★Step38 フィールドワーク

朝食が美味しいと感じるのは、皆が初めての経験かも知れませんでした。空腹は、食べ物に対する一番のスパイスでした。皆、メイおばさんが出した物を美味しそうにたいらげます。それを見たメイおばさんは、皆に向かって言いました。


「やっぱり、体を動かすのは良いでしょう?特に若い頃はね」


確かにこの充実感は癖に成るかもしれないと思いました。頭だけで考えるのでは無く、それを行動で示す。重要な事だと皆、感じた様です。朝食が終わって皆で暫く休憩ひた後。六人は蓋手に分れます。三人組は牧場の整備、南、夏子、リンダは収穫直前の麦畑に出掛ける事に成りました。


♪♪♪


都会っ子とは言え、男の子は押し並べて、機械に強い物の様です。ミルおじさんから一時間ほどレクチャーを受けた南は、大型コンバインの操作方法をマスターした様でした。今日はこれから一日、麦刈が続きます。


「南、がんばれ~」


刈り取りが終わった畑の上で、リンダと夏子が南の様子に声援を送ります。


「やっぱり、頭の良い子じゃな」


ミルおじさんの正直な感想でした。一度教えただけで、全てマスターしてしまうんだそうで、ミルおじさん曰く、大きな戦力に成るだそうでした。リンダと夏子は、コンバインが刈り取った残りの麦藁をトラックで回収します。大きな束に纏められた麦藁を積み込むのは、結構な柔道ろうです。


「ダイエットに良さそうね」


汗だくの夏子が首にかけたタオルで顔を拭きながら、ちょっt辛そうな表情をリンダに見せましたがリンダは慣れているからか、全く動じません。


「これ位、へーきへーき」


相変わらずの笑顔です。夏子はリンダに励まされながら、ちょっと危ない手元、足元で作業を続けて行きました。


♪♪♪


重労働の一日は何とか終わり、夕食も済んで、夏子と南は母屋を出て降り出しそうな位綺麗な星空を見に、二人連れ立って母屋を出ました。


「う~~ん、まだ、筋肉が張ってるわ」


夏子が自分の腕を自分で揉みながら、ちょっとぶ~たれた表情で南に向かって、そう言いました。


「なんだ、ダイエットじゃぁ無かったのか?」

「もう、ダイエットどころか、筋肉付いてマッチョマンになっちゃいそうよ」


夏子は微笑み、そう言いながら南の顔を横から覗き込みます。その笑顔は、地球では見せた事の無い、安心しきった表情です。都会の夜は有る意味暴力的です。喧騒と闇の中に、何が潜んでいるのか予想がつきません。しかし、この星の夜は、穏やかで柔らかです。星達が見詰める甘い夜。こんな雰囲気は都会のネオンでは味わう事が出来ません。静かで空気が済んだ環境だからこその雰囲気でした。


「なんだよ……」

「ん、ちょっとね、顔色、少し良いかなって思ってさ」


夏子は南の髪の毛を掻き上げながら、ちょっと安心した表情でそう言いました。予想以上に暗い夜です。はっきりと確認できた訳では有りませんが目の輝きが、ぎらぎらの棘々から少し柔らかくなったなと夏子は感じていました。南は、母親が子供にする様な行動を取る夏子に、少し狼狽します。


「よせよ、子供じゃないんだから」


少し不満そうな表情でそう言いましたが、南にとって嫌な行動では有りませんでした。あったかい彼女の掌に安心出来るし、出来れば、もう少しこのままでいたいと言うのは、正直な気持ちでした。


「ねぇ、南……」


夏子の表情に、悪戯っぽいっ少女の顔が現れます。彼女は周りを見て、誰も居ない子尾を確認すると。


「ちょっと、失礼」


そう言って、南の唇に自分の唇を重ねました。南は全身がざわめく様な、感覚に襲われて動く事が出来なくなりました。闇の中では人間は大胆になる物だと言う事を南は知りました。夏子は南の唇から離れると、やはり悪戯好きの少女の表情で、南の頬にもう一つキスをしてから


「じゃあね、又、明日。寝坊しないでね」


そう言って、右手を振りちょこちょこと後ろを振り返りながら南の前から去って行きました。後に残された南は何が起こったのか理解出来ずに、その場に茫然と立ち尽くしました。


