☕グラナダ・シャーロック・ホームズの恋と不可思議な冒険の物語

相ヶ瀬モネ

☕美少女たちの楽園と、本物の英国紳士

【前説】


 ※このシリーズは、グラナダバージョンのジェレミー・シャーロック・ホームズが基本ベースの作り話&時系列はバラバラで、やや人物の背景も変更ありです。


 ※お話のセリフなどの引用も基本的には、グラナダ吹き替えバージョンになっております。


 ※現代では不適切と思われる表現が出てくる場合もあります。


 ※バリツについてですが、このお話ではステッキを使った技などは省略して、バリツ=柔術(柔道)とさせていただいております。


 ※ジョーンズ警部問題ですが、このお話では双子という設定で進めさせていただいております。


 ・アセルニー・ジョーンズ警部→「赤髪連盟」の人

 ・ピーター・ジョーンズ警部→「4つの署名」の人

  

 ※なお、ワトスン博士は、一代目のデビッド・バーク氏イメージです。


 以下本編です。

  

 ***


『喫茶・英仏屋』


 バラ園の中にある、そんな訳の分からない看板がかかったヴィクトリア時代風の喫茶店の中では、かわいらしい歓声が上がっていた。


 『closed』の札のかかった扉の向こうにいるのは、女子高生か、女子大生か、そんな数人の集団。


 ここは、本格的なイギリス風のアフタヌーンティーが、ウソみたいに安い値段で出される喫茶店だが、会話は英語とフランス語に限られるスタイルである。


 それというのも、オーナーである日本にきてからもう何十年もたつ、そんなイギリス人でありフランス人の夫を持つ、女主人のマーガレットさんが、近くにある大学の女子寮に貸し出している『通称:ヴィクトリア荘』のついでに、英語とフランス語の勉強をレッスンまでできます! なんて付加価値的な理由をつけて、趣味でやっているだけだからだ。


 そういう訳で『喫茶・英仏屋』は完全に紹介制で、いつも『closed』の札がかかっている。


 そんなある日のことである。喫茶店に少し異変が起きていた。

 マーガレットさんが、少しかがんだ拍子に『ピキッ!』そんな感覚が腰を襲い、動けなくなってしまったのだ。


 趣味とはいえ予約が入っている……。


 悩んだ彼女は、母屋にいた娘のマリアに訳を話して、自分の代わりを頼んでみた。 雑な娘ではあるが、とにかくひと通りのことはできるので、少しの間ならなんとかなるはずだと踏んで店番を頼み込むと、最近うかない顔で、自分の部屋でゴロゴロしていた娘は、意外にも店番を快く引き受けてくれていた。


「本当に助かるわぁ」

「別にすることもないし、いま春休みだからいいわよ?」


 そんなこんなで、屋敷と呼んでも不思議ではない大きな家の敷地の一画にある母の趣味丸出しの『喫茶・英仏屋』の中で、少女たちに囲まれた春休みの女子大生、ヴィクトリア時代風に作られたメイド服を着た娘のマリアであったが、すぐにこんな感想を抱いていた。


『とんでもないところにきてしまった……』


 母に瓜ふたつで、きらめく金髪に紫色の目、外見はまるっきりアングロサクソン系だが、完全に日本生まれの日本育ち……中身は日本人の彼女は、ぎっくり腰の母に助けを求められ体調がよくなるまで、この『喫茶・英仏屋』を切り盛りすることを軽く請け負ってしまったことを後悔しながら、そんなことを思っていた。そしてこうも思う。


『あの母の入れ込みよう……だと思ったのが間違いだった……』


 フリル、レース、フリル、フリル、ピンク、ピンク、白、ピンク……。


 自分のまわりを囲む美少女たちは、えっとなんだっけ? 少し昔に流行り、まだ流行ってたんだ……知らないけど。 


 そんな、いわゆるロリータファッションの美少女ばかりだったのである。(たまに真っ黒の子もいるけど)


 そういえば、母はこういうのが大好きだった……物心つくまでの自分の写真は、全部こんな風なワンピースだ。


 出入りする服飾学校に通う生徒さんが、わざわざ採寸までして作ってくれたメイド服を着たマリアは、ふと少女時代を思い出していた。


『……なんだかまったく興味なくて申し訳ない』


 幼かったある日、父から柔道の教室に連れてゆかれた自分は、すっかり柔道にはまってしまい、それからというもの、フリルとレースとは、おさらばして胴着を担いで生活している。きっとさみしくて、この喫茶店を開いているのだろう。


