05

 扉を開けようとして、違和感の正体に気が付いた。電気が付いていない。

 店内は真っ暗で人の気配がない。こんなことは初めてだった。

 扉に何か貼ってある。ペラガミ一枚がセロハンテープで雑に止められていた。

 

「――え?」

 

『閉店のお知らせ』


 紙の一番上に、油性ペンで書かれた文字に私は絶句した。

 一体どうして……私は食い入るように続きの文を読みんだ。

『当店は店主の逝去により、閉店とさせていただきます』


 たったのそれだけ。何度読み返しても、紙切れに書かれた文字は変わらない。

「どうして……今日、約束してたのに」

 自身の立つ足場がガラガラと崩れてしまうような感覚。呼吸が浅くなる。私は思わずその場に蹲ってしまった。

「あの子は……あの子は。勉強を辞めてしまっただろうか」

 連絡を取ろうにも住所や電話番号はおろか、名前すら記憶にない。私は今更それに気が付いた。その後、どうやって帰ったのか、何をしていたのかも今は覚えていない。


 何度か、あの赤髪の子が来ていないか、喫茶店に見に行こうともしたが、大学の手続きや寮への引っ越しの準備で時間が取れず、時間が出来たときにはもう喫茶店は取り壊されていた。


「それ以来、どうにもコーヒーを飲む気になれなくてね。気付けばあれからもう何十年とコーヒーを口にしてないよ」

 話を止め時計を見ると、もう一時になろうとしていた。

「さ、話はこれで終わり。仕事に戻るよ」

 

「先輩!」

「ん、どうした?」

 部署に戻ろうとすると、後輩に腕を掴まれた。

「今日は午後休取りましょう!」

「……はぁ? 今からか? もう仕事始まるぞ」

 正気か? 冗談だと思って軽くいなそうとするも、後輩は手を離さない。

「今日までの仕事ありますか? 自分はないです!」

「いやいやいや……確かに今日までのはないが」

「お願いします! 自分も部長にお願いしますので!」

「そうは言ってもなぁ……分かった聞くだけだぞ?」

 一旦そうとだけ言って私たちは部署に戻った。


「ん〜? あぁ、まぁ今日なら良いよ」

「そうですよね……仕事に――え?」

「やった!」

 あっさりと許可されてしまった。

「部長! ど、どうして」

「いや、だって君有給凄い残ってるよ? というか使った記憶ある?」

「……いえ、特には」

「今は落ち着いた時期だし、有給消化させないと怒られるのは私なんだ。私の為にもしっかり休みなさい」

 

 落ち着いているといっても、仕事は当然少なくはない。だというのに、部長は二つ返事で送り出してくれた。

「……まさか、こんな簡単に通ってしまうなんて」

「いやぁ、ついでに私も有給取れましたし、良い会社ですね!」

「……まったくだ。で、どうしてこんな無茶を?」

「それは後のお楽しみです! さっ歩きますよ!」

 向かうのは駅の方角。一体どこに出掛けると言うのだろうか。このような未知の経験は久しく経験していない。

 子どもに戻ったような気持ちのまま、手を引かれて歩いた。

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