02

「……着いてこい」

 彼はそれだけ言うと、素早く歩き出した。

「あ、は、はい!」

 僕はリュックを拾って慌てて追いかけた。彼の歩くスピードは速く、僕が走ってやっと追いつける速度だった。

 

「ま、待って、痛っ」

 急いで僕は彼を追いかける。前も見ずに走ったせいで

なにかにぶつかってその場に倒れる。

「す、すみませ――」

 基本的に僕はツいていない。今だってそうだ。僕はぶつかった相手を見上げる。スキンヘッドのおじさんだ。腕からチラリと見える龍のタトゥーが、僕を睨み付けていた。


「おいおい、小僧よぉ。汚れちまったじゃねぇか、俺のズボンがよぉ!」

「ひぅ! ご、ごめんなさい!」

 青筋立てたおじさんの威圧に、僕は急いでその場から逃げ出そうと後ろを向いて走ると、またなにかにぶつかった。

 

 彼だ。いつの間に僕の後ろに周ったのか、無表情で僕を見下ろしていた。

「んだ? あんちゃん。そのガキの仲間か――――おい、あんた何者だ」

 彼の目線がおじさんに向けられる。おじさんは明らかに狼狽えた様子で、額から玉汗を流していた。

 彼は答えない。ただ静かにおじさんの目を見つめるだけだ。

 あの目には人の本能に潜む恐怖を刺激する。あの目で真っ直ぐに見られて、正気で居られる人間などそういないだろう。

 

 おじさんは彼としばらく見つめ合うと、舌打ちを鳴らし、雑な足音を立ててその場からいなくなった。

「凄い……」

 僕は先ほどまで怯えて震えていたことも忘れて感動した。

 強くなればこんなにも簡単に人を追い払えるのか。僕もこうなりたい。そんな憧れが僕の中に確実に出来上がった。

 そんな憧れの中には彼とともにいれば、僕はもういじめられたりしないのではないかという、打算的な気持ちも確かに存在していた。

 

「行くぞ」

 彼はやはりその心の内を明かさぬ淡々とした声で僕を呼ぶ。今度は誰にもぶつからないよう、その背中にぴったりと張り付いて歩いた。


 彼が足を止めたのは街の郊外。周辺にあるのは廃業となった工場や、人の住めなくなってベニヤ板が貼られたマンションばかり。

 まだ太陽は頭上にあるというのに、その光はマンションに遮られ薄暗く、マンション中から誰かに見られているような感覚が止まない。

 

「えっと、こんなところでなにを――」

 マンションの入り口。貼られていたベニヤ板の内側からバンッという打撃音が聞こえる。

 低い打撃音は段々と大きく高くなり、ついにベニヤ板が破られた。

 見渡すマンションの全てからハンマーやノコギリ、ナタや手斧といった、それぞれがホームセンターで揃えたであろう凶器を持った不良が、まるでアリの巣に水を流したときみたいにぞろぞろと出てきた。

 

「待ってたぜぇ! 伝説の称号。俺たちに渡して貰おうか!」

 リーダーらしき男が一歩前に出てきて、釘バットを僕の横に立つ彼に向ける。

 彼はこれだけの人数に待ち構えられていたというのに、その顔はいまだ無表情で、なにを考えているのか分からない。

 絶対絶命。逃げ出そうとしたその瞬間、僕の背中がトンっと叩くように押された。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る