第76話 増殖するストーカー



 ヴィオレット様からもたらされたシャドーの新しい情報と、オーク様暗殺未遂の話はダグラスからエル様へ報告が行くように頼んでおいた。

 わたしが報告に行くともれなくシャドーが付いてくるからね。意味がないからね。


 うぅ、エル様に重要事項を気軽に話しに行けないのはしんどいわ。

 手紙を書いてもきっと天井裏から覗き込んでいるかもしれないし……。

 頭空っぽでエル様とイチャイチャするのは問題なさそうなのが唯一の救いだわ。それすら制限されたらエル様イケメン欠乏症で死ぬもの。


 エル様への報告はそれでいいとして、わたしはわたしで考えることがいっぱいだ。ヴィオレット様がおっしゃっていた、正妃マリージュエル様の断罪である。

 今まで考えたことなかったけれど、マリージュエル様を断罪して幽閉なり処刑なりしてしまえば、エル様の正妃になるための障害がかなり消えるものねぇ。オーク様暗殺未遂なんて、さすがに正妃の立場でもアウトだし。

 問題はヴィオレット様でさえマリージュエル様の悪事の証拠を手に入れられないことなんだけど。

 シャドーが王家の影であり、正妃様が影を悪用しているというハッキリした証拠があればなぁ。わたしが「シャドーが王家の影だと自己紹介してきました!」と証言したって、根拠としては弱いもの……。あぁ、前世の録音機械が恋しいわ。

 ヴィオレット様は「シャドーを生け捕りにしたいわぁ。拷問してぇ、調教しちゃえばこっちのものでしょう?」と可愛らしく言っていたけれど……、まず生け捕りから難しそうだ。あと王家の影とか、暗殺者とか、ああいう人達って拷問にかけられても口を割らないように訓練されてるんじゃなかったっけ?

 うーん。マリージュエル様を追い落とすのは大変そうだわ。





 安易にシャドーに声を掛ければ証拠を得られるかどうか、それは博打過ぎるかしら、などと考えつつ、今日も学園生活を送る。


 そろそろ学期末のテストがあるので、学園中がお勉強ムードだ。いつも夢女活動でキャッキャしている淑女科も、ロマンス小説の代わりに教科書を開いている。

 学期末のテストは全学科統一学力テスト+各学科向けのレポートや実技の形で行われる。淑女科ならマナーの実技だ。


 わたしももちろんテストに向けて復習している。

 成績のために学園に入学したわけではないけれど、成績上位者は生徒玄関前に紙に貼り出されるのだ。エル様の婚約者候補として恥ずかしくない成績を修めて、紙に名前を貼り出されたいという気持ちがあった。

 ……たぶんマリージュエル様に側妃候補扱いされて腹が立ったことも、わたしの闘争心に火を点けたのだろう。正妃としての能力はきちんとありますよ! と主張したいのだ。


 とりあえずテストに関する質問があるので、ダグラスを引き連れて本校舎にある教務室へ向かう。


 渡り廊下を通って本校舎に入り、前方に視線を向けると……ゴブリンクス皇子が居た。

 ゴブリンクス皇子も本校舎に用があったのだろうか。彼は淑女科の渡り廊下のすぐそばの壁に寄りかかり、俯いていた。


 シャドーにポルタニアの皇子に気を付けろと言われたせいで、妙に気になってしまう。いったいこのゴブリンに、見た目の恐ろしさ以上のどんな危険があるというのだろう……。

 ついジロジロ見てしまったせいか、ゴブリンクス皇子が顔を上げた。そしてハッとしたようにわたしの顔を見て、頬を赤らめる。


 目が合ってしまったのだから仕方がない。挨拶をしなければ、と微笑んで会釈をする。


「こんにちは、ゴブリンクス殿下」

「…………」


 返事は返ってこない。

 そのまま無視して視線を逸らしてくれればこちらも楽なのに、ゴブリンクス皇子はわたしをじーっと見つめ、結構な時間が経ってからようやくコクリと頷いた。一応挨拶を返してくれたらしい。

 ゴブリンクス皇子がオーク様と喋っているところを一度食堂で見たけれど、もっとこう、意地悪そうな雰囲気だったのに。なんなのかしら。

 そんなにわたしの顔が気に入ったのか、緊張し過ぎてお喋りできないとかいう感じなのか。そんなピュアさは無さそうだった気がしたんだけどなぁ……?


 これ以上会話が広がる気もしない。

 わたしは「お忙しいところお声をかけてしまい申し訳ありませんでした。失礼いたします」と言って早々に去ることにした。


 そのまま廊下をしばらく進んでから、ダグラスがこっそりとわたしに耳打ちしてきた。


「あの皇子、まだココレット様のことを見てるんスけど……」

「え、うそ……」


 びっくりして振り向けば、廊下の隅に立つゴブリンクス皇子がまだこちらを見つめていた。


 もしかしなくても、シャドーが忠告したのはこういうことだろうか。

 つまりゴブリンクス皇子がわたしに惚れていると?

 ……絶世の美貌を持って生まれましたけどね、オーク顔に惚れられるのも予想外ならゴブリン顔だって予想外なんですよ、神様。もうこれ以上モンスターはやめてください……。





 わたしの祈りは大変虚しく、それから学園内のいたる場所でゴブリンクス皇子に鉢合わせるという不幸が立て続きに起こった。

 それによくよく思い出してみたら、レイモンドとドワーフィスター様と一緒に図書館に居たときも見かけた気がする……。


 つまり、ゴブリン、お前もストーカーかよ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る