第31話

「ありがとう、明くん。嬉しいです」



 恥ずかしい‼︎って立てていた膝に顔を埋めていたら、辰さんがそう言ってくれて、僕は少しだけ恥ずかしさから立ち直ることができた。



「きっ………」



 そこに謎の声が加わって、恐る恐る顔を上げたらキミはっ………て、政さんが正座のまま少し、身体を乗り出すようにして僕をまじまじと見ていた。



「あ、ごっ………ごめんなさい」

「何故謝る。謝ることはない。びっくりさせたのなら謝るのは俺の方だ。すまぬ」

「いっ…いえ………」

「キミがちょっと先日から………何というか、うまく言葉が見つからないんだが………どこか見ていて………かわいくてだな」

「は…はい⁉︎」



 何を。



 この人は………政さんは何を言っているんだろう。

 発言が謎すぎて、僕はぽかんと政さんを見た。



「そうですよ。明くんはねぇ、かわいらしいんですよねぇ」

「辰さん⁉︎」

「そうなんです、辰さん。うちの明くんったら何故だか何だかどこかかわいくて」

「冴ちゃん‼︎」

「いいでしょう?見せびらかして歩きたいぐらいの、ボクのかわいい弟です」

「実くんっ………」



 大きい声を連続で出し過ぎて、早くも僕の喉が悲鳴を上げて、僕はげほげほと咳き込んだ。

 すぐにごめんごめんって、実くんが背中をさすってくれる。



 ごほごほしながらも謎。僕の何が、何を見て。



 そもそも僕はもう15才。横幅はないにしても縦は実くんとほぼ同じ。177か178ぐらいにはなっている。

 そりゃ、同じ年の宗くんに比べたら二次性徴というのは全然していないように見えるかもしれないけれど、あおちゃんみたいに小さくて、女の子みたいなわけでもない。



「お白湯いれて来るね。あ、辰さんたちも何か………」



 実くんが、多分何か飲みますか?って聞こうとしたとき。



 きゅるるるるるるる………



 そこに居る全員に聞こえるぐらいの大きな音で、誰かのお腹が鳴った。



「………宗よ」

「………何だよ」



 お腹の鳴る音は、どうやら宗くんだったらしい。



 もしかして夕飯まだ?



 もう時刻は10時半を過ぎている。

 うちはあおちゃんたち一家とうちでお互いの家の持ち寄りを食べていたから、てっきり辰さんたちもどこかで済ませて来たと思っていた。



 もしまだだったら。



「宗よ、大丈夫だ。兄はお前のそういうところが死ぬほどかわいいと思っている」

「………黙れ、政」

「宗よ。そういうところ。そういうところだよ」

「だからうるせぇ」



 辰さんのことを………お父さんのことを父上。お母さんのことを母上、宗くんに話しかけるときは何故か『宗よ』って言う、どこか昔の人みたいな話し方の政さんと、辰さんのことを親父、政さんのことを呼び捨てで呼んで、素が思いっきり出たときのあおちゃんぐらいちょっと雑な話し方の宗くんの会話が、聞いていてちょっとおかしかった。仲良いんだなって、思った。



「お腹すいてるなら、何か作ろうか?」

「あ、はーい♡私食べたいでーす♡」

「いや、ごめん、冴ちゃん。ボクは宗くんに聞いてるんだけど」

「えー?いいじゃない。ついでに、ね?」

「ついでにって………もう」

「やったっ。辰さんと政さんもいかが?」

「ちょっと冴ちゃんっ」

「えー?いいじゃなーい。こないだのご飯会のリベンジってことで」

「実くんが良ければ、ぜひぼくも軽く何か頂きたいです。あの日のご飯は本当においしかった」

「俺も、もし良ければ頂きたい。俺も父上と同意見だ。あの日の料理はキミ作ったのか?あれは本当にどれもおいしかった」



 畳みかけるように続く大人からの何か作って攻撃に、実くんははあってため息を吐いた。



「………こんな時間だから大人は消化にいいものだけですよ。しかもリベンジって言うほど大したものはできないし。胃もたれしたってボクは知りませんからね」

「わーい、ありがとう実くんっ」

「ありがとうございます」

「かたじけない」

「で、宗くんはどうする?食べる?」



 そこに居る全員の視線が宗くんに一気に集まって、宗くんの目があちこちに泳いだ。



「………くっ…じゃない、えと………たっ…食べたい………です」

「宗くんは若いからがっつりがいいかな?」

「………う、あ、あのっ………はい」

「じゃあ………そうだね、甘辛く味付けした豚肉の丼はどう?食べられそう?」

「………たっ…食べ、ますっ…」



 実くんをちらちら見ながら、しどろもどろに答える宗くんの耳が、ものすごく赤くなっていた。

 それを見たら、少しこわいって思っていた気持ちが少しだけやわらいだ気がした。


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