本編
☆シーン0
微暗転にサス(スポットライト)。
カレンが呟く。
カレン「助けて……お願い……! お願いだから……忘れないでっ!」
カレン捌ける。照明変化。
オダマキ、ダンデ、ライオ(以下オダマキ一味)がそろりそろりと現れる。舞台中央で悪巧みをする。
オダマキ「ハッハッハ……ライオよ、今回の目標は分かっているな?」
ライオ「へい、そいつぁオーブってヤツでやんす」
オダマキ「その通り! そしてそれはあの聖堂院にある! ダンデよ、そうだな?」
ダンデ「そのはずでさぁ。なんせあそこにゃ感情の鐘があるってんだから」
オダマキ「うむ! では行くぞ。……世界の調和を司るオーブ……すべて、このオダマキ様のものだ! フッフッフ……ハッハッハッハッハ!」
オダマキ一味が高笑いしながらはける。
暗転。
☆シーン1
リラ「起きて……起きてください!」
イブキが目覚めるところで明転。
倒れるイブキを心配してリラがのぞき込んでいる。
リラ「あっ、起きた! よかったぁ」
イブキ「ん……誰?」
イブキが上体を起こす。イブキにとっては見覚えのない場所で、辺りを見渡す。
リラが立ち上がり膝を払って、イブキに手を差し出す。
状況を把握できていないイブキは戸惑いつつもその手を取る。
リラ「わたしはリラといいます! 勇者さまのお名前は?」
イブキ「オレはイブキ……えっ、勇者?」
リラ「はい! ……あれ、勇者さまですよね? だって普通の人はこんなところで倒れてないですし……」
イブキ「そうかな……そうなの?」
リラ「はい。たぶん……」
二人が困ったように顔を見合わせる。しばし気まずい空気が流れる。
リラ「えっと……世界が大切なものを失くした時、異世界から勇者さまがやってきて、わたしたちを救ってくれる、っていう言い伝えがあってですね……」
イブキ「何それ、カッコいい」
リラ「でしょう!? 村の人はぜーんぜん信じてくれないんですけど、わたしたちの聖堂院に伝わってるお話なんです」
イブキ「すげー!」
リラ「それに大巫女さまの予言でも、近々異世界からの来客が現れるーって言われてるんですよ!」
イブキ「へぇー! ……えっ、じゃあオレ、勇者なの!?」
リラ「たぶんそうです!」
イブキ「オレが、勇者……! ……んー」
リラ「どうしたんですか?」
イブキ「いや、現実味がないっていうか……いせかい? っていうのもイマイチピンときてないし……」
考え込むイブキ。困惑するリラ。再び気まずい空気が流れる。
リラ「えっと……とりあえず、聖堂院にいきません? 原っぱにいても何にもありませんし……」
イブキ「せーどーいん……?」
リラ「はい、わたしのおうちです! 本もいっぱいありますし、何より大巫女のサントリナさまは凄く物知りです! もしかしたら何か分かるかもしれません!」
イブキ「よく分かんないけど……んじゃあ行ってみようかな」
リラがイブキの手を引いて二人とも捌ける。
暗転。
☆シーン2
明転。
二人が登場する。
イブキはきょろきょろと視線を遊ばせている。
リラ「サントリナさま! 勇者さまを連れてきました!」
サントリナ「お帰りなさい、リラ。……その子が、予言の?」
リラ「はい! たぶんそうです!」
サントリナ、イブキを矯めつ眇めつ見つめる。イブキは緊張で固まる。
やがてサントリナが頷いて離れる。
サントリナ「成程。確かに、この世界の者ではないようです。改めて、ようこそ異世界へ。あなたのお名前は?」
イブキ「い、イブキ、です」
サントリナ「そう。いい名前ですね。……イブキさん。私には、あなたがここへ来ることが分かっていました。……聖堂院の言い伝えのことはリラから聞いていますか?」
イブキ「ああ、えっと……異世界から勇者がやってくる、ってやつですか……?」
サントリナ「そうです。世界の危機に、勇者がやってくる、と。そして先日、あなたがやって来るらしいということが分かりました。それでリラを遣ってあなたを迎えたということなのです」
イブキ「へぇー……なるほど……?」
イブキ、分かったような分からないような声で相槌を打つ。
サントリナ、少し瞑目して、一つ頷き、言う。
サントリナ「まあ、いきなりで戸惑うでしょうね。……これからあなたが何をするにせよ、この聖堂院はあなたを支援します。……リラ、私は少し外に出ます。彼を案内してあげなさい」
リラ「はい! それでは失礼します! 行きましょう、勇者さま!」
イブキ、リラに手を引かれ退場する。
サントリナはしばし目を閉じ、それから反対方向に捌ける。
しばらく後、リラがイブキを案内しながら登場する。
イブキ「へー……ここがリラの家なの?」
リラ「はい。……あれー……皆いないなぁ……いつもは大巫女さま以外に他の巫女もいるはずなんですけど。お買い物かな?」
イブキ「その、大巫女さま? って、さっきの人だよね? サントリナさんだっけ?」
リラ「はい! サントリナさまはわたしたち見習い巫女の先生みたいな……凄い人です! 親代わりでもあります!」
イブキ「凄い人かぁ。……ところでさ、その巫女って何?」
イブキの純粋な質問にリラは口ごもる。イブキが首を傾げる。
リラはどう説明するか悩んで、少しずつ伝える。
