第52話

「なっ………⁉︎」



 突如、何故か僕の部屋に現れた宗くんが、ドアのところで僕を見たままかたまった。

 僕をって言うか、こっちを。



 ベッドの上。座る僕と転がっているあおちゃん。

 僕はちょっとあおちゃんに覆い被さるみたいになっていて、手は髪の毛を退けるために顔。



 あ。



「お前‼︎ケバちび‼︎何してんだ⁉︎」



 これ、完全に誤解のパターンだ。



 って気づいたのと、宗くんがあおちゃんに叫んだのが同時。



「む、宗くん」

「ちょっとぉ、せっかくいい雰囲気だったのにぃ、邪魔しないでくれる?」

「あおちゃん」



 だけならまだしも、あおちゃんがまたさらにややこしくなりそうなことを言っている。

 しかも、あおちゃんがあおちゃんってバレていないのをいいことに、ワザと。



「は⁉︎いい雰囲気って、いい雰囲気って………」

「この状況見たら分かるでしょ?え?もしかして分かんない?ってことは、バカなのかなキミは?」

「………ばっ⁉︎ばかはお前だろ⁉︎めっ…明は熱なんだよ‼︎」

「そんなのもうとっくに下がってるしぃ」

「んなっ………」



 長い偽物の髪の毛をかき上げながら、宗くんを挑発しながら、あおちゃんはゆっくりと起き上がった。



 幼馴染みだから庇っているとか、そんなのは無しで、普段のあおちゃんはこんな子じゃない。

 売られた喧嘩は確かに買う。買って勝つ。でも、自分から喧嘩を売るようなことはしない。断じてない。

 それはあおちゃんが長年合気道をやっていて、そこら辺の人たちよりも断然に強いから。

 あおちゃんが本気でかかれば、それこそ何かしらやっている人じゃないと敵わない。

 あおちゃん自身がそれを分かっているから、自分から突っかかっていくことはまずない。

 強さ故の余裕だ。



 なのに、宗くんには何故。



「ね?明くん」



 くるんって肩越しに僕を見て、にっこり笑うあおちゃん。

 ドアのところでわなわなと震える宗くん。



「あおちゃん、おバカな寸劇なんかやってると、おやつあげないよ」

「実くんっ」

「ほら、おやつ要るならごめんなさいしてこっちおいで」

「はーい。ごめんなさーい。お騒がせしましたぁ。邪魔者は消えるから、どうぞごゆっくり♡」

「………え?」



 どうするのこれ。誰がどうやって収集をつけるの?って思っていたから、実くんの登場はありがたかった。

 実くん目当てに来ただろうあおちゃんも、実くん登場にあっさりとご機嫌に、宗くんにちょっと退いてって部屋を出て行った。



 ………余計な一言を置いて。



 邪魔者は消えるから、どうぞごゆっくりって。

 そんなの余計な一言と言う以外のナニモノでもない。

 ぽかんとしている宗くんと残されて、一体僕にどうしろと言うのか。



「あれってもしかして………明のクラスの菊池亜生?」

「あ、うん。そう」

「………まじか」



 宗くんはしばらく、ぽかんと口を開けて開いたままのドアの向こうをぽかんと見ていた。






「あ、あのっ………えっと、宗くん。今日はどうしたの?」



 宗くんがあまりにもぽかんとしたまま動かないから、どうしようって悩んだ末に、僕の方から宗くんに声をかけた。



 あおちゃんの女装を知らないのなら、確かに衝撃的だとは思うけれど、ぽかんとしすぎな気もする。



 僕の声に身体をビクッとさせて、あって我に返ったらしい宗くんが、ギギギギって音がしそうなぐらいぎこちなく、僕の方を見た。

 見て、目が泳ぐ。右に左に。

 その視線はしばらく揺れて、最終的に床に落ちた。



「ね、熱っ………」

「あ、うん。熱はもう下がったから、大丈夫」

「お、おにぎりっ………」

「あ、えっと。昨日の今日で無しっていうのがどうしてもイヤで」

「あ、明日はっ………」

「明日は学校行けると思うから、明日も作るね」

「む、無理はっ………」

「うん。ありがとう。これからは無理はしないよ」



 部屋の入り口とベッド。

 離れている上に視線も合っていない。

 しかも宗くんは何故かカタコト。

 落ち着かないのか、しきりに頭をバリバリと掻いている。



 バリバリ掻いて、バリバリ掻いて、そんなに掻いたら血が出ちゃうよ?って心配になった頃に、やっとそれがピタッと止まった。そして。



「………今日、昨日もだけど、ありがと。………すげぇ、うまかった」



 照れ臭そうにぼそっと言った宗くんに、何故か僕はどきんってなった。








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