第61話 入学式



 その後、ルナマリア様とミスティア様と無事に合流することができた。


 ルナマリア様は白いセーラー服はもちろん、二学年を表す青色のスカーフが彼女の吊り目がちなアイスブルーの瞳にとてもよく似合っていた。まるで彼女のためにデザインされたような制服である。

 十五歳になられたルナマリア様はストレートの銀髪がさらに伸びて腰辺りまで流れており、歩く度にキラキラと揺れている。身長はわたしより少し高いくらいで、とても華奢な体型をしている。胸はまだ発展途中みたいだが、その形の良さは制服の上からでもわかるほどの美乳だ。素晴らしい。

 ルナマリア様は幼い頃と変わらず無表情が常態だが、彼女の纏う空気はとても穏やかだ。デーモンズ学園でもルナマリア様の感情の伝わりやす過ぎる無表情は広く理解されているらしく、在校生の彼女を見る目はあたたかい。乙女ゲームとかだったら『氷姫』とかあだ名されそうな悪役令嬢系美少女なので、周囲の人々の理解があって本当に良かった。


 十四歳のミスティア様もこれまた麗しくご成長された。

 艶やかな黒髪縦ロールとルビー色の瞳が、これまた白セーラーと一学年用の赤のスカーフにとてもマッチする。その上銀縁眼鏡属性つきだ。

 ミスティア様はまだ身長がそれほど高くはないが、彼女の魅力は溢れんばかりの色気にある。十四歳とは思えないほどの爆乳にエロすぎる腰のライン、ウエストと手首足首の折れんばかりの細さは多くの男性たちを魅了する。

 彼女の相変わらずのブラコンツンデレっぷりに、ミスティア様のお兄様になりたい男達が引きも切らない様子だ。彼女の優雅さに憧れる女の子たちも多い。

 ミスティア様も乙女ゲームなら『薔薇姫』とか呼ばれそうな悪役令嬢系美少女なので、味方がたくさんいてくれて嬉しい限りである。


「ココレット様……? どうかされましたか?」

「急に黙り込むなんて気持ちが悪いわよ。なにをお考えなの?」

「大丈夫か、ココ? 入学式に緊張してきたのか」


 わたしを覗き込んでくる三人の心配そうな様子に、ふっと意識を戻す。

 素敵な学園施設のせいか、ヒロイン系美少女ピアちゃんと出会ってしまったせいか、ついつい乙女ゲーム的思考になってしまったわ。


「ご心配をおかけして申し訳ありませんわ。……これからエル様のあいさつがあると思うと、つい考えてしまって」


 これは嘘ではない。

 わたしが隣に立っているならわたしの笑顔でエル様の印象を誤魔化すことができるけれど、今回は舞台の上と下に別れていてお傍には行けない。そんな中でエル様のお顔に過剰に反応する生徒が現れたらどうしよう、という不安は拭えなかった。


 わたしの言葉に、入学式の行われる講堂へ移動途中だった三人は、それぞれ思案気に頷いた。


「ああ……っ! やはりフィス兄さまをせっついて、眼鏡型魔道具の量産体制を整えるべきでしたわ! ワグナー公爵家の勢力を挙げてでもっ!」

「デーモンズ学園の在校生は皆素晴らしい方々ですから、ラファエル殿下のご尊顔を拝見してもきっと自戒してくださる……はず……」

「今からでも俺が兄君の傍に立てるよう、教職員たちに頼むべきかもしれん」

「オーク様、今から段取りを変えられては式の進行の妨げになりますわ」


 エル様の隣はわたしのものだからね、とオーク様に突っ込みを入れる。


 そんなふうに四人でエル様のことを心配しながら、講堂へと辿り着く。

 ドーム型の屋根が美しい講堂には細かな彫刻が刻まれた扉が付いていて、入学式のために開け放たれていた。新入生や在校生がその中へ吸い込まれるように入っていく。


 オーク様と共にわたしたちが現れると、生徒たちが次々に道を開けていく。その中をオーク様が先頭になって悠々と進む。学園では生徒はみんな平等ということだけど、やはり建前だなぁと感じる。

 ふと思って先程のピアちゃんを探したけれど、見つからなかった。

 でもドワーフィスター様は見かけた。お元気そうでなによりである。


 ルナマリア様に案内されて所定の位置にある椅子に腰をかける。最前列の席だ。王族のオーク様、公爵家のミスティア様、そして侯爵家のわたし。王子と婚約者候補の令嬢の後ろの席は、貴族の序列通り席が続く。

 スカートのシワに気を付けながら腰を掛け、わたしたちは静かに入学式の開始を待った。





 式の最初のほうでさっそく、エル様の新入生代表のあいさつが始まった。


 悲しいことに心配していた通り、エル様が壇上に現れたとたん周囲がざわめく。十一歳の時のお茶会の時ほどではないが、悲鳴を飲み込む音があちらこちらで上がり、椅子の足がガタガタと震えた音を立てる。

 エル様は動じないようにポーカーフェイスを浮かべてはいるが、その拳が固く握られていた。


 ああ、エル様のピンチだ……! やるしかないわ!!


 わたしは椅子の上で姿勢を正し、ゆっくりと振り返る。

『ただ周囲の物音が気になっただけ』というあどけない雰囲気で、そっと。

 小首をかしげ、ローズピンク色の髪を一房耳に掛けたりなんかして、周囲を見回す。

 そうすれば狙い通りーーー全校生徒の目がわたしに向いた。エル様のご尊顔に吐き気を堪えていた女子も、青ざめていた男子も、みんな、最前列に腰を掛けていた絶世の美少女に気が付いて息を飲む。

 わたしはダメ押しとばかりにふわっと微笑むと、また優美な動作で前を向く。


 無事任務終了だ……!


 もはや誰もエル様のお顔を見ていない。

 ただわたしの背中が焦げそうになるほど視線が集中していた。


「よくやったぞ、ココ」

「お見事ですわ」


 隣でオーク様とミスティア様が微笑む。

 壇上ではエル様が穏やかな視線を一度だけわたしに送った。


 こうしてエル様のあいさつは一人の退席者も出さずにすみ、入学式は滞りなく進んだ。

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