第53話 老いた国に希望はあらず

 山崎さんが私に質問を投げかけた直後、エレベーターが二十五階で停止した。

 これだけの高層ビルであれば、スムーズに一階まで行くわけがない。こうして何度かは停止するはず。


 扉が開く寸前、山崎さんは私を自分の方に向き直らせ、ナイフを乗客から見えない位置にもちかえ、私の背中に手を添えた。


「すみません、急病人で。次のエレベーターでお願いします」


「ちょっ……」


 助けを求めようとしたが、脇腹に当てられたナイフを押しつけられ、黙った。どこまで山崎さんが本気なのかわからないけど、できれば傷はつけられたくない。


「このままの格好でじっとしていてください。刺しますよ」


 そう低い声で警告され、私は身を固くした。

 扉が閉まると、山崎さんはナイフに込めた力を少し緩めた。


「老害たちが治めるこの国に、未来があると思いますか?」


「えっ」


 強い憎悪を帯びたようなその言葉に、どきりとした。


「この国の政治は高齢者に向いています。少子高齢社会のため、政権与党を取るためには高齢者重視の政策を掲げて票を集める必要があるからです。若者は蔑ろにされ、税金を巻き上げられ、将来年金が受給できるかもわからない。役所に蔓延る老害たちにより、システムの導入は遅れ、古めかしい慣習がこびりつき、あちこちで動脈硬化を起こしている」


 山崎さんは眉間に皺を寄せ、強い言葉で続けていく。


「……実力主義が浸透してきていると言えど、年功序列を捨てきれない企業でも、若者が上に上がっていくには相当な時間が必要です。なかなか機会も与えられない。安い給料でキツイ仕事を強いられます。国の機関なんかはそれが顕著ですよね。山並さんのように女性であれば、感じるハードルはさらに多いでしょう。まだまだ女性に対する偏見はこの国や社会に満ち溢れている」


「……それは、まあ」


「社会に出て思ったんです。この国でどんなに頑張ったって無駄だと。無駄な苦労を強いられ、いつまで経っても報われない。もしかしたら起業とか、会社に囚われない働き方ができる頭と力があれば、何か変わったのかもしれませんが。僕は一人で何かできるような人間じゃなかった」


 山崎さんの主張はわかる。私も多かれ少なかれ、同じような思いを抱いたことはあった。厳しい親に育てられ、「一般に正しい」と言われるレールに乗って、ここまで頑張って働いてきたけど。仕事で頭角を表せば、どんどんタスクを振られ、残業ばかりが増えていった。「女」であるが故に振られる役割も多かったりして、出世に対しても難癖がつく。


 終いには山崎さんの言う通り、会社の駒として、「出世」という人参をぶら下げられ、「囮」として使われている始末だ。


「不満を抱えながらも、ひたすら日々をこなしていた時に。友人に誘われた異業種交流会で出会ったんです。『理想郷アルカディア』の首脳に」


「アルカディア……それが、山崎さんが所属する『組織』なんですね。ルミエールの情報を狙っているという……」


「若いリーダがーが率いる、IT技術が世界トップレベルに進んだです。各国の優秀な起業家が皆こぞって投資する、有望株です。僕たちの国には、人種差別もない、年齢や性別による差別もない。実力で評価してもらえます。素晴らしいと思いませんか。僕たちの手で、国を作れるんですよ」


 山崎さんは、私を締め付けていた腕を緩め、希望に満ちた瞳で私を見つめた。


「山並さんも来ませんか? 僕たちの理想郷に。こんなところで煮詰まっているより、アルカディアで仕事をした方が、きっとあなたは輝けるはずです」


 そうか。こんなふうにきっと彼も誘われたんだ。確かに不満を抱えた若者にとって、この提案は魅力的だろう。鬱屈した感情を刺激され、自らの価値を認められれば、心を揺さぶられるかもしれない。


「……興味は、あります。私も日本にいるより、そういう国で働いた方がやりがいが得られるかもしれない。でも、その理想郷がなぜ『ルミエール』を?」


「うちのハッカーが入手した情報では、ルミエールは『超高性能無人戦闘機』の開発プロジェクトであると聞いています。国を守る兵力は必須です。簡単に潰されないように。兵力で大国に圧倒的に劣る『アルカディア』は、超高性能無人戦闘機の情報は喉から手が出るほど欲しい情報でした。自力での製造が難しかったとしても、大国と交渉するカードにもなり得ますし、設計図を売ればお金にもなります」


 無人戦闘機––––爆弾を積んだ高性能ドローンということか。ボタン一つで敵を追跡して殺せるなんて。恐ろしい世の中になったものだ。


「……でも山崎さん。逃げ切れるんですか? さっきの警察官の人に、すぐ追いつかれちゃうんじゃないですか。もう一階には、応援の警察官の人も来ているかもしれませんよ」


「僕が考えなしに、人質をとって出てきたと思われますか」


 そう答えた山崎さんは、不適な笑みを浮かべていた。


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