第80話
ふたり分のお弁当が入った保冷バッグ、水筒、財布とスマホ、直射日光は無理だから折り畳みの日傘をリュックに入れたら、そのリュックを宗くんがひょいって持ってくれた。
そしてそのまま行くぞって。
「あ、いっ…行ってくるね」
「うん。行ってらっしゃい。気をつけて」
冴ちゃんはまだ起きて来ていないから、実くんにだけ言って、宗くんの後を急いで追いかけた。
「む、宗くん、あの、リュック僕が持つよ。ありがとう」
「いい」
「えっ………」
「重いから」
「………え?」
重いからって。
僕は確かに貧弱軟弱で、力も大してない。でもそれぐらいは普通に持てる。学校のリュックの方が重いぐらいだから、全然。
「重いから持ってくれるんだって。甘えればいいと思うよ」
宗くん肩にかかるリュックに手を伸ばしたまま、この手をどうしようって悩んでいたら、実くんが小さく僕の耳元で言った。
重いから持ってくれる?
甘えればいい?
「………え?」
どういうこと?って実くんを見たけれど、実くんはにっこり笑うだけだった。
僕にはよく分からない宗くんのことを、実くんはやっぱり、何故か分かっているように見える。
「明」
玄関では靴を履いた宗くんが早くしろと言わんばかりに呼ぶ。
「行ってらっしゃい」
実くんの明るい声に見送られて、僕は宗くんと、眩しい7月の外に出た。
「………え?」
出てすぐにまた、僕はどうしていいのか分からない状況に陥った。
宗くんは自転車のハンドルにリュックの肩紐を器用に引っ掛けてから、リュックをカゴに入れた。取られないようにってことだと思う。
自転車がいつもと違う。いつもはスポーツタイプの自転車。
なのに今日は、電動アシストの自転車。
この自転車は、一体誰の。そして何故これ?
どこの神社に行くのか、聞くタイミングがなくて聞いていない。
でも、高校生の僕たちが行けるところは限られている。さほど遠くない。
だから僕はてっきり歩きと電車で行くものだと思っていて、自転車に乗るつもりはなかった。そのための日傘。
自転車なら日傘はさせない。
僕は自転車の鍵と帽子を持ってくるねってうちに戻ろうとした。それを止められた。
「だから、明は俺の後ろに乗ればいい」
もう一度言われても、僕にはやっぱり分からない。
何が『だから』で、俺の後ろにって。
「えっと………二人乗りってこと?」
「そう」
「え、でも宗くん、自転車は二人乗りしちゃ」
「注意されたらやめればいい」
ダメなんだよ、は、言わせてくれなかった。
被せ気味の、問題発言。
「すぐだし」
そういう問題でもないと思うのは、僕だけなのだろうか。
「えと………どこの神社?」
「保育園の近く」
「………っ」
保育園。
そのワードに、忘れている、記憶にない保育園時代がある僕は、思わずギクリとした。
これは、黙っていることの罪悪感。後ろめたさ。
「明、自転車好きって言ってた」
「………え?」
「自転車に乗せてもらうのが好きって」
「………」
自転車の後ろに乗せてもらうのは、確かに好きだった。
すぐに乗り物酔いをする僕が、唯一酔わずに乗れていたのが自転車だったから。
それだけじゃなく、思うように走れない僕の、自転車は擬似走りでもあって。
………宗くんは本当に、僕のことをよく覚えてくれている。
だから余計に、僕は。
「高校卒業したら、俺も大型バイクの免許取る」
宗くんが、実くんのバイクを見ながら言った。
「だから、それまでは自転車」
どきん。
今度は、さっきとは違う心臓の跳ね。
宗くんがさっき、指についたケチャップを舐めたときと、それを見たときと、同じ。
宗くん。
今の言い方だと、高校を卒業して大型バイクの免許を取ったら、バイクの後ろに僕を乗せるって聞こえるよ?だからそれまでは、自転車の後ろに乗れって。
僕の身体は貧弱で軟弱。
でも歩けるし、酔うけど電車にも乗れる。毎日学校の行き帰りで乗っている。ゆっくりなら、近場なら自転車だって。
「行くぞ」
こっちを見ないまま差し出された手に、僕はうんってつかまって、電動アシスト自転車の後ろの荷台に跨った。
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