シャーロック・ホームズの不可思議な冒険
相ヶ瀬モネ
美少女たちの楽園と、本物の英国紳士
※注釈:このシリーズは、グラナダのジェレミー・シャーロック・ホームズが基本ベースの作り話&時系列はバラバラで、やや人物の背景も変更ありです。
※現代では不適切と思われる表現が出てくる場合もあります。
※あと、バリツについてですが、このお話では、ステッキを使った技? などは商略して、バリツ=柔術とさせていただいております。
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『喫茶・英仏屋』
バラ園の中にある、そんな訳のわからない看板がかかった、ヴィクトリア時代風の喫茶店の中では、可愛らしい歓声が上がっていた。
『closed』の札のかかった扉の向こうにいるのは、女子高生か、女子大生か、そんな数人の集団。
ここは、本格的なイギリス風のアフタヌーンティーが、ウソみたいに安い値段で出される喫茶店だ。(ただし会話は、訳あって、英語とフランス語に限られるスタイルである。)
それというのも、オーナーである日本に来てからもう何十年? そんなイギリス人で、フランス人の夫を持つ、女主人のマーガレットさんが趣味でやっているだけだからだ。(その代わりといってはなんだが、完全に紹介制で、常に『closed』の札がかかっている。)
「本当に助かったわぁ」
「別に、いま春休みだからいいけど……」
『とんでもないところに来てしまった……』
家の一画にある、母の趣味丸出しの『喫茶・英仏屋』の中で、少女たちに囲まれた春休みの女子大生、ヴィクトリア時代風に作られたメイド服を着たマリアは思った。
母に瓜二つで、金髪に紫色の目、外見はまるっきりアングロサクソン系だが、中身は日本人の彼女は、ぎっくり腰の母に助けを求められ、体調が良くなるまで、この『喫茶・英仏屋』を切り盛りすることを、軽く請け負ってしまっていたのである。
フリル、レース、フリル、フリル、ピンク、ピンク、白、ピンク……。
自分のまわりを囲む美少女たちは、なんだっけ? 少し昔に流行り、まだ流行ってたんだ……知らないけど。
そんな、いわゆるロリータファッションの美少女ばかりだった。(たまに真っ黒の子もいるけど。)
そういえば、母はこういうのが大好きだった……。物心つくまでの自分の写真は、全部こんな風なワンピースだ。
出入りする服飾学校に通う生徒さんが、わざわざ採寸までして作ってくれたメイド服を着たマリアは、ふと少女時代を思い出していた。
『……なんか全然興味なくて申し訳ない』
ある日、父から柔道の教室に連れていかれた自分は、それからというもの、フリルとレースとはおさらばして胴着を担いで生活している。きっとさみしくて、この喫茶店を開いているのだろう。
「えっと……今日はお礼に簡単なアフタヌーンティーセットのサービスをしますね」
「ええっ、いいんですか?! そんなつもりじゃ!」
「いつも、お母さまにはお世話になってるから!」
『いい子ばっかりね』
そう思いながら、フリルな少女たちをあとに、奥の厨房につながる扉を開ける。材料を探そうと、もうひとつ奥にある扉を開けると……。
『有名なベーカー街221Bの下宿の女主人、ハドソン夫人がぎっくり腰で困っていた……』
「ああ、紹介所から来てくれた方ね、助かったわ。いつも先生は、お食事を召し上がらないし、お出かけも多いのに最近はずっとこもりっきりで……そんなときに限って……ああ痛い……」
「無理しちゃだめです。無理しちゃ!」
なぜ、この老夫人がハドソン夫人だとすぐに分かったのかは、分からなかったけれど、すぐに小柄な体を抱き上げて彼女の部屋まで運ぶと、しきりに朝食の準備を心配している彼女に、大丈夫だと声をかけながらベッドに横たえた。
「わたしにお任せください!」
なんだかわからないけれど、朝食をもって行けばいいんだろうと、さっきの時空がつながった扉をあけて自分の厨房に戻り、フリルちゃんたちにアフタヌーンティーセットを出してから、今度は『イギリス風の朝ごはん』を用意して、銀のお盆に乗せて、また扉を開けて、221Bの下宿人、シャーロック・ホームズとワトスン博士にあわただしく「ハドソン夫人がぎっくり腰で、かくかくしかじか……」そんな風に説明すると、ホームズはうしろを向いたままなにかやっていたが、ワトスン博士は大慌てで診療カバンを持って、夫人のところに行ってくると言い残して消えた。
『うん、それが人としてあるべき態度だ。』
そう思ったマリアは、ライヘンバッハの滝の絵が飾ってある、マントルピースのある部屋で、平たい目でホームズの背中を見ていたが、例のヤバい薬でも切れたのか、いきなりわけの分かんないことを言いながら、あちらこちらをひっかき回しだした。
「これだ! これを探していた!! ああ、すぐに片付けてくれたまえ! ハドソンさんは、いったいどうしたんだ? ハドソンさーん! おなかがペコペコなのに、この朝食は冷めきっている! ハドソンさーん!」
なんて言い出したので、お前の耳は飾りか? 脳みそがすごい切れ味を発揮するのは自分がやりたいことがある時だけか? お年寄りにもう少し優しくできないのか?
そんな風に思い「ハドソンさーん! おなかがすいた――!」そんなことを言いながら扉に向かっている彼に、気がつけば大外刈りをかけていた。
「柔術の心得えがあったんじゃないの? 先に顔を洗ってきなさい、先に!……子供か?!」
ライヘンバッハの滝のくだんのセリフを思い出しながら、冷たくそう言うと、なんとか受け身を取って床に転がっていたホームズは、わたしに見下ろされたまま、目をパチパチさせていた。
それからしばらくの間、マリアは、あちらとこちらの世界を行ったり来たりして、ぎっくり腰の二人の看病をしながら、二刀流『仮の女店主』と『仮のメイド』をやっていた。
ホームズともなんとなくお互い存在に慣れた頃、ようやくふたりの症状も落ち着いたので、また普通の大学生活に戻っていたが、まだ母が本調子ではないので、たまに英仏屋で手伝いもしていた。
「……なにしに来た?」
「君の職業がどうも気になってね、どんなにばかげていても、やはり僕の推理に間違いはなかった」
『喫茶・英仏屋』では、奥の扉から出てきた、胴着を手にした完璧な英国紳士に、フリルな少女たちの歓声が上がっていた。
「僕は負けず嫌いでね」
「……いいから帰れ!」
それから彼はそんなことを言いながら、たまに喫茶・英仏屋に現れるようになった。
「また、負けたのかね?」
「だまっていてくれワトスン!!」
「アイリーン・アドラー以外に、気になる女性ができてよかったな」
そう言われたホームズは、実に嫌そうな顔をしたが、ワトスン博士は、よかったよかったと言いながら、書き物をしていた。
タイトルは……
『シャーロック・ホームズの恋と冒険の物語』
ワトスン博士が席を外した隙に、ホームズはそれを、暖炉にくべてしまったけれど。
彼と彼女の物語は、いま始まったばかり。
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