★Step2 都会派でドSなあいつ…

次の日の早朝――


「ぶつぶつぶつぶつぶつぶつ――」


リンダは朝から文句しか出て来ませんでした。それと言うのもミルおじさんに無理矢理あの毒舌ひょろひょろ野郎と一緒に仕事をする様に言われたからです。幼い頃に両親を事故で亡くし孤児となったリンダを引き取って今迄育てて貰った恩議上、言い付けを断る事など出来ません。しかもミルおじさんはとても良い人で周りからの信頼も厚い人です。リンダは今迄、何不自由無く育てられ、おじさんとおばさんを本当の親の様に思って接して来たのです。が…


しかし、ひょろひょろは足手まといにしかならず邪魔意外の何物でも有りません。リンダは農場の仕事は自分とボスで十分やって居ると自負していましたし。手助けなど必要無いとも思っていました。好きで、この仕事をしているのです。


その大切で楽しい時間を地球から来た良く分からないひょろひょろ野郎に妨害されるのは嫌で嫌でたまりません。やる気が有るならまだしも、やる気が無いなら前言通り近くの星のホテルででも缶詰になってて欲しいと心の底から思いました。


そして、案の定、奴は自分から動こうとはしないし、牛舎の中に入ろうともしません。動物特有のにおいがダメらしく消臭スプレーを片手に牛舎の前で妙にカッコだけ付けて立ち尽くすのみでした。その光景がリンダのイライラを更にパワーアップし、彼に対して自然と乱暴に接してしまいます。


「ちょっとあんた、どきなさいよ、邪魔よ邪魔!」


リンダは一輪車に干し草をいっぱいに積みこんで、乱暴にひょろひょろを牛舎の入口から追い出すと、慣れた手付きで敷き草の交換を始めました。その時、ひょろひょろの行動がちらりとリンダの視線に入つたのですが、無理矢理どかされたひょろひょろは性懲りも無く牛舎の入口にもたれかかって髪の毛を気にしながら悪びれることなく携帯端末をちゃかちゃかいじくり始めたのですよ。


『怒(*^_^*)』


か…か弱い女の子が力仕事してるんだから、演技だけでも助けてやろうとは思わないのかこの役立たずがぁ!と言う感情が黒雲の様に湧き上がり、それが殺意に近い物に変わるのをリンダは確実に感じました。そして駄目押し。


「なぁ、未だ終わらないのか?早くしろよ黙って立ってるの疲れたし」


『刹 (^-^)/』


逆上したリンダは干し草を取り上げる大きなフォークをひょろひょろに向かって投げつけました。はっきり言ってこれは犯罪ですので、絶対真似をしない様にしましょう。


「怒りっぽい奴だな。嫌われるぞ」


干し草の塊も投げつけます。しかしひょろひょろは意外と運動神経と動体視力が良いらしく簡単にそれを避けました。そしてもっと嫌だったのが、妙に冷めてて冷静な処……


「ち…逃したか…」


リンダの舌打ちが牛舎に響きます。彼女の眼は完全に犯罪者の物に変わっていました。息もぜいぜいと荒く、ちょっと過呼吸気味の状態です。そんな、極めて危険な状態を綱渡りしながら、足手まといのひょろひょろを従えてリンダは何とか朝の仕事をこなしたのでしたが心労はこれからが本番と言う事を今の時点では知る由も有りませんでした。


♪♪♪


「ねぇ、ミルおじさん!」


怒号が飛び交う朝の仕事を終え一日分のエネルギーを使いきったリンダは家に入るとまっしぐらに台所に向かい、コーヒーを飲んでるミルおじさんを見つけ出し、彼に縋る様な痛々しい瞳で力いっぱい訴えました。はっきり言って彼女は追い詰められていました。このままでは本当に犯罪者に成りそうです。


その勢いにただならぬものを感じたミルおじさんは「どうしたんだい、リンダ。お前らしくないな」と言いながら崩れ落ちたリンダの頭を優しく撫でながらそう言いました。傷心のリンダは心の叫びをミルおじさんにぶつけました。


「あたし、あいつと一緒に仕事なんか出来ない」


リンダは更に乙女の涙目と言う必殺技を引っ提げてミルおじさんに食い下がります。


「だいたい、あいつ、何処の何者なの?なんでうちの牧場なの?」

「なんだ、リンダ、自己紹介もしてないのかい?初対面の相手には自分から挨拶する物だよ。それが人間関係を上手くやるコツなんだよ」


ごもっともです…


が、リンダにそんな余裕は有りません。昨日からキレまくりだからです。


「だって、昨日はバス停で切れてそれっきりだし、今朝は牛舎で切れてそれっきりだし。この調子だと、きっと夕方の仕事の時にも切れちゃうわ、あたし、あたし、もう、嫌!」


ミルおじさんは膝に縋り泣き崩れるリンダの頭を優しく撫でながら彼女の天敵に成りつつあるひょろひょろの事についてぽつりぽつりと語り始めました。


「良いかいリンダ、まず、彼の名は烏山南からすやまみなみ。私の同級生の息子だよ」


リンダはぐすぐすとしゃくり上げながらミルおじさんの膝から頭を上げます。


「――同級生?」

「そうだ、高校時代の親友だ。奴はとても優秀で大学に進んで医学を志した。そして、今は地球の日本と言う地区で大きな病院の院長をやっておる。わしの仲間の中では一番の出世頭だ」


