第74話 師弟関係



 焦げ茶色の短い髪にすこし日に焼けた肌、そして蠱惑的な金色の瞳。前世海外有名俳優だって彼の前に立ったら裸足で逃げ出してしまいそうなほどのワイルドな美貌。騎士として鍛え上げられた体はめちゃくちゃセクシーで、眺めているだけでその色気に酔ってしまいそうーーー十七歳になったダグラスはもはや至宝だ。


 わたしは白い騎士服に身を包んだダグラスを見つめて、うっとり至福の時を味わう。

 エル様、本当にありがとうございます。わたし、一度はダグラスを専属従者として雇おうなどと血迷ったことがありましたが、懺悔いたします。エル様が正解でした。色気たっぷりワイルド系騎士とかめちゃくちゃエロいです。最高です。エル様のご判断に間違いはありませんでした……!!


 今朝からのわたしの意識はそんなふうにダグラスに向かっている。

 ブロッサム侯爵家までお出迎えに来てくれたダグラスを舐め回すように観察し、淑女科の教室まで送ってくれたダグラスを瞳に焼き付け、廊下で待機しているダグラスの元へ休み時間ごとに会いに行く。実にこの世の春だわ。

 淑女科のみんなにはダグラスのことを「護衛としてエル様が付けてくださった」と説明しておいた。大半の女子生徒が顔を青ざめさせて貧血状態になり、ルイーゼ様は「私はオーク×ココ推しですけど、ええ、それは妄想の中でのことで、わたしはもう現実は理解しておりますから……!」と泣いたけれど、まぁとにかくダグラスに対する心ない言葉を言われなかったので良かった。

「オーク×ココ」はわたしに対する心ない言葉ですけどね、ルイーゼ様!


 まぁそれはそれとして現在、淑女科ランチ会が終わり残った昼休みをダグラスとともに中庭で過ごしている。

 ベンチに腰かけてルイーゼ様の新作『氷の公爵オーク様は甘味がお好き』の草稿を読んでいると、ダグラスが周辺をうろうろ歩き回り始めた。


「どうしたの、ダグラス?」


 気になって尋ねれば、ダグラスは困ったように首を振った。


「申し訳ありません、ココレット様。今朝からずっと影の気配はするんスけど、どこに隠れているのかまでは俺には特定できず……」

「え」


 予想外の答えにわたしは目を丸くする。

 何をしているかと思ったら、そんなすごいことを今朝からしていたのか……。

 わたしなんて今朝からずっとダグラスのビジュアルが良いとしか考えていなかったわ。


「力不足で本当に申し訳ありません……。師匠達ならすぐに影の居場所を特定して処分できるのに、俺にはまだ無理ッス。ですが、いずれ必ず奴を処分してみせますンで!」


 ダグラスに力強い口調で言われたが、なんと答えれば良いのかわからない。

 シャドーを追い払ってくれたら嬉しいけれど、ダグラスの言う“処分”は軽い意味ではないだろう。思わず口許がひきつってしまう。


「……ダグラスにあまり危険がないようお願いしますわ」

「善処します」


 ダグラス、それ日本人にとっては「無理です」っていう断り文句だからね?


 のんびり読書する気分ではなくなったので、わたしもダグラスと一緒に周囲に視線を向けてみる。頭上を覆うほどの樹木もあれば低木や花壇もあり、隠れる場所はどこにでもありそうだ。

 とりあえず近くの茂みに向かって「シャドー、何処にいらっしゃるの?」と声を掛けてみたら、ベンチの空いたスペースに突然赤い花が現れた。花壇で咲いていたアスターをむしって置いてくれたらしい。


「まぁ、本当にシャドーが居るのねぇ」

「ココレット様、気軽に影に話しかけちゃ駄目ッスよ!」

「気を付けるわ」


 花壇の傍に居たのかしら、と赤いアスターが群生するあたりを眺めていたら、突然近くでビュッと風を切るような音がした。


 トスッ!


 耳慣れない音がした方向に顔を向けると、樹木の幹に突き刺さっている小型のナイフを発見する。あまりのことに口をぱくぱくと動かしたが声が出ない。

 もしやシャドーがわたしへの牽制にナイフを投げたのか、と思ったら、背後から足音が聞こえてきた。


「チッ、逃がしてしまったか……」


 わたしとダグラスのもとに現れたのは、まさかの人物だった。


「サルバドル・インス君……?」

「はい。お久しぶりです、ブロッサム様」


 オーク様の婚約者候補とは名ばかりの護衛・ヴィオレット様の恋人。深紫色の髪と瞳を持つ平凡な顔の少年、サルバドル君がなぜかデーモンズ学園内にいた。

 いったいどう言うことなの。

 ヴィオレット様はわたしたちより一つ年下なので学園に入学するのは来年なので、従者であるサラバドル君も学園に来るのは来年からだと思っていたのだけれど違ったのだろうか。


 おろおろと混乱するわたしの前で、サルバドル君はダグラスに顔を向けた。


「おい、ダグラス。お前が付いていながらブロッサム様のお側近くまで“アイツ”を近寄らせるとはどういうつもりなんだ。気持ちが弛んでいるぞ」

「すみません、サルバドル師匠。つーかサルバドル師匠も影のことを知ってたんスね?」

「ああ。“アイツ”とは何度もやりあっている」

「流石っスね! 俺は恥ずかしながらまだ影の居場所さえ特定できないンす……」

「そうか、ダグラスはまだヴィオレットお嬢様から秘技を教わっていないからな。それに“アイツ”はヴィオレットお嬢様でさえ手を焼いているから、仕方がないかもしれない」

「そんなっ、ヴィオレット師匠でも影を捕まえられないンすか!?」

「ああ。だからとにかくブロッサム様に“アイツ”を近づけないようにするんだ。いいな、ダグラス」

「はい、サルバドル師匠!」


 ちょっと待って情報過多ですよサルバドル君!!! シャドーと因縁の仲っぽいんですけど何故なの!?

 あとダグラスと師弟関係を築いていたなんて、わたし知らなかったんですけどぉぉぉ!?

 昔からヴィオレット様たちと一緒に稽古をつけているなぁって思っていたけれど、上下関係はっきりしていたんですね!?

 ダグラスの方がかなり年上のはずだけど、年下に敬語を一生懸命使うダグラスも可愛くて萌えるわ!


「とにかく今は“アイツ”も撤退したようだ。今の内にヴィオレットお嬢様のもとで“アイツ”の対策を練った方がいい。……ブロッサム様、申し訳ないのですが次の授業をお休みできないでしょうか? あなたにも一度状況をご説明いたします」

「構いませんわ。わたしからも聞きたいことがたくさんありますので!」


 わたしはヤケクソ気味に頷いた。


 ココレット、今生初のサボタージュしまーす!

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