「えっと……今日はお礼に簡単なアフタヌーンティーセットのサービスをしますね」

「ええっ、いいんですか!? そんなつもりじゃ!」

「いつも、お母さまにはお世話になってるから!」


『いい子ばっかりね』


 そう思いながら、フリルな少女たちをあとに、奥の厨房につながる扉を開ける。材料を探そうと、もうひとつ奥にある扉を開けると……


『有名なベーカー街221Bの下宿の女主人、ハドソン夫人がぎっくり腰で困っていた……』


「ああ、紹介所からきてくれた方ね、助かったわ。いつも先生はお食事を召し上がらないし、お出かけも多いのに最近はずっとこもりっきりで……そんなときに限って……ああ痛い……」

「無理しちゃだめです。無理しちゃ!」


 なぜ、この老夫人がハドソン夫人だとすぐに分かったのかは、分からなかったけれど、すぐに小柄な体を抱き上げて彼女の部屋まで運ぶと、しきりに朝食の準備を心配している彼女に、大丈夫だと声をかけながらベッドに横たえた。


「わたしにお任せください!」


 なんだか分からないけれど、朝食を持ってゆけばいいのだろうと、さっきの謎に時空がつながった扉を開けて、マリアは自分の厨房に戻り、フリルちゃんたちにアフタヌーンティーセットを出してから、今度は『イギリス風の朝ごはん』を用意すると、銀のお盆に載せて階段を駆け上がり扉を開けて、かの有名な221Bの下宿人、シャーロック・ホームズとワトスン博士にあわただしく「ハドソン夫人がぎっくり腰で、かくかくしかじか……」そんな風に説明すると、ホームズはうしろを向いたまま聞いているのかいないのか、なにかゴソゴソやっていたが、ワトスン博士は大慌てで診療カバンを持つと、夫人のところに行ってくると言い残して消えた。


『うん、それが人としてあるべき態度だ』


 そう思ったマリアは、ライヘンバッハの滝の絵が飾ってある、マントルピースのある部屋で、平たい目でホームズの背中を見ていたが、例のヤバい薬でも切れたのか、いきなり訳の分かんないことを言いながら、あちらこちらをひっかき回しだした。


「これだ! これを探していた! ああ、すぐに片づけてくれたまえ! ハドソンさんは、一体どうしたんだ? ハドソンさ――ん! おなかがペコペコなのに、この朝食は冷めきっている! 作り直してくれハドソンさ――ん!」


 なんて言い出したので、お前の耳は飾りなのか? 脳みそがすごい切れ味を発揮するのは自分がやりたいことがあるときだけか? お年寄りにもう少し優しくできないのか?


 マリアは、そんな風に思い「ハドソンさ――ん! おなかがすいた――!」そんなことを言いながら扉に向かっている彼に、気がつけば大外刈りをかけていた。


「柔術の心得えがあったんじゃないの? 先に顔を洗ってきなさい、先に!……子どもか!?」


 ライヘンバッハの滝のくだんのセリフを思い出しながら、冷たくそう言うと、なんとか受け身をとってから床に転がっていたホームズは、整えた黒髪を隙なくなでつけた、端整な顔立ちの男は、わたしに見下ろされたまま、目をパチパチさせていた。


 それからしばらくの間、マリアは、あちらとこちらの世界を行ったりきたりして、ぎっくり腰のふたりの看病をしながら、『仮の女店主』と『仮のメイド』の二重生活を送っていた。


 ホームズともなんとなくお互い存在に慣れた頃、ようやくふたりの症状も落ち着いたので、マリアは、また普通の大学生活に戻っていたが、まだ母が本調子ではないので、たまに英仏屋で手伝いもしていた。


「……なにしにきた?」

「君の職業がどうも気になってね、どんなにばかげていても、やはり僕の推理に間違いはなかった」


『喫茶・英仏屋』では、奥の扉から出てきた、胴着を手にした、ヴィクトリア時代調ピッタリとした黒のあつらえのスーツの上下を身につけた完璧な英国紳士に、フリルな少女たちの歓声が上がっていた。


「僕は負けず嫌いでね」

「……いいから帰れ!」


 それから彼はそんなことを言いながら、たまに喫茶・英仏屋に現れるようになった。


「また負けたのかね?」

「黙っていてくれワトスン!」


「アイリーン・アドラー以外に気になる女性ができてよかったな」


 そう言われたホームズは、実に嫌そうな顔をしたが、ワトスン博士は、よかったよかったと言いながら書き物をしていた。タイトルは……


『シャーロック・ホームズの恋と冒険の物語』


 ワトスン博士が席を外した隙に、ホームズはそれを暖炉に放り投げてしまったけれど。


 彼と彼女の物語は、はじまったばかり……。

  

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