虫達の声が闇夜に響きます。


乾いた風は、火照った頬を優しく撫でて行きます。南は右手人差し指で、自分の唇を弄ってから満天の星を見上げ、夏子の行動の意味を改めて、考えました。


♪♪♪


次の朝は皆、悲惨な状況で台所に集まって来ました。


「くぅ~いてぇ~~」


田中が全身の痛みを訴えます。夏子も南も同じで、無事なのはリンダだけでした。要するに、筋肉痛に襲われた訳なんですが、こんな痛みは皆、初体験です。学校での体育の授業意外、目立って体を動かさない性で慢性的に運動不足。そんな人間が、いきなり力仕事をしたのですから、筋肉痛にも成るでしょう。


「はい、これ、結構効くから、塗っておくと良いわ」


そう言ってリンダはメンソールの香りがする痛み止めのスプレーを夏子に手渡しました。それを全員で使った物ですから、台所は、メンソールの香りで溢れかえります。ミルおじさんが台所に来て、その香りを嗅いで苦笑します。


「わしも、この仕事を始めた当初は、そうじゃったよ。筋肉痛が辛くてのう」


鈴木が痛み止めのスプレーを振りかけながらミルおじさんに尋ねました。


「しょうがないから、その前日以上に仕事をしたよ。かく慣れる為にね」


南がそれに関して蘊蓄うんちくを披露します。


「筋肉痛って言うのは、筋肉の筋が過重に耐えきれなくて何本か切れて起こる現象だ。それが繰り返されて筋肉が増えるんだ。だから、痛いのは我慢しろ」


と、言いましたが、南は昨日力仕事は殆どして居ません。コンバインの運転を日がな一日してましたので、体は殆ど使ってない筈なのに、mなと同じく筋肉痛に襲われています。どんだけ運動不足なんだか。夏子はそれが心配に成りました。


今日は昨日と入れ替えで、三人組が麦刈と麦藁集め、南、夏子、リンダが牧場の仕事です。


牛の世話は、地味に忙しい作業です。放牧したり、牛の体を拭いたりマッサージしたり、殆どの作業が人海戦術なので作業は大変です。牛達はボスが誘導するので、放牧自体は楽と言えば楽なのですが、問題は、その他の雑用でした。


牛の扱いに関して、南はおっかなびっくりでした。人間とのコミュニケーションがすら苦手な彼ですので、言葉の通じない動物などはかなり厄介な、奴らでした。どうやってコミュニケーションを取った物かと考え込んでいますが、ここでも、やはり女子の方が状況をふっ切ると言うか、順応すると言うか。夏子は牛に好かれるタイプなのでしょうか、何故か、夏子の言う事を牛達は良く利きます。夏子は何故か満足している様でした。


「私、この子達に好かれてるのかな?」


何故か分りませんが、夏子が牛達に囲まれてしまいました。その輪の外には、ボスがちょこんと座っています。ひょっとしたら、彼のサービス精神だったのかも知れません。


♪♪♪


暗く低い雲が農場全体を包み込みます。雷鳴は低く唸り、空気が強張っている様な表情を見せています。


「夏子、南、なんか通り雨みたい、一旦戻ろう」


リンダの指示で三人は揃って母屋に向かって非難しました。何も無い平らな土地です。雷は何処に落雷するか分りませんから、避雷針の近くに有る母屋に避難するのが一番の安全策です。空を覆う雲は、地上をも飲み込むのではないかと言う位、低く広がって行きます。まるで、映画の一場面を見ている様な光景でした。


「ああ、リンダ、大丈夫だった?」


母屋に入るとメイおばさんがリンダ達を迎えてくれました。


「通り雨じゃな。今日はこれで仕事は終わりだ。後は明日にしよう」


ミルおじさんがそう言って台所の方に向かってゆっくりと歩いて行きました。


夏子達五人は『雷雨』と言うのを経験した事が無い様でした。地球はほぼ完全に気象管理が行われていて、エアコンが効いた部屋にでも居る様な感じですから、雷等、生まれて子の方遭遇した事は有りません。皆これから何が起こるのか、興味深々、窓の外を眺めます。土埃の香りが辺り一杯に広がるのとほぼ同時に、バケツをひっくり返した様な雨が降り出しました。


穏やかだった農場の風景は一変して荒々しい様相を見せ始めます。南達は、窓の外をじっと見つめています。こんな激しい雨を見るのも生まれて初めてでした。そして、地球の気象管理システムの不況理を改めて感じました。


「凄いのね……」


コーヒーカップを両手で包み込む様に持った夏子が呟く様にそう言いました。


「これが、本物の雨」


南もこの光景に言葉が有りません。自然の咆哮は圧倒的で神々しくも有りました。地球では失われた原風景、雷鳴はずしんと腹に響きました。

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