第64話 ダンスの合同授業
講堂の中を覗くと、すでに多くの生徒たちが集まっていた。たいていは淑女科と経営科で離れて待機をしていたが、一部の男女はすでにペアを組んで会話を楽しんでいる。婚約者同士か、以前からの知り合いなのだろう。
淑女科の女子が多く集まっているところへ移動しようと、ルイーゼ様を探す。学級委員長のように集団をまとめるのが上手な方だから、きっとみんなと居るだろうと思ったのだ。しかし見当たらない。
どうしたのだろうと講堂内を見回せば、壁際にルイーゼ様を見つけた。男子生徒と二人きりで会話をしている。
「ね、ダンスの授業では俺とペアを組もうよ。俺、ルイーゼがすごくタイプなんだ。めちゃくちゃ可愛い」
「まぁ! お上手ですこと! うふふ」
授業が始まる前にペアの相手を見つけられたらしい。相手の男子は結構なオーク顔だったので、面食いなルイーゼ様も嬉しそうだった。よかったよかった。
わたしが講堂の中へ入ると、途端に経営科の男子たちが静まり返る。淑女科の女子たちは嬉しそうに手招きをして「こちらへどうぞ、ココレット様」と迎えてくれた。
愛想良く微笑みながら女子たちのもとへ近づきつつ、わたし好みのイケメンをこっそり探す。……オーク顔率高くない? 経営科で一番オーク顔なのはルイーゼ様と一緒にいた男子みたいだけど、それでも全体のモンスター度ヤバすぎ。デーモンズ学園の名は伊達じゃないってことか……。
わたしは先程ウォッチングしたエル様のお美しいかんばせを心の防具として何度も思い返しながら、ダンスの授業に挑んだ。
▽
「ではさっそくペアを作ってレッスンを始めましょう」
ダンスの講師の言葉を合図に、わたしのもとに男子生徒がかなり殺到した。
「ブロッサム嬢! どうか俺とペアを組んでください!」
「いいえ、ぜひ僕と!」
「お願いします、ブロッサム嬢!」
目の前に広がるオーク顔集団に萎えそうな心を必死に励ましつつ、ペアの相手を吟味する。エル様レベルのイケメンと踊りたいなんて高望みはしないから、どうかもう少し目に優しい殿方を……!
「ブロッサム様、あなたのように美しい方を初めて見ました! どうか俺を選んでくださいっ」
オーク度の高い男子が役者のように大袈裟な動きで手を差し出してくる。きつい……と思いつつそちらへ顔を向けたら、先程ルイーゼ様とペアを組む約束をしていた男子生徒だった。オイ。
思わずルイーゼ様を目で探すと、彼女は怒りに顔を真っ赤にしてその男子生徒を睨み付けている。
「あなたは確か、ルイーゼ様とペアを組むお約束をされていたのでは?」
「俺のことはロバートとお呼びください、ブロッサム様!」
「……あなたはすでにパートナーがいらっしゃいますよね?」
「ブロッサム様にお会いする前のことはすべて忘れました」
なんなんだこの人。
そりゃあマラソン大会で「いっしょに走ろうね」って約束して最終的に置いていかれるのは許せても、「いっしょにペア組もうね」って約束破られたらどうすればいいんだよ。ペア探しってスタートダッシュが大事なのに。
ルイーゼ様も「はぁ?」と目を見開いてロバートを凝視している。周囲の生徒たちも結構引いていた。
あ。
見つけてしまった。引きつった顔をしている生徒たちの中に、なかなか素敵なイケメンくんを……!
わたしはルイーゼ様をほったらかした男子生徒を無視して、そのイケメンの手を取ることにする。
イケメンくんは遠巻きにこちらを見ていたが、接近してくるわたしに気づいて驚いたように顔を赤面させた。わたしがニコリと笑いかけると、夢か幻を見るような眼差しでこちらを見つめ、おずおずと手を差し出してくる。
「ブロッサム嬢、どうか僕のダンスパートナーになってください……!」
「はい。喜んで」
わたしがイケメンくんの手を取ると、ロバートと名乗っていた男子生徒が「なぜですかっ、ブロッサム様!」と悲鳴のような声を上げた。
「俺の手は取らずにそんな醜い男の手を取るだなんて、どうしてですか!?」
「まぁ、あなたは鏡というものを知りませんのね? そうでなければ醜いというのがどういうことか知っているはずですもの」
本当ならイケメン相手になに言ってるのかしら、と笑ってやりたいけれど、どうせこの世界の誰にも通じない。なので『あなたは心が醜い』という嫌味にとどめておく。
まぁエル様なら性格が悪くても全然平気なんだけどね。腹黒エル様とかめちゃくちゃ萌える~。イケメンは正義。
心の醜さは多分ロバートとどっこいどっこいなわたしに、周囲の生徒たちが賛同を送ってくれる。
「バトラス嬢とのお約束をあんな風に破るなんて紳士の風上にも置けないな」
「ルイーゼ様がお可哀想だわ」
「ココレット様のおっしゃるとおり、見た目の美しさよりもお心の美しさの方が大事ね」
ごめんなさい。わたしは見た目の美しさの方に心惹かれるタイプです。
そしてロバートはというと、周囲の非難にたじろぎ、「わかった、わかったよ」と言ってルイーゼ様のもとへ歩いていく。このままルイーゼ様に謝罪する流れだろうと見守っていれば、彼女へ誘うように手を差し出した。
「ルイーゼ、俺といっしょに踊ろう? 淑女科で二番目に綺麗なのはきみだからさ」
「結構ですわっ!」
ルイーゼ様はロバートの手をパァンッと叩いて払うと踵を返した。ロバートは「はぁ!? ちょっと待てよ!」とルイーゼ様の背を追いかけるが、ほかの男子生徒がすぐさま彼女にペアを申し込んで成立した。
淑女科全体を敵に回す発言をしたロバートはその日結局誰ともペアを組むことができず、ダンスの講師と組むことになり、公開処刑のような授業を受けさせられていた。
授業が終わると同時に、ルイーゼ様が講堂から一人で出ていく。このあとは昼休みなのでいつもならみんなで楽しく食堂へ向かうのだけど、そんな気分ではないのだろう。
わたしは周囲の女子生徒たちと目配せし、うなずいた。
「わたしが追いかけますわ。みなさんはこのあとのランチ、どうぞ楽しんでくださいね」
「すみません、ココレット様。ルイーゼ様をお願い致しますわ」
「元気付けてあげてください」
心配そうな女子たちに手を振ると、わたしはルイーゼ様を追いかけた。
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