リラ「えーっと……巫女は巫女です。そういう……お仕事? お医者さん、お花屋さん、先生、みたいな感じの……職業、かな? お祈りしたりお祓いしたりする人……ですかね?」
イブキ「ふぅん……?」
分かったような分からなかったような返事をするイブキ。考えても分からなかったので気にしないことにする。
そんな彼を見てリラが補足して説明する。
リラ「巫女は凄いんですよ! 例えば、この聖堂院の扉は特別で、わたしたち巫女じゃないと開かなかったり……あと、病気を治しちゃったり! 大巫女さまなんか凄いですよ、未来を予言したりもできるんです!」
イブキ「へぇ」
心底感心したようにイブキが相槌を打ち、その後自分の手を見つめて閉じ開きする。
不可解に思ったリラが首を傾げる。
イブキ「……うぅん」
リラ「どうしたんですか?」
イブキ「いや、今更だけどさ。リラが巫女なら、オレも本当に勇者なのかなって」
リラ「多分そうだと思いますけど……」
イブキ「それってさ……すっげぇカッコいいよな!」
リラ「え?」
イブキ「へへ……オレさ、昔っからヒーローに憧れてたんだ!」
リラ「そうなんですね! そういえば聖堂院にもそんな男の子が――(物音)ひゃっ」
物を落としたような、あるいは勢い良く開いたドアが壁に跳ね返るような音が鳴る。リラは声を上げて、イブキは肩を跳ねさせて驚く。
それと同時に男性のものらしい声も聞こえてくる。
オダマキ「こ、こら! 誰かに気付かれたらどうするんだ!」
ライオ「す、すいやせん……でもボスも声大きいでやんすよ!」
オダマキ「あ、ああ……すまん……」
ダンデ「ボス、後ろつっかえてるんで前詰めてくだせぇ」
オダマキ「おお、すまんな。さあ、作戦開始だ!」
声が聞こえなくなり静かになる。イブキとリラは顔を見合わせて小声で話し合う。
イブキ「今のって、誰の声?」
リラ「わ、分かりません……ここに大人の男の人はいないから……ど、泥棒かも」
イブキ「ドロボー……!」
リラ「ど、どうしましょう!? 大巫女さまもセンパイたちもいないのに……」
動転したリラに、イブキは意を決したように、あるいはリラを安心させるように、調子よく言う。
イブキ「大丈夫! オレに任せて」
リラ「で、でも」
イブキ「オレが何とかしてみせるよ。なんたってオレ、勇者だからさ!」
リラ「勇者さま……はい! ありがとうございますっ!」
リラが勢い良く一礼し、バランスを崩してイブキに支えられつつも笑う。
リラ「えへへ……じゃあ行きましょう! こっちです!」
イブキ「うん!」
二人が捌ける。
暗転。
☆シーン3
明転。
薄暗い中、頭の悪そうな男三人、オダマキ一味が聖堂を荒らす。
オダマキ「ハッハッハ……案外簡単に入れたな」
ライオ「こんなにあっさり入れるなんて……ちょっと不用心じゃねぇでやんすか?」
オダマキ「まぁな……だが、そのおかげでこうしてオーブを盗めるのだ。感謝しなければな! ガッハッハ!」
ダンデ「いやあ、楽しいっすねぇ……へへへっ」
大股を開いて歩き回り、聖堂の中を物色する。
しかし次第に焦燥したようにオダマキが顔を歪め、声を荒らげる。
オダマキ「おい、ダンデ……オーブはどこだ!?」
ダンデ「どこにもありやせんぜ……っかしーなぁ」
オダマキ「何故だ! オーブは聖堂院の調和の鐘に納められているのではなかったのか!?」
ライオ「さぁ……」
ダンデとライオが首を傾げる。
オダマキは苛立ちを隠そうともせず荒々しく探し回る。
すると聖堂の扉が開かれ、少し明るくなる。扉の開く音にオダマキ一味が振り返って警戒しながら後ずさる。
オダマキ「む……何者だ! 怪しい奴め!」
イブキ「それはこっちの台詞だ!」
イブキとリラが聖堂に入り、オダマキたちと対峙する。イブキの手には武器(バットかそれっぽい棒)が握られている。
イブキ「やい、オッサン!」
オダマキ「オッサンではない、ワシは偉大なるオダマキ様だ!」
イブキ「じゃあオダマキサマ! どうやって入ったんだ! ここの扉は巫女にしか開けないはずだろ!」
オダマキ「……えっ」
イブキ「えっ?」
オダマキ「……ちょっと待ってて」
出鼻を挫かれた気持ちでイブキが固まる。
少し離れてオダマキがダンデと密談する。
オダマキ「そうなの!? そうだったのー!?」
ライオ「なんかあっさり開いちゃったでやんすよ!?」
オダマキ「い、いや、これはチャンスだ! 敵が知らないことをこちらが知ってるのは大きなアドバンテージになる! 兵法の基本だ!」
ダンデ「じゃあ隠すんですかい? そうなると、俺らに巫女の協力者がいるってことにしとかないと誤魔化せねぇっすよ?」
ダンデの言葉にオダマキが少し悩む。ほんの少しの沈黙の後、オダマキが一つ頷いて話を再開する。
オダマキ「……そうだな。ちょっとこっち見ろ」
オダマキがダンデの顔を両手で挟むようにして近寄せて観察する。
イブキとリラはその様子を観察しながら肩を竦め首を傾げる。
オダマキはダンデとしばし見つめ合い、あっさり解放する。
オダマキ「次、お前」
同じようにライオも顔をまじまじと見られる。また同じようにあっさり解放される。
オダマキ「ふぅむ……」
懐から手鏡を取り出し、今度は自分の顔をじっくりと観察する。少し考え、手鏡を仕舞い、そしてライオに向かって言う。
オダマキ「……よし、ライオ。お前、今から三分間女の子。いいな?」
