフルを左肩にかけて、敬礼する。相手も敬礼し返して、外向け用の声で、皮肉を伝えてくる。

「それで? また機体をずたずたにしたの?」

「戦車隊は潰しただろ」

 戦果を出しても、愚痴が出てくれば腹も立つ。深くかぶった帽子の下、口紅を塗った唇がにやりと動く。遊んでやがる。

「それに、戦闘データも壊してない。装備も残っている。まあ、左腕は壊したが、無傷で、どうあいつらに勝てというのか。生き残っているだけ褒めてほしいけどね」

「ええ、だから、指揮所からここにきてるんでしょ」

「なら、素直に言えばいいのに」

「仮にも、私はあなたの上官です。ちょっとくらい、威厳を見せとかないと」

「別に、ここにいる連中は俺とあなたの関係を知っているでしょ。まあ、ここで、俺だって甘えようとは思わない。それよりも、帰りましょう。左手の感覚がない」

 ふふっと、彼女は微笑んで、近くにある席について、隣をトントンとたたいてくる。俺は、ライフルを近くの棚において、席に着いた。作戦のすべてが終わったわけではないが、俺が率いるハンブルク隊の作戦目標は達成している。そのあとの防衛戦はほかの隊に任せることになっている。

「それで、次は、どこへ?」

「さあね。でも、あなたを必要としている戦場は多いよ。最前線以外に場所はないよ」

 俺は、背もたれにもたれながら、ゆっくりと目をつむる。

「まあ、そうだろうな。少なくとも、機体の修理が終わるまではゆっくりさせてくれると願っているよ……」

「そうだね。ゆっくりしてくれていいよ。ほら」

 そういって、彼女は俺の頭をほとんど無理やり自分の膝の上にのせる。程よく柔らかくて、心地がいい。すぐに落ちてしまう。ほかの隊員がうらやましそうにこちらを見ている気がするが、もう、慣れた光景だからか、誰も何も言わない。

 目を開けるのもやっとだった。数時間の戦闘だったが、最後の十数分があまりにも長く、あまりにもつらかった。帰路についていると、戦場から遠のいていくのがわかる。そして、彼女の隣。安心してしまう。

そのまま、俺の意識は闇の向こう側へといざなわれていく。最後に聞こえたのは、彼女の声だったのは、うれしいものだ。

「また、すぐに。ゆっくりお休み」

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