★Step25 酔っ払い彼女

再び南の部屋。彼は何時も通り携帯を机に置いて授業の予習・復習を始めました。今日も両親は病院泊まりで帰って来ません。そして、光江も、知人に不幸が有ったとかで、家を空け、南はリンダと二人っきりで一晩過ごす事に成りました。


そんな中、携帯の着信音が部屋に響きます。相手は夏子です。南は昨日と同じく、めんどくさそうな声で、電話に出ました。


「なんだ、今、忙しいんだが…」


夏子の怒りメーターレベルがマックスに達しました。もう、爆発するのは時間の問題です。その時、南の部屋でドアをノックする音が聞こえました。


「なんだ…」


南は電話片手に椅子から立ち上がると扉に向かって歩き出しました。その様子は、電話越しに夏子にも丸聞こえです。


「あれ、電話?」


扉を開いたリンダの声も夏子に聞こえています。リンダは南に気を使って「後にしようか?」と言いましたがこう言ってしまったのです…


「いや、大した事じゃ無さそうだから…」


その声が夏子の怒り爆発スイッチを押しました。


「もしもし、悪いけど、後にして…」


南は電話を再び自分に耳に当てましたが、電話は既に切れていました。


「何なんだ?」


南は不思議そうな表情で携帯電話を見詰めました。


♪♪♪


夏子は自室でベッドに体育座りして、ぼんやりと携帯電話を見詰めていました。夏子は思っていました。心配して、南が電話をくれるのではないかと。


時間だけが過ぎて行きます。西日が部屋いっぱいに入って、あたりがほんのりオレンジ色に見えました。それでも電話は鳴りません。


「莫迦…」


南は頬を熱い物が伝わるのを感じました。あんな冷たい奴…もうどうでも良いや、そんな気持ちでいっぱいです。人間極限の怒りを感じると、逆に冷静になる物なのだなと感じていました。事実、自分で自分の姿が見えた様な気がしました。落ち込んだ私、暗い私、希望を失ってしまった私。色んな見え方がしました。でも、みじめなまま過ごすのは絶対嫌でした。夏子はぐしぐしと涙を拭くと、携帯電話を再び見詰め、ある番号を入力しました。


♪♪♪


午後11時を少し回った頃、南は相変わらず机に向かっていました。リンダも一緒です。その時机の上の携帯が鳴りました。相手は夏子です。南は、又かと言う表情で電話を取ると、リンダに少し待つ様に言ってから通話ボタンを押して電話を耳に近付けました。


「もしも…」

「はぁい、みなみぃげんきぃ?」


ちょっと呂律の回らない夏子の声が聞こえました。周りが物凄く騒がしくて、彼女の声も少し聞きとりにくかったのですが、一番気になったのが、彼女の妙なテンションです。


「おい、おまえひょっとして…」

「ええ、もう、よっぱらってま~~す」


彼女が電話に向かってふざけて敬礼でもしてる姿が想像出来ました。


「おい、おまえ、何やってるんだ?」


南は相変わらず冷静に彼女にそう話しましたが、夏子にして見れば、その冷静さが頭に繰るらしく、突然口調が変わります。


「あに、いってんのよぉ、まじめにべんきょうなんかひてるわけぇ、そんなことしてなにになるのよぉ」


南は思いました。酔っぱらっていると言うよりは、泥酔してると言った方が良い様です。 そして電話の声が又、突如変わりました。


「もしもし、南か?」


相手はどうも佐藤の様です。


「おい、お前ら、何やってんだ、そこ、どこだよ?」

「ああ、この前のクラブだ。夏子さんがどうしてもって言うから連れて来たんだけど、勝手にビール呑んじゃって…」

「莫迦、何やってんだ、学校にばれたら停学物だぞ」


再び電話の声が、夏子に変わります。


「な~にいってんのよ、ていがくがこわくていきていけますかってぇの、いいか、よくきけ…あたしはねぇ…からすやまみなみがねぇ、すきなのよ」


南は夏子の好きと言う言葉に一瞬心がずきんとしました。


「きいてっか、おい、で、だな、ここさいきんのきみのたいど…ひっじょーにゆるしがたい…な?」


完全によっぱらったおっさんの説教口調だった。自分の父親が少し酔っぱらった時に、そんな感じで話していたのを南は思い出していた。


「おい、夏子大丈夫か、ちょっと佐藤に代わってくれ」

「――やだね、いからきけぇ」


夏子は酔っぱらうと気が大きくなるタイプらしかった。いや、それだけ普段のストレスが凄いと言う事の裏返しなのかもしれない。だから、箍たがが外れた時の反動は大きくて、こんな風になってしまうのだろうか。


「あたしはね、もう、もう、あんたとつきあうのは、や・め・た。いい、わかった?」

「おい、夏子、しっかりしろ、佐藤と変わってくれないか。

「いやだね、ぜ~ったい、あんたのいうことなんかあ…」


夏子がそこまで言った処で佐藤が再び電話に出ます。


「南、申し訳無いけど、こんな状態じゃぁ、家に帰す事も出来ないだろ。だから、今日一晩、いや、酔いが醒めるまでで良いから、お前の家に置いてやってくれないか。今日、お前と、リンダさんだけだろ、家にいるの」


南はちょっと考えました。


「ああ、分った。これから迎えに行くから、暫く面倒見てやってくれるか」


そう言って南は電話を切りました。


「ちょっと出掛けて来る」


南はリンダにそう言うと、足早に部屋を出て行きました。

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