ライオ「え、ええっ!?」
驚くライオを尻目にオダマキがイブキに向き直る。
手持ち無沙汰そうに待っていたイブキも姿勢を威勢の良いものに戻し、何事もなかったかのように再び対峙する。
オダマキ「はっはっは……こちらにはこちらの巫女がいるということなのだ!」
イブキ「何だって!? 一体どこに……!」
予想だにしない言葉にイブキが驚いて辺りを見渡す。その様子を見てオダマキは不敵に笑う。
オダマキ「貴様の目は節穴かぁ? ワシの隣にいるのが見えんのか! なあ、ライオ!」
ライオ「……うっす(低音)」
イブキ「え……えぇーっ!? お前が巫女なのーっ!?」
イブキが目を丸く見開き口をあんぐりと開けて全身で驚愕を表す。すると一歩後ろにいたリラがそのイブキを咎める。
リラ「あっ、駄目ですよ、そういうこと言っちゃ。最近は性差別とかでBPOが厳しいんですから」
イブキ「あ、そ、そっか……いや、ごめん、うん。ライオだっけ。デリカシーなかった。ごめん……」
ライオ「……うっす(低音)」
まさか騙し通せると思っていなかったライオは思わぬ話の展開に憮然とした表情で一歩下がる。ダンデはそんなライオを見てゲラゲラ笑う。
オダマキが更に一歩前に出て注目を集める。
オダマキ「ふはははは……ボロが出そうだから無駄話はここまでだ。ワシらはここに眠る秘宝を頂きに来たのだからな」
イブキ「秘宝だって!?」
リラ「……秘宝?」
オダマキの言葉にイブキはさらに驚き、リラは首を傾げる。
その様子を気にせずオダマキが続ける。
オダマキ「しかしここに見当たらんということは……つまり貴様らが持っているということだな! 大方、ワシらが来ることを見越して予め保護していたのだろう……さあ、持っているオーブを渡してもらおうか!」
イブキ「ふざけるな! お前たちに渡すオーブなんて一つもない!」
オダマキ「小癪なぁ!」
イブキ「……」
オダマキ「……」
威勢よくイブキが反抗するとオダマキが臨戦態勢に入る。
イブキも得物を構え、しばし睨み合い、所在なげに視線を漂わせ、得物を下ろす。
イブキ「……ちょっと待っててくれる?」
オダマキ「ちょっとだけだぞ!」
先程とは反対にイブキとリラが密談する。オダマキはダンデ・ライオと暇をつぶす。
イブキが小声で、しかし困惑を隠さず言う。
イブキ「……オーブって何!? ホントに一つもないけど!?」
リラ「わ、私に聞かれても知りませんよー!」
リラが話を振られても困ると言わんばかりに手と首を振る。
イブキはパニックになって身振り手振りを大きくしながら焦る。
イブキ「えー、えー、どうしよ!? なんか襲ってきそうだけど!?」
リラ「えっと……正直に言ってみるとか……?」
リラがおずおずと提案すると、イブキは一転少し固まり、あっけらんと言う。
イブキ「……そうじゃん。オレたち追い出しに来ただけで、あいつらが何を集めてようと関係ないじゃん。……よし」
お互いに頷き、先ほどと同じようにオダマキ一味と対峙する。
声をかけられながらオダマキ一味も振り返る。
イブキ「おまたせ」
オダマキ「気にするな。さあ、オーブを渡してもらおうか!」
イブキ「いや……言いづらいけど、ないんだ」
オダマキ「ガッハッハ! 隠しても無駄だぞ! 世界の調和を司るオーブ、それがこの鐘に封じられていたことは調べがついている! さあ、出せ! 痛い目に遭いたくないならな!」
声高に要求し手を差し出すオダマキ。イブキとリラは顔を見合わせ、気まずそうに言う。
イブキ「いやぁ……ほんとに一つもないんで……」
オダマキ「……は?」
リラ「あ、飴ちゃんならありますよ……?」
オダマキ「いらんわんなもん! ……え、マジ? マジで知らないの? じゃあお前ら何しにきたの?」
イブキ「や、ただドロボーを追い出そうと……」
オダマキ「……」
ダンデ「……」
ライオ「……」
イブキ「……」
リラ「……」
幾度目かの気まずい空気が流れる。耐えかねたダンデがオダマキに耳うつ。
ダンデ「ぼ、ボス……一旦撤退しやしょうぜ。オーブは無えみてぇだし、ガキどもが騒いだら誰か来るかも……」
オダマキ「……ハッハッハ! 小僧ども、命拾いしたな! 今日のところはこのぐらいにしてやろう! ではさらばだ! ハーッハッハーッ!」
ダンデ「あー、次回をお楽しみにってことでさぁ」
ライオ「……うっす(低音)」
イブキ「あっ、ちょっと!」
捨て台詞を吐いてオダマキ一味が撤退する。
呆気に取られるイブキと、ただただ嬉しそうなリラ。
イブキ「……行っちゃった」
リラ「やった! やりましたね、勇者さま!」
イブキ「いいのかなぁ、これで……」
追い払えて喜んでいいやら、見せ場が無くて悔やむやら、微妙な面持ちのイブキ。
しかしリラが跳んで喜ぶのを見て思い直し、一つ頷く。
イブキ「……ま、いーか!」
リラ「はい! さすが勇者さまです!」
二人でハイタッチ。渇いた音が響き、コロコロと子供の笑いが響く。
☆シーン4
カレン「勇者、だって?」
イブキとリラが顔を見合わせて笑っているそこに、水を差すように何者かの声が聞こえる。
低音で威圧的な声に二人が辺りを見渡す。
イブキ「誰だ!」
リラ「まさか、あの人たちの仲間だったり……?」
