6-4 : もう一つの、
「……変形しろ……リゼット……」
サイハの冷めきった目が、リゼットを見下ろした。
リゼットの身体は、彼女の意思とは無関係に、サイハの足元へ膝を突いていた。
その屈辱に、リゼットの深紅の瞳がメラと燃える。
「サイハ、テメェ……! ンだその態――」
「黙れよ」
「……っ!」
その冷たい声が、リゼットの胸にグサリと突き刺さった。
まるで、「道具が
サイハの暴走した意志で無理やり
リゼットの白く薄い女の肌に、サイハの硬い男の爪がガリッと食い込んだ。
「痛ッ……」
リゼットの顔が苦痛に
「……ッ! ざッけンな! ナニしやがる!」
「変形しろって言ってんだよ! オレじゃ、ジェッツに届かない……お前を、使わないと……!」
また……。
そう言うサイハの目は、また。
やはりリゼットのことなんて、全く見ていない。
その目に映っているのは、〈粉砕公〉という名を頂く、あの機械仕掛けの大剣だけ。
リゼットはそのことに、自分でもどうしてかわからないほど、腹の底が煮えくり返った。
「アァ……ソォかよ!」
いつかとは逆に、サイハに束縛されるリゼット。
そんな彼女が精一杯の抵抗を見せ、自由の利かない身体で中指を立てた。
「だァれが! テメェなンかに――」
「うるせぇ! お前の意見なんか! どうでもいいんだよっ!」
ガッ! と。
サイハが、リゼットの言葉を遮り。
「――お前なんか……! さっさと、こうしとけばよかったんだ!」
リゼットの声は、もう返らなかった。
力任せに引き寄せられる身体……
無理やり押しつけられた唇……
ガチリと歯と歯がぶつかり合う音がして、口の中が切れて……
苦い、鉄の味がした……。
強制接続。
それも何も見えてなんていない、壊れてしまいそうなほど乱暴な。
――……ッ……チックショ……。
〈霊石〉の放つものと同じ、青白い
――……ンッだよ……クソッタレ……。
目を
リゼットはもう、何も考えられなかった。
――……こンなの……ヒデェじャんか……。…………――。
◆
「――おーおーおー……どっからツッコめばいいんだ、こいつは?」
光の奔流に目が
光のなかで、何かか鋭く翻る気配。
「……――ジェッツぅぅう! うらぁぁあっ!!」
光のなかに人影が浮かび、大剣を振り上げたサイハが突撃してくるのが見えた。
握られているのは、銀色をした
曇り濁った剣身の。
「そいつが、てめぇの得物ってわけか……」
十年前の事故で負った心の傷と
その目はサイハを容易に見透かす。
が。
それにも増して。
ジェッツの直感が、警鐘を鳴らした。
――〝やばいぞ、避けろ〟と。
「っ……ちぃっ!」
至近距離での最小回避と、そこからの
ズガンッ!
サイハが大剣を
「こいつは……!?」
それは想像を優に超えた破壊力。
受け身を取ってスーツを
「この〈粉砕公〉は……強度なんて無視してどんなもんでも粉々にぶっ壊す。こいつさえ、こいつさえあれば! ジェッツ……お前を、ぶちのめして……!」
ジェッツの顔が
一歩。一歩。
もう急がない。
手負いの獲物をいたぶるようにゆっくりと。
ゆらり。
ゆらり。
力を手にしたサイハが、うすら笑いを浮かべてジェッツへ迫る。
「そんな……そんなことが……っ!」
ジェッツの声が震える。
そして一呼吸置いて、それに続いたのは。
「……く……くくく……はははは! ははははははっ!!」
続いたのは、頭を抱えて笑い転げるジェッツの異様だった。
「何がおかしい……!」
神経を
「ははははっ! ……ああ、こいつは……サイハぁ、とんでもないもんを盗み出してくれたもんだ……そのリゼットとかいう〈
狂ったように笑い転げるジェッツ。
もう、サイハは聞く耳を持たなかった。
物言わぬただの道具と化したリゼットを振り上げて、憎い
サイハの殺意は、既に一線を越えていた。
「――くたばりやがれぇぇえ! ジェーッツ!!」
ジェッツの眼前に、〝死〟が見えた。
しかしジェッツは、その場から一歩も動かず、ただひたすら笑い続けた。
そんな男を
リゼットに
興奮した意識のなかで、サイハの耳にジェッツと秘書の会話が届く。
「はははっ! はははは!! ……なぁ、来るのが遅いわけだが?」
「申し訳ありません、CEO。リゼット様に、少々深手を負わされまして」
「あ、そう。……無駄に長引いた。いい加減終わらせる」
「かしこまりました」
そして、このとき初めて――
サイハは、秘書の男と真正面から顔を突き合わせた。
………………………………………………………………それは、顔のない男だった。
いや。
顔は、
目も耳も。
鼻も口も。
間違いなく、そこにあった。
しかし……
いくら凝視しても、
決して覚えられない顔。
寒気を覚えながら、止まらぬサイハが大剣を秘書へ
「……ふぅーっ……」
秘書の男が
「――……しばし、そのままお待ちいただけますか、スミガネ様――」
秘書の、涼しい声が続く。
その〝認識できない顔〟は、先のリゼットとの交戦で鼻が折れていた。
肘を砕かれた左腕も、痛々しく揺れていて。
そんな満身
「――すぐ、
採光窓から差し込む陽光に照らされて、ロビーに長い影が伸びた。
