8-4 : 汽笛
◆ ◇ ◆
〈鉱脈都市レスロー〉を、南北に分断した大渓谷。
その北側――居住区の窓ガラスがガタガタと揺れた。
すべての住人が屋内退避を続けて早丸二日。
ゴーストタウンと化した通りに、人の息遣いは聞こえない。
迷路のように入り組んだ街の中心――汽笛で時刻を知らせる〈汽笛台〉もまた、その沈黙のなかにいた。
それを見上げる、大きな人影。
頭に包帯を巻きつけた、クマ社長だった。
「ほぁー……サイハん奴、派手にやりおったんなぁ」
ぽっこりと出たお
今は〈レスロー号〉と名を改めた、元は飛行機の、その残骸置き場となっていた
およそ二十年前、この地へ不時着した衝撃でバラバラになってしまった飛行機を
「よぉ、お前さん、見とるけ……サイハがよぉ、飛ばしよったでやぁ。だんれも直し方がわからんで、部品もなぁで、もう飛べっこねぇやで言うとった、お前さんの相棒をよぉ……」
天に向かって
数秒後、ふぐふぐとしゃくり上げる声と、顔の半分を覆うごわごわの
「……あ゛の悪ガキがよぉ゛……とうとうっ……やりよったんなぁ゛っ……! お前さんの夢がっ、また飛んだんよぉ゛っ……サイハは立派な、お前さんの子だぁ……! うわっ、うわ゛ぁ゛っ!」
義父亡き後、父親代わりを勤めていたクマ社長の元から、サイハは文字通り、飛び立っていったのだ。
それが
「――うぉーい! クマ社長ぉー!」
クマ社長が
サイハのやらかす爆発に毎度文句を言っていた、
「見てくだせぇよこれ、〈汽笛台〉にぽっかり大穴が
窓から眼下に、改めて倉庫の有様を目にした
悪態が続くかと思いきや、次に
「……ぶっはははっ! そうだサイハ! こんの厄介もんがぁ! お前みたいなんを住まわせてやっとんだ。ちまちまやらずに、やるときゃこんぐらい派手にやれ!! ぶはははっ!」
愉快げに笑い飛ばしている
「汽笛屋よーい。サイハに一丁、届けてくれんやー」
その言葉にピンときた
「承知しやした! ここんとこ辛気臭かった分、派手なのかましてやりまさぁ!」
意気込んだ
間もなく〈汽笛台〉の煙突からぽっぽと蒸気が昇りだし、圧力を限界まで高めたそれが、一気に開放されて噴き出した。
プァァーン!
プァァーンッ!!
プァァアアアーンッッ!!!!
先ほどから大渓谷の彼岸、〈
そんなものに、なにくそ負けて
それは〈鉱脈都市レスロー〉の上げる声となり、遠く荒野の
この汽笛の音色が、大切な人の所まで届くようにと。
◆ ◇ ◆
――大渓谷、南側。
……ズッドオォーンッ!!
露天鉱床は、揺れに揺れていた。
サイハの眼下で
それは霧深い山で出くわすという、
ただ、今眼前にあるのは光と影の
それは決定的で致命的、絶望的で破滅的な差異である。
影が腕を持ち上げるに合わせ、変形した〈
それがズオッと振り下ろされれば、巨大な拳が鉱床斜面に突き刺さり、岩雪崩を
「うらぁぁああっ!!」
ビル巨人の長大な腕。
中空に架かったその橋を走り抜けるは、大剣〈粉砕公〉を握るサイハ。
「ドブネズミがちょろちょろと……近づけさせるな、ルグント」
サイハの駆け上がるビル巨人の腕のつけ根、CEO室でジェッツが言い捨てる。
右手に載せた日時計を掲げて。害獣は払い飛ばせと。
「はい。少々揺れますので、振り落とされませんようお気をつけください」
その上にいたサイハに、強烈な遠心力が襲いかかる。
「ぬぉ!? お、落ちる……!」
「――チンタラしてンなよオラァ!」
サイハの手元で、
リゼットの第一の権能、〝形態制御〟――
それがサイハが振り落とされるより先に働き、鋭く突き出された剣先がビル巨人の岩肌へ突き立つ。
頑丈さはピカイチの
しかし、そうしたところでブンブンと腕を振り回すビル巨人は止まらない。
右へ左へ、上へ下へとやられるものだから、しがみついているサイハの身体は宙に浮いて踊り狂った。
「う゛っ……目が回る……き、気持ちわり……」
三半規管がシェイクされ、サイハが血の気の引いた顔でうっぷと
「オ、オイィィッ!? 吐くなヨ! 絶対吐くなヨ?! アタシにブッかけやがッたら承知しねェぞテメェ!」
ビル巨人の腕が真上に上がりきり、放物線の頂点で一瞬の静止へと至ったのはまさにその瞬間だった。
「おぇっぷ……い、今だ、リゼット……!」
このままでは日食に至り時間切れ。あるいはゲロ
「言われなくッたッてェェエッ! オラァッ! 《
ガルンッ!
リゼットの深奥、神秘機関に火が
岩肌に突き刺さっていた大剣がバカリと展開し、
ビル巨人が真上に挙手した状態からの自由落下――つまりそれは、つい先ほどまでサイハたちの頭上にあったCEO室が、このときだけは眼下に位置取りを変えているタイミング。
端からこれを狙っていたというのではない。
サイハにもリゼットにも、そんな戦術性はない。
すべては出たとこ勝負のなりゆき任せ。
計算尽くであるかどうかは問題ではなく、
それがこの
経緯はどうあれ、この強襲は意表を突くには十分だった。
事実ジェッツもこの瞬間まで、まさか街一番の高所に陣取る自分の更に上を、サイハたちに取られるとは思ってもいなかった。
「お前みたいな開き直った勢いだけの考えなしが、一番やり
ジェッツが
いっそ半端に悪知恵を働かせてくれれば、俺のペースに
重力が、〈粉砕公〉を振りかぶったサイハを加速させる。
真っ
「毎度毎度、懲りもせずに正面から……!」
普段の冷徹なジェッツであれば、サイハの
その上で、完璧に処理しきっていただろう。
が、今のジェッツには、それができなかった。
これまで徹頭徹尾、ヘビが獲物をじわじわと毒牙にかけるかのごとく対処してきたのとは異なり、今のジェッツは純粋な力でサイハをねじ伏せることに執着しすぎていた。
ルグントもビル巨人の使役へ出力を回しきっており、〈
「ジェッツ、お下がりください」
主を守らんと、ビル巨人の
「しゃらっくせぇ! そんなもんでぇ!」
「モロトモぶち抜いてヤるゼェ!」
バチリッ!
ギュイィーン!
リゼット第二の権能、〝粉砕〟。
あらゆる物体を粉々に打ち砕くその一撃が、落下の勢いを乗せたフルスイングとして振り放たれ――
ズドンッ!
一撃必壊の強打が
プシュー! っと
サイハにもリゼットにも、それは確かな手応で。
やがて、蒸気が風に散る。
「――っ!」
刹那。
誰よりも先に反応したのはサイハだった。
サイハがビル巨人の
コンマ数秒差。
サイハたちの眼前で、岩の拳がグシャリと握り締められた。
「!!??
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