カレン「あの人たち? あのこそ泥どもか? 冗談じゃない。僕はあんな奴らの仲間じゃない。……ましてや、お前みたいな喜びに濡れそぼった奴の味方なんかじゃ決してない」
強い語勢で捲し立てられリラが絶句する。それを背に庇うようにイブキが威勢よく吠える。
イブキ「い……いきなり何なんだ! 隠れてないで出てこい!」
カレン「ああいいとも。僕は逃げも隠れもしない。……僕を隠したのはそいつらなんだから」
カレンがゆっくり、堂々と登場する。大胆不敵、自信満々な笑みを湛えた表情。
イブキがじっとカレンを見つめ、ぼそりと呟く。
イブキ「……なんだ、子供じゃん」
カレン「子供じゃない!」
一転、カレンが子供っぽく言い返す。それにムッとしてイブキもさらに言い返す。
イブキ「どう見たってオレと同じぐらいじゃん! もっと凄そうなヤツが出てくるかと思ったのに!」
カレン「悪かったな凄くなくて! 僕だって苦労してるんだよ!」
リラ「ま、まぁまぁ……落ち着いて。飴ちゃん食べます?」
イブキ「貰う!」
カレン「くれるなら貰おう」
リラが仲裁して飴を差し出す。二人とも素直に受け取り同時に口に入れ、そして同時に口元を抑える。
イブキ「ちょっ……これっ……すーすーする……!」
カレン「これハッカじゃんっ……うぇ……!」
リラ「えー……美味しいじゃないですかー」
リラ、自分も飴を舐める。いかにも美味しそうに頬を緩ませる様子を見て、イブキもカレンも信じられないものを見た顔で飴を噛み砕く。
カレン、機嫌悪そうにそっぽを向く。しかしすぐに自らの目的を思い出し首を振ってイブキに向き直る。
カレン「そんなことはどうでもいい! ……単刀直入に言うよ。君をこの世界に呼んだのは僕だ」
イブキ「えっ……お前が? ……何で?」
カレン「世界が失くしたものを取り戻すためさ」
リラ「世界が……失くしたもの……」
イブキ「それは……?」
カレン「『哀しみ』さ。愛しい人を失った心の痛み」
カレン、今までの失態を取り返すかのように仰々しく言う。それに付き合ってイブキもリラも姿勢を正して聞く。
まるで舞台の主役が朗々と宣うようにカレンが声高に続ける。
カレン「僕はカレン。『哀しみの王』カレンデュラ。君たちが忘れていったものの象徴さ」
イブキ「哀しみの、王……」
カレン「イブキ。君が勇者だと言うなら、さしずめ僕は魔王かな?」
カレンが自嘲して笑う。しばしの沈黙。イブキが耐えかねたように言う。
イブキ「……ハッカ味苦手なヤツが魔王ってさぁ」
カレン「うるさい!」
リラ「勇者さまも他人のこと言えないんじゃ……」
イブキ「あーあー聞こえなーい」
カレン「くそ……もっとマシなのを呼べばよかった」
カレンが腹立たしげに悪態をつく。それから目を伏せてイブキに言う。
カレン「イブキ。僕はね……もう皆に忘れられるのに疲れたんだ。何度も哀しみを失くす世界に嫌気が差したんだよ」
イブキ「さっきからさぁ、世界が失くしたとか忘れたとか……それってどういうイミ?」
カレン「教えてあげようか」
カレンの雰囲気が変わる。勿体ぶってそこで言葉を切り、リラを睨みつける。リラは身を竦ませつつも見つめ返す。
カレン「僕は哀しみの王だからね。哀しみが起きたはずの出来事はすべて分かる。例えば……リラって言ったっけ。君の両親は君の目の前で強盗に殺されているだろう」
イブキ「え……そう、なの?」
リラ「は、はい。お父さんもお母さんも死んじゃったので、ここに入れてもらって……」
リラが戸惑いつつも肯定する。その戸惑いは、嫌なことを思い出したというものではなく、むしろ何の脈絡もないことを言われた時のものである。イブキの気遣わし気な視線にも首を傾げている。イブキはその様子に薄気味悪さを感じてたじろぐ。
カレン「では聞こう。……両親が殺されたその時。もう二度と会えないのだと理解したとき。どう感じた?」
リラ「どうって……『特に何も』」
イブキ「え……リラ……?」
リラ「えっ、わたし何か変なこと言いました?」
リラが極当たり前であるかのように答える。イブキはぎょっとして言葉を失う。
カレン「分かったかい? この世界の住人は『哀しい』という感情をすっかり忘れてしまっているんだ。なんとも悲しいことにね」
イブキ「……それは、分かった、けど……じゃあどうするのさ」
イブキのその問いに、カレンは懐から何かを取り出して答える。
カレン「……オーブ。喜び、怒り、楽しみ。哀しみ以外の感情を司る鐘がこの聖堂にあって、それぞれに中心となる宝石、オーブが眠っている。……そしてそれらは今、全て僕の手にあるんだ。この意味が分かるかい?」
イブキ「何をするつもりだ……?」
カレン「壊すのさ。粉々にね」
リラ「そ、そんなことしたら大変なことになりますよ!」
イブキ「どうなるの!?」
リラ「分かりません! けどきっと大変なことです!」
イブキ「何だって!?」
カレン「……やっぱ人選ミスったな」
カレンがため息を吐いてぼそりと呟く。頭を振り気を取り直して、律儀に説明してやる。
カレン「それぞれのオーブは世界中の人々の感情と結びついている。喜びのオーブを壊せば世界中から笑顔が消える。怒りのオーブを壊せば心が昂ることもなくなる。楽しみのオーブを壊せば何事にも興味を持たなくなる。……ちょうど今、哀しみを忘れてのうのうと生きているように、ね」
