★Step7 ショッピングデイズ
早朝、リンダは上機嫌でホルスタインの『メグ』をブラッシングします。搾乳しながら牛達の体も綺麗にしてやるのです。リンダは牛達とこうして触れ合うのが好きで牛達の気持よさそうな表情はリンダを上機嫌にしてくれます。
そして今日はちょっとした変化が有ります。南がボスと戯れて居ると言う事です。細菌がどうたらこうたら言っていた神経質の塊みたいな南が犬と戯れる。ボスもまんざら嫌そうでは有りません。尻尾を振って居ましたから。それが出来るのなら牛達とも触れ合えるんじゃぁ無いかと思い、リンダは思い切って彼に声をかけて見ました。
「ねぇ、ちょっと」
南は牛舎の前に置かれた干し草の束に腰かけてボスの頭を撫でながら無言でリンダの方を向きました。
「これ、やってみない?」
リンダは南の方に牛専用のブラシを差し出して牛をブラッシングする仕草をして見せました。でも南はやっぱり無視してボスとじゃれあうのを止めません。でも、動物に触れ始めた事は良い兆候だと思います。
「――ま、携帯電話から離れられただけマシか……」
リンダは牛舎の中で腰を手に当て仁王立ちの状態で南を見詰めながらそう考えました。そして、リンダの視線に気がついた南は彼女にこう尋ねました。
「この前聞いたが、この星にはホントにコンビニは無いのか?」
南は妙に真剣な表情です。
「無いわよ。だって、この星に住んでるのはあたし達一家族だけだもん。バスが通ってるだけでも奇跡よ。コンビニはそのバスに乗って隣の太陽系まで行かなけりゃ無いわよ」
南はそれを聞いて落胆した様な口調で「そうか」と言うと再びボスの頭を撫で始めました。その様子には先ほどの楽しそうな雰囲気は有りませんでした。
「――ひょっとして、あの、ゼリー飲料、欲しいの?」
「ああ、まぁな」
「あんな物より、メイおばさんの料理、食べて見れば良いじゃぁ無い。良いチャンスじゃぁない。食事はね、栄養補給するだけじゃないのよ」
リンダは痩せ過ぎの南を見て普通の食事をすれば絶対年相応の体形になるし顔色だって性格だって変わるかもしれない、そう考えて、彼女は南に強く朝食に顔を出す様に促しました。
「だから、おれは滅菌された物しか食わないんだって言ってるだろ」
「あんな昔の宇宙食みたいなものばっかし食べてるからそんなにひょろひょろで顔色も悪いのよ。いい、あんたは今日、この仕事が終わったら、母屋の台所に来るの、そして、あたし達と一緒に自然が育てた物を食べるのよ、良い?分った!」
リンダはそう言って、びしっと南を指差して見せましたが彼はそれを避ける様に小首を傾げ心の底から嫌そうに、たった一言、こう言いました。
「断る……」
何なんだこいつは……其処まで神経質になるってのは体じゃぁ無くて心が病んでるんじゃぁ無いか?リンダは心の中で力いっぱいそう思いました。そしてこいつは本当に老い先短いのではないかと言う素朴な不安に襲われました。
♪♪♪
青空を鳥達が飛び交い、背の高い草花達が風にそよぐのどかな晴天。
そして今にも崩れるんじゃぁ無いかと思われるくらいなおんぼろの掘立小屋が有って、その前にはバス停を示す「ミルキーファーム前」と書かれた看板が有りました。
「一日一往復だから乗り遅れたら帰れなくなるんだからね……」
「ああ、そうかい」
二人は隣の太陽系迄、買い物に行く事になったのです。南の食料が尽きてしまったのと農場で使う雑貨の買い出しです。普段はリンダ一人で出掛けるのですが、メイおじさんの言い付けで、二人で出掛ける事になったのです。リンダは買い出しのリストに書かれたメモ用紙をオーバーオールの大きな胸ポケットから取り出して、何をどう言う順で買い付けるか作戦を練ります。
「ここから、どれ位、掛かるんだ?」
南は相変わらずリンダと視線を会わせようとしません。独り言を呟く様にリンダにそう尋ねます。
「う~ん2時間位かな。道が混んで無けりゃの話だけど」
「そうか……」
会話が続きません。まぁ、リンダも南も今の処、積極的に話そうと言う気は有りませんのでしょうがないと言えばしょうがないのですけれども。それでも雲はのんびりと流れます。定刻の筈なのにバスは来る気配が有りません、小鳥が飛んでいます。遥か彼方の山脈も雪を抱いて白く光っています。
ぴぴぴ……
停留所の案内板からアラーム音がして、間も無くバスが来る事を告げます。今日は10分遅れでの到着です。南には、それが許せませんでした。交通公共機関の乗り物は定刻に1分遅れただけで地球ではニュースになるのに、10分も遅れるなど言語道断の話です。これは事故に値する遅れです。記者会見物して事情説明するべき程の問題です。しかしリンダは……
「今日は意外に早かったね」
そう言って南に向かってにっこりと微笑みを返します。南はそれを見て此処が地球で無い事をめて認識しました。二人はバスに乗り込んで一番後ろの席に並んで座りました。リンダは買い物の作戦を立てるのに忙しく、南は久しぶりに都会に出られると安堵の表情を浮かべました。リンダはその南の表情を見てちょっとむかっと来ています。
「なによ、街に出られるのがそんなに嬉しいの」
「ああ……」
ストレートに肯定されたここは田舎と言う質問にリンダはちょっと落ち込みます。そして、都会なら良いってもんじゃないと自分に言い聞かせて立ち直ろうとします。バス停は既に遥か彼方の地上の上で目の良いリンダにも全く見えません。そして空を見上げると黒く吸いこまれそうな宇宙の空間が広がっています。
会話は相変わらず途切れ々ですが、久しぶりのショッピングにちょっと気持ちが踊ります。そして、ミルおじさんとメイおばさんに何か贈り物をしたいなと考えました。なにを送れば喜んでもらえるか、考えているだけでリンダの心が躍りました。そしてバスの速度が酷く遅くも感じました。
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