リンダは今迄ミルおじさんの事を根掘り葉掘り聞いた事が無かったから、そんな友達が居たなんて全く知りませんでした。


「ミルおじさん、地球で暮らしてた事が有るの?」


ミルおじさんはにっこり笑って頷きます。地球はリンダの憧れの地、其処で暮らした人がこんなにも間近に居た事に大いに驚き、その瞳には尊敬の念が込められました。


「へぇ、ミルおじさん凄いんだ。地球に居た事が有るなんて…」

「学生時代の話だ。もう何十年も前の話だよ」

「それでも凄いわ。だって、地球って偉い人しか住めないんでしょう?政治家とかお医者さんとか大きな会社の社長さんとか…」


そのリンダの言葉にミルおじさんはちょっと首を傾げます。


「リンダ、偉いとはどう言う事か分るかな?」

「そうね、お金をたくさん持ってる…とか…」


それを聞いたミルおじさん笑いながら答えます。


「リンダ、偉い事とお金を持っていると言う事は関係が無い事なんだよ。良いかい、偉いと言うのはね、自分の仕事を一生懸命出来る人の事を言うんだよ」


リンダはいまいち飲み込めません。


「――一生…懸命?」

「そうだ。たとえば、さっき言ったわしの親友。奴は心の底から人を助けたいと思ったから医者に成った。そして、一生懸命人を助けて居る。だからそれが偉いのさ」


ちょっと不思議そうな表情リンダはでミルおじさんの瞳をじっと見詰めま続けます。


「最近、その友人から手紙が来てね。自分の息子を暫くわし達の牧場で預かって見てはくれないかと相談されたのじゃよ」

「で、その息子って言うのが、あのひょろ…じゃぁ無くて南なのね」

「そうじゃ。奴は南君を立派な医者にしたいのだそうだ」


牧場の仕事とお医者さんの仕事、何処が関係有るのだろうかとリンダは不思議に思いました。何故なら自分達が相手にしているのは動物でミルおじさんの親友が相手にしているのは人間だからです。何の関係も無いのではとリンダは思いましたがミルおじさんは更に言葉を続けます。


「人間と言うのは泥臭い処で生きて居い物だと言うのが奴の持論でな。今の社会、何をするにも綺麗な処しか見えない事が多いだろう。食料の生産だって、ほぼ100%工場で生産され自然の物が殆ど無い。故に食べ物の元が命だと言う事を認識しておらん、違うかな?」


リンダには何となく理解出来ました。確かに食べ物の元は命です。だからリンダは何時もそれに感謝して食べる様に心がけていました。


「それを勉強させたいと言う事を言っておった。だからわしは南君をうちの牧場に迎え入れる事にしたんじゃよ」


そう言ってミルおじさんはリンダに向かってにっこりと微笑みました。


「――う、ん」


リンダは渋々と言った感じで頷くと涙を拭い、ゆっくりと立ち上がりました。


「さぁ、朝ご飯にしましょう、リンダ、南君を読んで来てくれる」


メイおばさんにそう促されてリンダは「は~い」と返事をしてから台所を後にします。言葉では理解出来た。でも、どうにも南はカンに障る。リンダにとって南はあまり近づきたくない人種に彼は分類されるのです。でも、メイおばさんに呼んで来る様に言われたからには南と話さなければなりません。リンダは二階の彼の部屋の前で大きく一度深呼吸。そうよ。良く考えて見れば、ミルおじさんの親友の子供でしょ?心の底から嫌な奴じゃぁ無いわよ。きっと、ちょっと人見知りなだけと、心にそれを言い聞かせ、徐にドアをノックします。するとドアは返事も無くすうっと開けられました。そして正面に南の姿。


「あ、あの、あさごはん…」


リンダの言葉に南は自分が持っていたゼリー飲料のパックを見せて「――あぁ、俺、朝は何時もこれだから」と呟く様に言うとぱたりと部屋のドアを閉めました。


『爆(≡^∇^≡)』


リンダは閉ざされた扉の前でへなへなと崩れ落ち、復活するのに約半日の時間を要してしまいました。

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