諸手を広げて演説するように言い、愛しげに、あるいは憎々しげに、手のひらのオーブを見つめる。
カレン「この三つのオーブを壊せば、残された四つ目、哀しみのオーブによって世界は哀しみで溢れるだろう。……でもね。どういう訳か、僕にはこれが壊せないんだ。物理的にね。きっと僕が哀しみの権化だからだ。大小はあれど、感情に優劣はないから」
そして手を握り、再びイブキに向き直る。
カレン「同様に、哀しみを忘れたこの世界の住人にはこれは壊せない。全て持ち合わせた誰かじゃないと、これは壊せない。……だから君を呼んだんだよ、イブキ」
イブキ「……つまり、オレにそれを壊せって?」
リラ「そんな、そんなことしたら一体どれだけの人が――」
カレン「黙れよ。……そのどれだけの人が僕を忘れたんだろ! 勝手に哀しみを否定して! ……そしてお前も、その、どれだけの人の一人だ」
リラ「それはっ……」
カレンの刃物で刺すような言葉にリラが言い淀む。
それを心底くだらなそうに鼻で笑って、カレンがイブキに問いかける。
カレン「これは復讐なんだよ。僕を捨てた世界を、今度は僕が捨てるんだ。……イブキ、君にとってはどうせよく知らない薄気味悪い世界だ。それなら、壊してしまったっていいだろう?」
カレンがイブキに手を差し出す。リラはイブキに不安そうな顔を向ける。
イブキはカレンとリラを交互に見て、瞑目する。
カレン「さあ……イブキ!」
リラ「勇者さま……」
イブキ、顔を上げ、きっとカレンを見つめる。
イブキ「……やっぱり、哀しみで世界を埋め尽くすなんて、できない。そんなの、悲しいだけじゃないか……」
リラ「勇者さま……!」
カレン「……そうか、それが君の答えか」
リラが歓声を上げる。
カレンは腕を下ろし、心底哀しそうな顔をして、それを隠すようにイブキを睨みつける。
カレン「……それなら、実力行使しかないね」
イブキ「カレン……!」
カレン「もう話し合う時間は終わった。……勝負だ、イブキ。もし君が勝ったなら、僕は大人しく引き下がろう。だが、僕が勝ったら君にオーブを壊してもらう。いいね?」
イブキ「……分かった」
イブキが渋々といった様子で頷く。
リラが心配して何か言おうとするが、イブキはそれを手で制する。
イブキ「大丈夫。なんてったってオレ、勇者だよ? オレに任せて」
リラ「……そうですよね。勇者さまならきっと大丈夫ですよね。……頑張ってください。応援してますから!」
イブキ「うん!」
イブキがにっかりとリラに笑いかける。リラもイブキを信頼して微笑む。
そしてリラが数歩下がり、イブキがカレンと改めて対峙する。
☆シーン5
カレンは自然体で、ふと思い出したように後方に声をかける。
カレン「そういえば……そこにいる変な人たちも出てきたら? そこで見てたのは分かってるよ」
イブキ「……変な人?」
イブキとリラが訝しげな顔をする。
全員がカレンの後方に視線を集めると、そこにひょっこりとオダマキが現れ、キョロキョロと辺りを見渡す。
オダマキ「えっ……変な人……? こわ……どこ……?」
カレン「お前だよ」
リラ「あーっ! あなたは!」
イブキ「えーっと……オダマキサマ! 何しに来たんだ!」
ライオ「お、オヤビン! 見つかっちまったでやんすよ!」
ダンデ「ボス、これ出ちゃ駄目なやつだったんじゃ……」
オダマキ「な、何ーっ!?」
それに続いて居心地悪そうに出てくるライオとダンデがオダマキに耳打ちする。
オダマキは大きな身振りで驚く。それから視線が集まっているのを自覚し、身なりを整えて咳払いする。
オダマキ「あー、ゴホン。……ハッハッハ! 呼ばれて参上!」
イブキ「呼んでないよ! や、名前は呼んだけど! お呼びじゃない!」
オダマキ「生意気な奴め! お前らが帰るのを待って改めて忍び込む算段だったのに! むしろちびっ子が増えておるし! またしても邪魔をしおって!」
ダンデ「今回のは自爆じゃないっすかねぇ」
リラ「ああ、大巫女さまにセキュリティを見直して貰わないと……」
カレン、肩を竦め、一つ足を大きく踏み鳴らす。
その鈍い音に肩を震わせて全員カレンの方を見る。
カレン「丁度いい。怒りと、楽しみと、そして喜びに溺れた彼らに、哀しみをかけた争いを見届けてもらおうじゃないか」
イブキ「……ああ、いいだろう」
シリアスな表情でカレンとイブキが睨み合う。
いきなりの落差についていけないオダマキ一味、リラが離れた所で見守っているのを見てそちらへ寄って腰を落ち着ける。
カレン「さあ……始めよう!」
イブキ「おう!」
カレンが無言で座り込みながらトランプを取り出し、シャッフルして半分に分けイブキに差し出す。
リラたち観衆は思考が停止して目を瞬かせる。
イブキも呆気に取られながらも、カレンがペアになったカードを前に捨てるのを見て自分も座り込み同様にする。残った手札をお互いに顔の高さまで上げたところで、耐えかねたように言う。
イブキ「……あのさ、カレン」
カレン「なんだい?」
イブキ「もしかして……や、もしかしなくても、これってさ……」
カレン「ババ抜きだけど。あれ、知らない? 七並べの方がよかった?」
イブキ「いや、知ってるけど! 知ってるけどさ! いいの!? ババ抜きなんかでこんな大事なこと決めていいの!?」