その影が、突如――――
ゴキ……ボキ……。
ゴリッ……メシリッ。
痛々しく
それは
「ああ、申し遅れました……」
秘書の左腕が、上下左右に暴れ回った末に骨を
「本来は、名乗るほどの者ではないのです。ええ、何分、秘書ですので……」
曲がっていた鼻筋は通り、だらりと垂れていた首も数回ほど振り回されると据わりが良くなり、何事もなかったように背筋を伸ばす。
襟を正して、ネクタイを締め直して――
「――わたくし、
青白い
それはサイハが知っている光よりも、少しだけ暗い光。
「サイハ・スミガネ……面白いものを見せてもらった」
ジェッツの
「だがそれも、もう終わり――――既にお前は、俺たちの術中だ」
そしてジェッツの
不均一な目盛りが刻まれた円盤。
中央には三角形の柱が突き出して。
それは、〝日時計〟。
太陽が作り出す影によって時を計る、原始の機械。
技術遺物。
リゼットとは別の――――――――――――もう一つの、〝ヒト型〟。
「……っ!?」
サイハは
秘書が現れて。
ルグントと名乗り。
日時計へと変形するまで。
そこには大剣の一撃を
しかしその間…………
ドカと乱暴に、革靴で蹴り飛ばされる。
何が起きたかわからないまま、転げたサイハが顔を上げると……
手放してしまった大剣だけが、空中にびたりと張りついていた。
「〈粉砕公〉リゼット……確かに、返してもらったぞ」
ジェッツが黒鉄の爪を生やした指先で、大剣の腹を
女体を
「あぁ、だけどなぁ……俺は既にルグントの
ジェッツが大剣の柄に手をやり、握り締め、感触をみる。
「惜しかったなぁ……リゼット。最初にお前に巡り会えていれば、こんなに時間を浪費することもなかったろうに……」
そしてジェッツは、興味を失ったように大剣から指を放した。
「まぁ、ゴミはもうどうでもいいや…………………………………………へし折れろ」
ミシ……ミシッ。
それは、大剣が
ジェッツは指一本触れていないにもかかわらず。
傷一つつけることもできないはずの、絶対
少しずつ少しずつ………………壊れていった。
フレームが徐々に
内部機関が
バチバチと、火花が
〝彼女〟の悲鳴は聞こえなかった。
けれど、聞こえないからなおのこと…………その有様は、痛々しくて。
「! やめろ……やめろぉっ!」
はっと我に返り、サイハが泣きつくように地面を
「リゼットが……そんなことしたら、リゼットがぁ!」
それを見やるジェッツの表情は――無情だった。
「今更モグラがぴぃぴぃ鳴くな。これもお前が招いた結果の一つ。聞かせてやっていたわけだが?
ジェッツが、サイハの見ている前で突き出した拳をぐっと握る。
……バギンッ!
大剣のフレームがひしゃげて、中から砕けた歯車が、まるで臓物のように飛び出すのが見えた。
「……やめてくれぇぇえっ!!」
「――サイハ! 走れ!!」
背後からそう叫んだのは、エーミールだった。
「ヤーギル!
「ケロロ! 合点ですぞ!」
エーミールが懐から一発の弾丸を放り上げた。
陽光でも〈霊石〉のものでもない、目の
それまで空中に浮いたままでいた大剣が、カランッと床に落ちる。
「今だ! ヨシュー、行ってくれ! リゼットを!」
「は、はいぃ! わひゃぁぁぁああっ!!」
エーミールの合図に従い、ヨシューが震え声を上げて突撃をかける。
「走れと言ったのが聞こえないのか、サイハ!! 撤退だ! 逃げるんだよ!!」
駆けつけたエーミールが、サイハの腕を
「君にはもう! 何も任せられない!!」
「う……あ……!」
……サイハは、まるで手を引かれるままの幼子だった。
戦意も意地も、怒りすらもジェッツにへし折られたサイハには、エーミールの背中をただ追いかけることしかできなかった。
そこへ。
「ちっ……こんなときに〝時間〟が来るか……運が良いのか悪いのか。やれやれだねぇ、全く……」
すべてを理解しているのは、一人〈
「リミッターの解除を確認しました。
ジェッツの
「
ジェッツは逃げるサイハたちを追うこともしなかった。
すべての縁を絶つように、一人、エレベーターへ乗り込んでゆく。
「〈
「かしこまりました」
……サイハたちの殴り込みは――――――――そのようにして惨敗に終わった。
◆
その日、月が太陽を遮った。
雲一つない真昼の荒野に、夜の
部分日食。
〈鉱脈都市レスロー〉の南半分が、その天体現象によって闇に
〈
皆が異変を感じて街の中心、居住区への避難を果たす。
そして、日食が晴れた後の世界は一変していた。
居住区と南採掘区(PDマテリアル)との境界に、東西数百キロメートルに渡って深い地割れが走っていた。
鉱脈都市と露天鉱床とを隔てる、大渓谷が出現したのである。
まるで、あの世とこの世を分かつ大河が枯れ果てたかのような。
彼岸にはジェッツと、そのバディであるヒト型
それから、ついにサイハには再会すら果たせなかった、メナリィだけを残して。
荒野に浮かぶ陸の孤島はそのようにして、行き来の
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます