第8話 幕間(魔界の女帝)
私の魔王軍再建計画を受け入れるどころか、逃げ出すとはね。
まったく、困った坊やだよ。
反抗期は己の意志の芽生え。これも、大人の階段を一歩登ったと思えばいいことなんだろうが……
「勇者フリードの弟子になるねぇ……そんなこと、世界が許すと思ってんのかねぇ」
シィーリアスは戦争にも参加させてないし、大きな実績があるわけでもない。
王子という肩書があっても、魔界でも地上でもほとんど無名だ。
しかしそれでも、闘神・オートンの息子となれば話は変わってくる。
それこそ、将来の禍根を危惧した者たちの暗殺や、取り入ろうとしてくる屑共が出てくるかもしれない。
だからこそ私は、あいつを大事に大事に籠の中で飼って育ててきたってのに、ママの愛情を分かってくれないのは悲しいねぇ。
「女王陛下、いかがなさいましょうか? 王子が家出など……すぐに軍を率いて取り戻さねば!」
大体、何が不満だってんだい。
魔界でも評判の美貌を誇るジェノサリアの妹と子作りに励みながら、私たちの手で最強の魔王へ育成するという話に。
それどころか勇者になりたい?
まったく……
「嗚呼……まったく、無垢でかわいいねぇ、我が息子は。血の繋がりが無ければ抱いていたよ♥」
まったく、かわいすぎて喰いたくなってくるよ。
「あの無垢な瞳が、心が、人間どもに触れることで闇落ちして歪んでしまう……その瞬間を想像しただけで濡れてくるよ。嗚呼、見たいねぇ! 嗚呼、嗚呼!」
口角が吊り上がるのを抑えきれないほど、私は興奮してしまった。
「王子が闇落ちして歪む……女王陛下はそうお考えですか?」
「あん? そんなの、当たり前じゃないかい。人間ほど矛盾した悪意の塊はいない。絵本の世界でしか人間を知らないあいつは、必ずや絶望と失望を抱き、そして人類を滅ぼす意思を持って帰ってくる! 分かるさ。なんてったって、あいつは私の息子だからねぇ!」
「そうですか……」
「それに、勇者フリードは……多分、あいつが考えているような勇者じゃない……それはあんたも分かっているだろう? あいつは勇者と呼ばれてはいるが、絵本に出てくるような勇者とは違うタイプ。その時点であいつとは合わないかもしれないしねぇ」
「なるほど……確かにそうですね。理想を抱く王子に、ここはあえて現実を見せると……」
そう、シィーリアスが抱いている勇者像は大体わかっている。
そして、私は勇者フリードがどういう奴なのかも分かっている。
確かにフリードは強い。
魔界史上最強とも言われたオートンでも勝てなかった。
だけど、あいつは強いだけで、その心の在り方は勇者とは程遠い。
だからこそ、私もあまり心配はしていなかった。
ただ……
「しかし、王子が奴らに……命を狙われる可能性もあります。王子はA級の力を持っておりますが、流石に勇者フリードやその仲間たちに命を狙われたら……」
私としてはシィーリアスが反抗して家出したことは、ある意味で成長だとプラスで考えてはいるが、ジェノサリアの言うように闇落ちする前に命の危機に晒すようなことはしたくない。
ならば……
「なら、あいつの護衛として、お前もしばらく地上に赴任するかい?」
「え……わ、私もですか?」
「ああそうだ。地上に出て、不安で仕方がなく涙目になったあいつを助けてやってみな? そうしたら……『おにいちゃん』なんて呼んでくれるかもしれないよぉ?」
「っっ!??」
かわいい子には旅をさせるが、安全は確保してやるのも親の務め。
なら、自由にさせてやる代わりに、信頼できる護衛ぐらいは傍につけないとね。
その点、ジェノサリアなら……
「女王陛下……ふふ、はは、……はあ、はあ、はあ、はあ……よろしいのですね?」
「ん~?」
「お、お兄ちゃん……ついに、私も……お兄ちゃん……最愛の妹と崇拝する王子の兄として……生まれてくる可愛い甥か姪、あわよくば両方に囲まれて……っ、至福!」
私好みの歪んだ目。
普段はクールな美形剣士として魔界の女どもを虜にしちまう男のくせに、どういうわけか「お兄ちゃんになりたい」という良く分からん欲求を抱いている変態だ。
「地上なら、部下の目もない……はあ、はあ……一日中王子を、いい子いい子して……王子のお兄ちゃんに……ふっ、私としたことが……行きましょう!」
まだ身長が私らの腰元ぐらいしかなかったころから、シィーリアスを弟にしたくて病まない、病み切ったジェノサリア。
「では、王子! 今こそお兄ちゃんが行きましょう!」
それゆえに、シィーリアスに降りかかるあらゆる危機も捻じ伏せるだろう。
魔界でも数えるほどしかいないS級魔族であるこいつなら……
「では、女王陛下! 私はすぐに地上へ向かいます! 王子のことはこの私にお任せください! 王子の無垢な貞操は我が妹のために! 誰にも譲らん! 誰にもワタサナイ! 王子は私の弟だぁあ!!」
「ふふふふ、さぁ、行ってらっしゃいだねぇ♡」
さぁ、楽しませてもらおうじゃないか!
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