イブキが立ち上がって訴える。
カレンは至極面倒なものを見る目でイブキを宥める。
カレン「なんかって何だよ。一五〇年の歴史がある由緒正しいカードゲームだぞ」
リラ「そうなんだ……」
イブキ「一五〇年はそんなに古くないよ!」
オダマキ「他の国じゃオールドメイドと言ってな、いわゆるジジ抜きに似たルールが一般的なのだ」
リラ「へぇ……物知りなんですね!」
オダマキ「ガッハッハ! 褒められて悪い気はせんな!」
ダンデ「敵同士だったはずなんすがねぇ」
ライオ「オイラ、どんな顔してたらいいんでやんすか……」
外野が盛り上がるのをわなわなと震えながら聞き、イブキが吠える。
イブキ「もっと、こう……あるでしょ! ない!? 殴り合いのケンカとかさ!」
カレン「えー……絶対痛いじゃんそれー」
イブキ「そりゃそうだけどさぁ……格好良くないじゃんこれ!」
カレン「何言ってんのさ。……それとも、ババ抜き弱いの?」
小馬鹿にしたようなカレンの煽りにイブキがムッとする。どっしりと座り込んで改めて手札を構える。
イブキ「……後悔すんなよ!」
カレン「そっちこそ。僕、ポーカーフェイスは得意だよ」
イブキとカレンがババ抜きを始める。
リラがオダマキ一味に飴を差し出す。三人はそれを受け取って口に含み、それぞれ静かに顔を顰める。
しばらくそのままババ抜きが続き、カレン一枚、イブキ二枚まで進む。
イブキ「流石は哀しみの王……中々やるね」
カレン「そっちこそ……意外としぶといじゃないか」
二人ともあたかも激戦を繰り広げたかのように満身創痍の形相をする。
イブキが掲げる二枚にカレンが手を伸ばす。
カレン「だが……これで終わりだ! イブキィ!」
カレンがトドメだと言わんばかりにカードを引く。ジョーカー。
イブキが勝ち誇ったような余裕の笑みを浮かべて拳を振り上げる。
カレンが地団駄を踏まんばかりに悔しがる。
カレン「イブキィィ!」
イブキ「所詮カレンも子供だね……この勝負、オレの勝ちだ!」
憎々しげにカレンが掲げた二枚にイブキが手を掛ける。慎重に左右を選び、一思いに引き抜く。そして満面の笑みを浮かべて手札を捨てる。カレンが絶望した顔で項垂れる。
リラが歓声をあげ、オダマキ一味も事情が良く分からないなりに拍手する。
☆シーン6
イブキ「正義は勝つ、ってね……!」
カレン「くそおおおお……悔しいぃ……! ハッカ飴も食べられない奴に負けるなんて悔しいぃ……!」
イブキ「うるさい! とにかくオレの勝ちなんだから、フクシューは諦めてくれるよね!」
イブキのその言葉にカレンがやおら顔を上げる。歳に見合わぬ物憂げな顔で、呟くように言う。
カレン「そんなに……そんなに哀しみが受け入れられないのか……?」
イブキ「え?」
カレン「僕は……忘れられるのを受け入れるしかないのか……?」
カレンが拳を握りしめて顔を伏せる。
カレン「哀しみは……僕は……必要のないものなのか……!」
イブキ「……大丈夫。オレに、任せて」
カレン「……え」
予期せぬイブキの返事にカレンが呆ける。
イブキはカレンに手を差し伸べる。
イブキ「オレ、これでも勇者だからさ! 困ってる人なら誰でも助けるのがヒーローってもんでしょ?」
カレン「……イブキ」
イブキ「大丈夫。……オレは、哀しいことも受け入れるよ。悲しいこと、辛いこと、色々あるけど……だから嬉しいことは嬉しいんだし、楽しいことは楽しいんだから。……怒るのは、まあ、程々にしたいけど」
カレン「……そう、か。君も……」
カレン、何かを察したように頷く。そしてイブキの手を取る。
イブキも頷き、カレンの手を引いて立たせる。
イブキ「カレンだって最初からフクシューとか考えてたわけじゃないよね? 何か、方法はないの?」
カレン「……他と同じように、哀しみにも鐘はある。それを鳴らせば、きっと。でも、それがどこにあるのか……」
イブキ「じゃあ簡単だ! ……さ!」
イブキ、カレンの手を引いてリラの元へ行く。
イブキ「リラ!」
リラ「やりましたね! 流石勇者さまです!」
イブキ「へへーん。と、それは今はいいや。あのさ、『哀しみの鐘』ってどこにあるか知らない?」
リラ「哀しみの鐘、ですか? ……ごめんなさい。鐘はここにあるものしか……」
イブキ「そっか……オダマキサマたちも知らないよね?」
オダマキ「心当たりはあるぞ」
ライオ「あそこでやんすね、多分」
ダンデ「言っちまっていいんですかい?」
イブキ「そっか、そうだよね。うーん。……え? なんて?」
色よい答えを想定していなかったイブキ、思わず呆けた声を出す。
オダマキ、誠に遺憾そうな顔で怒る。
オダマキ「何だ! その、まるでワシらには全く期待してませんでしたーみたいな顔は!」
イブキ「まあ、全くその通りなんだけど。いや、ほら、オレたちって敵同士だったじゃん? 知ってても教えてくんないかなーって……」
オダマキ「ワシは天才オダマキ様だぞ! 聞けばワシもその哀しみとやらを忘れているらしいではないか。ワシの知らんことがあるなど許せんからな!」
ライオ「オヤビンカッコイー!」
ダンデ「ああ、こう言っちゃいるが、この人根は良い人なんだ。特に子供が頑張ってるとすーぐ絆される。……ま、だから俺たちもボスに従ってるんだがね」
