第17話 「力の差」
佐伯は、首を回し骨をならす仕草をみせている。
そして佐伯の表情は、まるでプレゼントの箱を開ける前の楽しみでしょうがないと言った表情だ。
「楽しそうだね」
「まぁな。最近骨のあるやつがいなかったからよ。久々に本気で戦えると考えるだけで楽しくてしょうがねぇ!」
「君は、よっぽど戦うのが好きなんだね」
「あったりめぇよ! つえぇ相手をぶっ飛ばす事で俺は常人より優れた力を持っていると再認識できるからなッ!」
絆創膏君の態度やメガネ君の話で、俺は佐伯一派のトップであるこの青年が
戦いが楽しいかぁ。
そんな感情を持ったことがないから分からないなぁ。
俺は、毎日を生き抜く為に戦う事しか選択肢がなかった。
息をする様に淡々と敵を葬る。
俺にとって戦いは単なる作業なんだ。
それは団長に拾われてからも同じだ。
だからなのか、こんなに俺との戦いを楽しみにしている佐伯が――
「羨ましい」
自分の口から他人を羨む言葉がこぼれた事に驚く。
「ハン? 何が羨ましいんだ?」
そんな俺を訝しげな面持ちで見る佐伯に何でもないと返す。
「よぉし! こっちから誘ってわりぃが、女を待たしてるんだ。さっさとヤろうぜ?」
「うん、いつでもいいよ」
スーっと重心を落とす佐伯に対して俺は特に何もしない。
「佐伯さん、そんなやつ秒でヤっちゃってくださいよ!」
「いつもの圧勝劇みせてくれよ!」
絆創膏君を始めとする佐伯一派の声援。
完全アウェイとはこういう事なんだろうなと思っていると「いっくぜッ!」と佐伯が俺に向けて突っ込んでくる。
アークを使ってはいない。
単純に己の身体一つで突っ込んできている。
「まずは、小手調べってところかな?」
ある程度間合いを詰めた所で佐伯は俺の頭部目掛けて拳を振り下ろす。拳を軌道を目でなぞる様にして躱す俺に向けて続けざまに佐伯は拳を繰り出す。
言うだけあって
俺は両足を地面につけたまま状態を反らす。
ボクシングでいうところのスウェーイングだ。
パンチだけでは埒が明かないと思ったのか、佐伯は時折キックをも織り交ぜた攻撃パターンに変えるのだが、だからと言って佐伯の攻撃が俺に届くわけではない。
攻撃を止め、佐伯は再び俺と距離を取る。
「俺の攻撃がかすりもしないなんてよ! やべぇな、お前!」
と上機嫌な佐伯に対して、
先程まで鬱陶しいヤジを飛ばしていた外野からは「佐伯さんの攻撃が当たらないなんて初めて見た」など、今この場所で起こっている事が信じられないと言った反応を見せている。
「こんなもんじゃないよね?」
「ハン! 言ってくれるじゃねぇかああッ!」
佐伯の手に魔方陣が宿る。
アークを使うのだろう。
佐伯のアークは……見たことあるやつだ。
確か自分の周囲の重力を操れる【
かなり使い勝手のいいアークだ。
まぁ、俺には無意味だけどね。
「
佐伯が、振り上げた手を下ろすとズッシリとした重力が俺を襲う。
そして、佐伯は重力操作をうまく応用した反発力を自分の身体に加えて先程とは比べ物にならない速度で俺の方へと向かってくる。
相手の動きを重力によって鈍らせて自分の速度を高める。
悪くない戦い方だ、でも。
「俺には通じないね」
正直、無数にある俺のアークを使えば瞬時に佐伯を葬る事ができるだろう。
しかし、俺は一応【
【
俺の戦闘力があれば普通の学生生活を送る中で一番無難で使い勝手の良いアークだと言える。
俺は身体強化のアークを発動する。
佐伯の重力によって押し潰されていた身体が羽の様に軽くなる。
そして、佐伯の攻撃を先程と同様に往なしていく。
「――なッ!?」
上級アークを発動したにも関わらず自由自在に動けている俺に佐伯はさぞ驚いているだろう。
現に先程まで余裕の笑みを浮かべていた佐伯の表情が驚愕の物に染まっている。
それでも流石というべきか。
すぐにスイッチを切り替えた佐伯は両腕を横に広げる。すると、道場内に装飾品として置かれていた甲冑や刀が宙に浮く。魔法陣から発生している無職透明の気の揺らぎ、一般的に魔力と呼ばれている物だ。それが、佐伯の両手と甲冑や刀に繋がっている。
重力操縦士が上位の【
以前、俺が倒した重力操縦士のアークマスターである傭兵のアークをコピーした際にあっさり自分のアークを使いこなしている俺をみて、この物質操作を取得するのに十年以上の年月を費やしたのにと嘆いて死んでいった。
そんな熟年の傭兵でも取得に十年以上かかったアークをまだ十代の佐伯が扱えている。
佐伯の突出した才能。それだけじゃないな、佐伯を見ていたら分かる。佐伯はその才能に胡坐をかかず血のにじむ様な努力をしてきたのだろう。
佐伯一輝は着実に階段を駆け上がり、あと数年もしない内にこの国の新たな特級アークマスターとなるだろう。
残念だが、その時に俺は生きていない。
あれ? 残念?
今まで自分の死に対してそんな事を思ったこと無かったのに……。
「考え事なんて、随分と余裕じゃねぇかッ!」
四方八方から甲冑や刀が襲ってくる。
刀が鞘から抜かれていない事にまだ甘いなぁと思いながらそれらを拳で叩き落とすのだが、命がある訳でもないので粉々に砕かない限り一度叩き落としても執拗に俺に向かってくる。
分かっている。
これはただの目くらましだ。
本命は――。
「もらった!」
佐伯が拳が眼前に迫ってくる。
少しだけ本気を出すか……。
一瞬で佐伯の背後に回り込む。
佐伯は俺が一瞬で消えたと思ったのだろう「なッ!? どこに消えやがった!」とかなり驚いている。
「誇っていいよ。一瞬だけでも
首元に手刀を叩き込まれた佐伯はその場で倒れ込んだ。
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