第112話

 僕は今日の試合に出場するらしき道着姿の人たちにじろじろと見られながら、体育館の選手控室手前で宗くんをひとりで待っていた。

 光くんは外で待ってくれていて、宗くんは呼び出しをしてもらった。



 あまりの人の多さに、これじゃあ無理だって思った僕に、呼び出してもらおうって言ってくれたのは、光くんだった。



『天ちゃんがね、もし見つけられそうになかったらそうしなって。家族の者ですって言えば対応してくれると思うよって』



『ごめんね、今朝明くんの家に行きたいって言ったときに、少しだけ事情を話したんだ』



 天ちゃんさんに多少の事情を知られたのは恥ずかしい気もするけれど、これだけの人。

 多分、僕ひとりだったらこれを見た瞬間宗くんに渡すことを諦めて、でもどこか諦めきれずこっそり試合は見て、渡せなかったことをいつまでもぐずぐず後悔して寝込む羽目になっていたと思う。

 だから、光くんありがとうって僕は言った。



 宗くんを待ちながら、僕は緊張と、ひとり普通の恰好で浮きまくってて見られまくって、今すぐ逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。



 でも、ここで逃げたら僕は。



 Tシャツの上から、僕はたろちゃんネックレスをぎゅっと握った。



 たろちゃん、お願い。僕に力を貸してください。たろちゃんの強さをほんの少し、僕に分けてください。



 心の中でそう繰り返していたときだった。



「明⁉︎」



 呼ばれて振り向いたその先に、道着姿の宗くんが。



 宗くんが………いた。



「どうした⁉︎何かあったのか⁉︎」



 宗くんは袴を大きく揺らしながら大股で僕の方に来て、僕の両肩をつかんだ。



 宗くん。



 久しぶりだった。

 こんなにも近くで宗くんを見るのは。宗くんに明って呼ばれるのは。話すのは。

 僕が学校でおにぎりを渡したのが最後。



 宗くんの姿に、朝に緩んだ涙腺があっという間に崩壊して、僕はぼろっと泣いた。宗くんって。

 宗くんは余計に慌てて、ちょっとあっち行こうって、僕を支えるようにして外に連れ出してくれた。






「明、水。今買ったやつだから、一口ずつゆっくり飲め」

「………うん。ありがとう。ごめんなさい」



 日差しが強く、蝉がうるさい、7月。

 体育館外の日陰に僕は座らされていて、宗くんが自動販売機でお水を買って来てくれた。

 しかも蓋を開けてくれて、それが差し出された。

 受け取って飲むと、宗くんは僕の前にしゃがんだ。どうした?何があった?って。



「………ご、ごめんなさい。今日明日試合だって聞いて」

「………え」



 大会の日に体育館でいきなり呼び出し。その上宗くんを見て泣き出すなんて、絶対何かあったと思ったに違いない。

 なのに実際は僕が応援に来ただけで、呼び出したのは、ただお守りとおにぎりを渡したかったから。



 宗くんはえ?って僕を見て、かたまった。



「ご、ごめんなさい。どうしても宗くんに渡したいものがあって」

「………渡したいもの?」

「うん。あ、あの………」



 宗くんの表情が読めない。表情が変わらない。え?ってなったまま、恥ずかしくなるぐらい僕を見ている。



 僕は熱くなる顔を感じながら、鞄からまずおにぎりを入れた保冷バックを出した。



「ごめんね、時間がなくて梅干しのしか作れなかったんだけど、おにぎりと………」

「………」



 目の前の宗くんに保冷バックを押し付けて、もうひとつ。

 僕は鞄から、自分でラッピングした袋を取り出した。



 宗くんが目の前すぎて恥ずかしい。あまりにも僕を見ているから恥ずかしい。緊張。



 でも。



 僕はお守りを入れた小さな袋も、宗くんにはいって押し付けた。

 さらにえ?って顔で、受け取る宗くん。



「………お守りが入ってる。僕が作ったんだ」

「明が⁉︎」

「うん」



 僕が返事をするよりも先に、宗くんはおにぎりの保冷バックを地面に置いて、お守り入れてをラッピングした袋を開けた。



「あのっ………初めて作ったからそのっ………」

「………これ、明が作った?」

「………う、うん」

作った?」

「………うん。宗くんのために。頑張れって」



 フエルト生地で作った、それなりにお守りっぽい形の手作りお守りを、宗くんはじっと見ていた。



「そ、それでね?あの、その中に………」



 僕は宗くんに説明した。たろちゃんネックレスを握りながら。



 その中に僕が作ったミサンガが入れてあること。手首か足首につけられるようになっていること。ミサンガには『勝負に勝つ』というパワーストーンがついていること。つけて欲しくて作ったけど、つけて試合に出られるか分からなかったから、お守り袋に入れたこと。



 宗くんは、びっくりした顔をしながらも、静かに最後まで僕の話を聞いてくれた。

 最後まで聞いてから、開けていい?って、お守り袋を開けて、中からミサンガを取り出した。



「これも、明が?」

「………うん。初めて作ったから、ちょっと下手くそなんだけど………」

「………バカだな、明」

「………え?」

「んなことされたら、余計に」



 宗くんは手にしたミサンガをぎゅっと握って、そして。



 日差しが強く、蝉がうるさい、7月。



 僕は宗くんにぐいっと引っ張られて、宗くんに。宗くんの胸に、宗くんの腕に。



 ………ぎゅうっと、抱き締められた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る