ダンデの言葉にイブキは拍手せんばかりに感心する。
しかしオダマキがそれを裏切るようにニヒルに笑う。
オダマキ「……ただし! その代わり、オーブはいただいていくぞ!」
イブキ「それはダメ」
オダマキ「なら教えられんなぁ」
イブキ「何だよケチ!」
オダマキ「宝というのはな、自分の物にならねば意味がないのだ!」
オダマキが仁王立ちしてふんぞり返る。
そのやり取りを見ていたカレン、静かに尋ねる。
カレン「……お金が欲しいだけなら、オーブ以外にもいい物はあるけど」
オダマキ「えっ」
カレン「もしオーブを諦めてくれたら、協力のお礼にいくらかあげてもいいんだけどなぁ」
ライオ「お、オヤビン、どうするでやんすか?」
オダマキ「……ま、待て待て、少し考えさせてくれ」
カレンの思わせぶりな言葉にオダマキが慌てる。
そしてダンデ・ライオと共に少し離れて密談する。
オダマキ「オーブは欲しい、しかしオーブは直接金にはならん」
ダンデ「どこにも売れねぇっすもんね、あんな大事なもん」
オダマキ「そしてワシらが何故オーブを探していたかというと……」
ライオ「返す代わりに金を出せって言うためでやんすね」
オダマキ「更に更に、ワシらの探していた三つのオーブはあのカレンとかいうちびっ子が持っておる」
ダンデ「子供から奪うのは流儀に反しやすぜ」
オダマキ「ううむ……」
オダマキが唸って少し悩む。
その間にイブキたちも話している。
リラ「仲直りできたんですね! 流石勇者さま、格好いいです! ……あ、そうだ、飴ちゃんいります?」
カレン「いらない」
イブキ「いらな……あ、やっぱり貰う。あいつと同じなの何かヤだ」
カレン「何だって?」
リラ「えへへ、もうすっかり仲良しですね」
リラがどこか抜けた笑みを浮かべる。イブキとカレンは顔を見合わせて、まあいいかと言わんばかりに笑う。結局どちらも飴を受け取ってポケットに仕舞う。
その様子を見てオダマキが言う。
オダマキ「……うむ、ちびっ子の持つオーブは諦めよう」
ダンデ「いいんですかい?」
オダマキ「ただし……哀しみとやらのオーブは別だな?」
ライオ「……ほ?」
オダマキ「鈍い奴だな。いいか、ちびっ子が持っておるオーブは三つ。もう一つあるという哀しみのオーブをあやつは持っとらん。それをいただくのだ!」
ダンデ「ああ! なるほど!」
ライオ「流石オヤビン! あったまいー!」
オダマキ「そうと決まれば話は早い!」
オダマキとダンデが戻ってくる。
イブキたちも雑談をやめて向き直る。
オダマキ「よかろう。ちびっ子の持つオーブは盗まん。それで手を打とうではないか」
イブキ「ホント!? やった!」
イブキたち、諸手を上げて喜ぶ。
オダマキ一味が顔を見合わせてニシシと笑う。
カレン「それで……その心当たりっていうのは?」
オダマキ「うむ、これらと同じ鐘というならこの聖堂の付近にあるのだろう? そしてここに地下があることは調査済みなのだ! ……何があるかは知らんが、な」
イブキ「……地下?」
イブキがリラに問う。リラは眉を顰め少し悩んで、あっ、と何かを思い出す。
リラ「そういえば、聖堂院には地下室があるって聞いたことがあります! ……でも、立入禁止ですし、鍵もどこにあるのか……」
イブキ「じゃあ入れないじゃん!」
オダマキ「まあ待て。ワシらを誰だと思っておる?」
オダマキがここぞとばかりに胸を張る。
イブキたちは首を傾げて顔を見合わせ、それから各々正直に言う。
イブキ「ドロボーのおっさん」
リラ「ちょっとだけ良い悪い人」
カレン「有象無象」
オダマキ「もう教えてやらん」
ライオ「お、オイラはそんなオヤビンが好きでやんすよ!」
そっぽを向いたオダマキをライオがフォローする。
その様子を見てイブキが口元を抑える。
イブキ「……あ、もしかして二人ってそういう」
オダマキ「違うわ!」
カレン「さっきの聞いてたけど、イブキ、ここを開けたのは僕だ。こいつは巫女どころか女でもないから」
イブキ「えっ……えーっ!?」
ダンデ「今更かよ……」
ライオ「今の今まで信じてたんでやんすか……」
リラ「あ、でも、そういうのも良いと思います! 虹色! 寛容に!」
オダマキ「ええい煩い煩い!」
オダマキが声を荒げて全員を散らせる。息を切らせながら言う。
オダマキ「まったく……天才オダマキ様とその子分たちにできないことはないのだ!」
イブキ「というと?」
ライオ「まあ、ピッキングでやんすかね……」
リラ「ええっ、それは……ちょっと……」
リラが戸惑い、イブキも少し顔を顰める。カレンは無反応で受け入れる。
何か言いたげなリラにダンデがニヤリと笑いかける。
ダンデ「俺たちゃ悪党、悪いことするのは当たり前だぜ、お嬢ちゃん」
オダマキ「必要悪というのは少なからず存在するのだ! ガハハ、勉強になったな?」
リラ「やっぱり悪い人たちだったぁ……」
リラが悔しそうに食い下がり、イブキに助けを求めて視線を向ける。
イブキは少し考えて頷く。
イブキ「……ま、いっか!」
リラ「勇者さままで!」
カレン「じゃあ早速案内してよ。ほら」
イブキ「ね、リラ、ダメ? お願い!」
リラ「うー……ホントはダメなんですからね!」
イブキに頼まれてリラも渋々受け入れる。
リラが先導するのに続いて全員捌ける。
暗転。
☆シーン7
暗い中、鍵を開けようと試みる音がしばらく響く。しかし中々開かない様子。
声だけが袖から聞こえる。
オダマキ「ええい、早くしろ!」
ダンデ「いやこれ、扉だけじゃなくて錠前も巫女じゃないと開けられねぇやつっすよ!」
オダマキ「娘っ子!」
リラ「ええっ! わ、わたし鍵開けなんてできませんよー!」
ライオ「早くしねぇと見つかるでやんすよ!」
カレン「どいて。僕に任せて。……いくよ、下がって!」
イブキ「カレン!? それ何!?」
カレン「見ての通り、爆弾だよ!」
直後、爆音。音が収まってしばらくして、扉が開く。リラを先頭として全員入ってくる。
明転。
リラ「えほっ、けほっ……」
カレン「はは、そーら来たぁ」
イブキ「なんて物騒なものを……」
カレン「オーブを壊した後は鐘も壊すつもりだったからね。派手だったろう?」
リラ「ああ、神様、お許しください……こほっ」
オダマキ「ハッハッハ! 中々やるではないか、ちびっ子! 見直したぞ!」
ライオ「こんな豪快な突破、オイラたちでもやんねぇでやんすよ」
ダンデ「こんな物理的に壊せるもんだったのか……さて」
全員が地下室の中央を見つめる。そこには朽ちた柱と鐘がある。
イブキ「あれが……哀しみの鐘?」
カレン「ああ、そうだ……こんなところにあったのか」
カレンが柱に寄り、愛しげに撫でる。イブキとリラがそれに近寄り、辺りを見渡す。
オダマキ一味はこっそり近くを物色する。
イブキ「それで……どうやって鳴らすの?」
カレン「それは……もう少し後だ。先に君を帰してあげないとね」
イブキ「……え」
イブキが声を無くす。
カレンが少し寂しそうな顔でイブキに向き直る。
カレン「ありがとう。君たちのおかげで僕は帰ることができた」
イブキ「何? どういうイミ?」
リラ「帰るって……まるでここがお家みたいに……」
オダマキ一味もその様子に気付きそちらを見つめる。
リラの言葉にカレンが自嘲して笑う。そしてリラに三つのオーブを手渡す。
カレン「リラ。このオーブ、君が元に戻しておいてくれ。……それから、無理やり連れ出してごめんって伝えてほしい」
リラ「えっ……えっ?」
カレン「そして、イブキ。この鐘を鳴らすなら、それと同時に君を元の世界へ返してあげないといけない。……お別れの時間だ」
イブキ「ちょ、ちょっと、そんないきなり……!」
リラがオーブを渡されて戸惑う。イブキも突然の知らせにたじろぎ、カレンに詰め寄る。
しかしカレンは物憂げに、あるいは儚く微笑むだけ。
カレン「オダマキだっけ? そこら辺の物は何でも持って行っていいよ」
オダマキ「気前がいいな!」
ダンデ「本当にいいのかい?」
ライオ「オイラたち、一口あげるって言われたら一口で全部食べるタイプでやんすよ?」
カレン「うん。どうせ死蔵してるだけだし。それに、多分だけど……いや、いいや」
ウキウキと部屋を漁る三人を見てカレンは言葉を止める。三人はそのまま捌ける。
カレンはまた鐘に向き直り、瞑目する。
カレン「……イブキ。ありがとう。人選ミスかとも思ったけど……君が来てくれて良かった」
イブキ「待って、待ってよ! もうお別れなの!?」
カレン「ああ。……鐘を鳴らすためにはオーブがいる。そして、哀しみのオーブは……忘れられる時に取り出されて、そして……意志と肉体を得て、哀しみの王となった」
イブキ「……え? それじゃあつまり……」
カレン「この鐘のオーブは僕だ。だから、僕がオーブに戻る前に君を帰さないといけないんだよ」
イブキ「……そうだったんだ」
イブキが目を伏せて寂しがる。リラがイブキに駆け寄る。
リラ「……勇者さま!」
イブキ「リラ……オレたち、ここでサヨナラみたい」
リラ「はい……」
リラも同様に顔を伏せる。
しばらくの沈黙。リラがゆっくりと口を開く。
リラ「その、わたし、まだ哀しいってこと、よく分からないんですけど……多分、この、別れたくないっていう気持ちが、そう、なんですよね」
イブキ「うん。それが、哀しいっていうこと」
リラ「……なら、大丈夫です! 哀しくったっていいんだって、教えてもらいましたから……平気です」
一転、リラが無理やり明るく笑う。イブキがリラを静かに見つめる。
リラ「平気です、から……涙、が、出るのも、きっと、平気、なんですよね……?」
イブキ「……うん。お別れが哀しいのは、きっと、それまでが楽しかったって証拠だから……」
リラがイブキに抱きついて泣く。
イブキは静かに抱きとめて、自分も目を擦る。
しばらくして、カレンが切り出す。
カレン「さあ、挨拶は済んだかい?」
イブキ「ああ、大丈夫。……じゃあね、リラ」
リラ「はい。……勇者さま……イブキさん、お元気で」
どちらからともなく離れる。お互い名残惜しそうに見合って、それから視線をカレンに移す。
カレン「じゃあ、いくよ……」
カレンがそういうとゆっくり辺りが暗くなる。
完全暗転後、カレン以外全員捌ける。
カレンが最後に独白する。
カレン「ありがとう、僕の唯一の友達。君のおかげで僕は忘れられずに済みそうだ。……いつか。僕もいつか、君の現実へ――」
カレンも捌ける。
終幕。
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